第四章 至高の献策、王の決断
あの凄惨な暗殺未遂事件から、ちょうど一週間が経ったある日の昼下がり。
黎央は、すっかり日課となった昼の王妃通いとして、瑞月の待つ王妃宮を訪れていた。豪奢な寝椅子の傍らに腰を下ろした黎央は、お茶を差し出す瑞月の手をそっと握り、冷徹ながらもどこか波立つ感情を孕んだ声で告げた。
「王妃、あの忌まわしき夜宴の襲撃から一週間が経った。安心するがいい。お前を震撼させ、私に刃を向けた狂人――かつての火を生き延びていた異母兄・黎鳳だが、本日、正式に処刑した。我が王権を脅かし、我が妃を危険に晒した罪、万死に値する。これでもう、お前を脅かすものは何もない」
王自らの口から告げられた、暗殺犯・黎鳳の迅速な処刑の報告。瑞月は胸を突かれたが、一国の王が過去の因縁と暗殺未遂の怒りに囚われ続けていることを危惧し、王妃としての凛とした美声で告げた。
「陛下、私のために心を砕いてくださり、感謝いたします。恐ろしい事件ではございましたが、速やかなご処断、流石にございます。ですが陛下、どうか私のために政を止めず、これからは毅然たる姿勢で、国を導く大殿の政務にお心をお戻しください。私なら、もう大丈夫にございます」
瑞月の毅然とした言葉に、黎央はふっと息を吐き、その強い瞳をじっと見つめ返した。その瞳の奥にある、若き身の上とは思えぬ底知れない理知の光に誘われるように、黎央は今、朝廷で自らの頭を最も悩ませている深刻な政治の難題を、ふと口にした。
「……国政か。ならばお前の意見を聞きたい。今、朝廷では右丞相派をはじめとする門閥貴族どもが、地方の官吏人事を独占し、国庫の金を私物化しようと画策している。お前の実家である水家のように、国家の安寧を第一とする名門ばかりならば良いのだがな……。私が彼らの特権を縛る新たな監査法を通そうとすれば、総出で猛反発し、内乱すら仄めかしてくる。……この腐りきった朝廷の均衡を崩し、奴らの牙を抜くには、どう動くべきだと思う?」
王妃を試すような、あるいは一人の男として智慧を求めるような問い。瑞月は一瞬、思考を巡らせた。ここで凡庸な返答をすれば王妃としての役目は足りるが、今この孤独な新王を救い、国を正しく導くためには、水家の嫡男として叩き込まれた最高峰の知略を授けるべきだと決断した。瑞月は美蘭の声の優美さを保ちながら、その内容はあまりにも鮮烈で鋭い政略を語り始めた。
「陛下、正面から監査法を突きつければ、門閥は意地になって結束いたします。まずは、奴らの“兵糧”を断つのです。古き門閥貴族たちの富の源泉は、北方の街道における通行税の独占にございます。ならば、あえてそこには触れず、陛下の手で『東方の新たな交易街道』を官営として開通させるのです。そして、新興の豪商や、後ろ盾のない実力派の若き文官たちをその要職に大抜擢なさいませ」
張りのある瑞月の瞳に、凛とした文官としての知性の炎が宿る。
「北方の利権に執着する門閥を放置したまま、富の流れそのものを東方へと遷すのです。時が経てば、門閥たちの経済的優位は自然と崩壊し、焦った奴らは必ず内から足並みを乱します。監査の刃を抜くのは、奴らが自滅し、朝廷での発言力を失ったその時で遅くはございません。刃は、見せて脅すものではなく、確実に首を撥ねる瞬間にのみ抜くべきものにございます」
一切の淀みのない、朝廷の経済構造と貴族心理を完璧に見抜いた理路整然たる献策。黎央は息を呑み、衝撃のあまり言葉を失った。眼前にいる「病弱な最高名門の娘」のはずの王妃が、朝廷の百官の誰よりも深く、凄まじい大局観を持って国政を見通している。黎央の胸は、この美しき王妃の凄まじい聡明さへの驚愕と、魂を根底から揺さぶられるような激しい歓喜で満たされた。
「お前は一体……。いや、見事だ。お前の言う通り、刃を抜く順番を間違えていた。東方の街道か、すぐに動こう」
黎央は瑞月の授けてくれた鮮やかな策を即座に実行に移すべく、王妃への尽きせぬ愛着を胸に抱きながらも、意見を聞き終えるとすぐさま力強い足取りで己の執務室へと戻っていった。




