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不滅の双星 〜魂の天秤〜  作者: 杏鈴


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第三章 暗殺の影、驚愕の王

 瑞々しい新緑が青空に映え、爽やかな風が吹き抜ける頃――入宮から二ヶ月が過ぎたある日、後宮の側妃筆頭である華貴妃が、王妃の引きこもりがちな態度を「重病の再発」と言い触らし、嫌がらせを仕掛けてきた。

「まあ、王妃様。いくら最高の家柄の水家のお生まれとはいえ、入宮して二ヶ月も経ますのに、ずいぶんと引きこもりがちで質素な着物をお召しですこと。これでは最高名門の格式が泣きますわ」

 瑞月と同世代である華貴妃らの冷ややかな失笑が響く中、瑞月は一歩も引かず、名門の血筋にふさわしい凛とした声で切り返した。

「華貴妃。我が水家が民の範となるべく、宮廷の経費を節減することこそ王妃としての務め。右丞相の娘ともあろう者が、己の虚栄のために国庫を削る派手で品のない姿を晒すとは、それこそ陛下のお心を苛立たせるものと知りなさい」

 瑞々しい若さからは想像もつかない、国家の財政構造を見抜いた理路整然たる反論。さらにその場に同席していた明凛が、何も言わずに華貴妃を冷徹な視線で一瞥する。実家の身分も王妃の方が遥かに上であり、さらに王妹の有無を言わせぬ圧が加わったことで、華貴妃たちは顔を青くして退散していった。

 そんなある夜、建国を祝う盛大な夜宴の席で、決定的な事件は起きた。

 きらびやかな楽の音が響き、百官が美酒に酔いしれる中、黎央の背後へ音もなく近づき、怪しく青い毒光を放つ細刃の短剣を突き出す一人の給仕がいた。

「黎央……お前の血で、我が一族の無念を晴らす!」

 男の声は、かつて王位を巡る凄惨な争いで、黎央自身がその邸宅に火を放ち、跡形もなく焼き殺したはずの第二王子――異母兄の黎鳳れいほうのものだった。

「黎鳳……! 貴様、あの炎の中で生きていたのか……!?」

 死んだと確信していた異母兄の、当時の激しい劫火によって無惨に焼けただれ、歪んでしまった火傷の痕が、剥がれた仮面の下から現れた。そのあまりの驚愕と激しい動揺に、百戦錬磨の黎央の心に凄まじい衝撃が走り、身体が一瞬、決定的な隙を晒して硬直する。憎悪に狂う黎鳳の刃が、無防備な黎央の首筋へと突き出される。周囲の近衛兵たちさえ、あまりの不意打ちに硬直したその一瞬。

「陛下、危ない!」

 瑞月は、男にしては華奢に見えるその体躯からは想像もつかない強靭な体幹を爆発させ、優美な王妃の正装を翻して黎鳳の懐へと鋭く踏み込んだ。衣服の下で無駄なく動いた肩甲骨が、一級の武人の一撃を繰り出す。

 瑞月は卓上の銀の箸を掴むや否や、恐るべき正確さで投げ放ち、黎鳳の右腕を深く射抜いた。さらに黎鳳の左腕を掴み、一瞬でその関節をへし折るように極めると、凄まじい力で大理石の床へと叩伏せたのだ。

「……動くな。これ以上不穏な動きをすれば、その首をへし折る」

 若輩とは思えぬ気迫に満ちた一喝。冷徹な瑞月の鋭い眼光に気圧され、黎鳳は血を吐きながら絶望の絶叫をあげた。近衛兵たちが黎鳳を完全に組み伏せる中、瑞月は何事もなかったかのように凛とした佇まいで黎央を振り返った。

 しかし、黎央の疑念は消えなかった。あの夜宴で見せた王妃の完璧な武芸の身のこなし、および水家からの事前報告にあった「お抱えの護衛から護身術を学んだ」という言い訳では到底説明のつかない一流の動きへの疑問が頭を離れず、その夜、黎央は激しい疑念のあまり眠ることができぬまま、深夜の御苑の池のほとりへと向かった。

 そこで黎央は、闇の中で一人、木刀を鋭く振るう若い男を見つける。漆黒の装束に身を包み、化粧を完全に落とした男の素顔――護衛としての瑞月の姿であった。

「誰だ!」

「これは陛下。王妃付きの護衛『水』にございます」

 深く一礼した瑞月の素顔を、黎央は修羅の如き鋭い目で見つめた。美蘭と瓜二つでありながら、凛とした美しさを湛えた青年だった。手合わせを命ずるという黎央の言葉に応じ、激しく木刀を交える二人。その最中、黎央は確信する。この男の踏み込み、肩甲骨の連動は、あの夜宴で自分を救った王妃の動きそのものだと。

 黎央は不敵に笑い、瑞月に命じた。

「面白い。お前の剣、王妃の身こなしか。水よ、これから毎夜深夜、ここで私と手合わせをしろ」

 瑞月は毎夜深夜にここで会うという約束を交わし、黎央の孤独な魂に寄り添う覚悟を決めた。この暗殺未遂事件をきっかけに、黎央の心境には劇的な変化が生じ、命を救ってくれた王妃への激しい関心から、頻繁に王妃の宮へと赴く「昼の王妃通い」が始まっていく。


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