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第7話:パスタ・デ・ハラヘリーニョ


翌日、私たちの「家」は、静かな青色の海の上でけたたましい音を立てる「造船所」へと変貌を遂げていた。


チョージとマンマカリッド団の面々は、額に汗を浮かべ、喉を鳴らしながら大工事に勤しんでいる。マルコモールで運び出した大量の板材を釘で打ち付け、家の軒先には立派な 「舟の舳先へさき」 が突き出し、屋根の上にはシーツを継ぎ接ぎした巨大な帆が翻っている。


「おい、そこをもっとキツく締めろ!」「ラジャ、任せな!」

トンカチの乾いた音、太陽は容赦なく照りつけ、作業着は汗で重く肌に張り付いている。喉は砂漠のように乾き、胃袋は空っぽの洞窟のように鳴り響いていた。


 


◇ 空から来た「タコの王子さま」


「――なにをやっているのかな?」


不意に、澄んだ少年の声が降ってきた。

全員が作業の手を止め、眩しそうに空を仰ぐ。そこには、重力という概念をあざ笑うような光景が浮かんでいた。


巨大なタコが、逆さまの状態で八本の足を優雅に広げ、まるでスローモーションのメリーゴーラウンドのようにくるくると回転しながら降りてくる。そのタコの腹――今や頂上となった部分に、絵本から抜け出してきたような、ビロードの衣装を纏った少年が、涼しい顔で立っていた。


「……あ」


私はその顔を見た瞬間、既視感の海に沈みそうになった。

それは、家族でよく行く、あの郊外型の回転寿司チェーンのキャラクターそのものだった。なぜ彼がここにいるのか、なぜタコに乗って空を舞っているのか。


「なあ坊主、美味いもん食いたかないか?」


シゲジイが、汗を拭いながらタコを見上げて言った。その目は、獲物を狙う猟師のように鋭い。


「その代わりと言っちゃなんだがな、そいつの足を一本……いや、ほんの少しだけでいい、分けてくんねえか?」


王子さまは少しだけ首を傾げて考え、「いいよ、お腹すいたし」と短く答えた。

タコが悲しそうな目をしていた。

 


◇ 狂熱のガーリック・パスタ


「よし、今日の昼飯はパスタとカルパッチョだ! 野郎ども、手を休めて皿を持て!」


シゲジイの号令に、現場に獣のような歓声が上がる。

キッチンからはすぐに、暴力的で、かつ慈悲深い にんにくの香り が漂い始めた。


シゲジイはプロの顔をしていた。

巨大な寸胴で沸騰したお湯に、惜しげもなく塩を放り込み、パスタの束を豪快に投入する。一方で、熱したフライパンの中では、シゲジイ特製のオリーブオイルが黄金色の泡を立て、スライスされた大量のにんにくと鷹の爪が、狂ったように踊っている。


そこに、たった今手に入れたばかりの、透き通るようなタコの足を投入する。


まずは、 「タコのカルパッチョ」 だ。

氷水で一気に締められたタコの身は、驚くほど透き通っていた。吸盤のコリコリとした硬質な食感。そこに岩塩とレモン、そして冷やしたオイルが絡み合う。一口噛むごとに、作業で渇ききった喉の奥に、海の鮮烈なエネルギーが流れ込んでくる。


そして真打ち、 「ハラヘリーニョ・パスタ」 。

乳化したオイルが麺の一本一本に、まるで磨き上げられたワックスのように絡みついている。タコの旨みが凝縮されたソースは、にんにくの芳香を纏い、脳を直接叩くような美味さだ。


「はーっ、辛い! でも止まんねえ!」


チョージが顔を真っ赤にしながら麺を啜る。アルデンテに仕上げられた麺の弾力は、噛みしめるたびに小麦の香りとタコの野性的なエキスを爆発させる。


そこに投入されるのが、ラベルが剥がれ落ちるほど冷やされた白ワインだ。グラスの表面を覆う無数の結露。辛さで焼けるような喉に、その氷結した液体を流し込む。


「熱い、冷たい、うまい、辛い!」


汗の匂いと、にんにくの香り、そしてキンキンに冷えたワインの充足感。

汗ばんだ体の中を、熱狂的な生命力が駆け巡っていく。


タコの王子さまも、真っ白な衣装をソースで汚すのも構わず、ひーひーと息を吐きながら、「おいひい、おいひいね」と、恍惚とした表情でフォークを動かし続けていた。


ヤスオも、普段の卑しさをどこかへ置き忘れたように、ただ一人の空腹な男として、皿に残ったソースを一切れのパンで丁寧に拭い、慈しむように口へ運んでいた。


 


◇ 凍りついた日常


「……ねえ、シゲジイ」


私は、ワインの心地よい酔いと、パスタの刺激的な余韻に浸りながら、隣に座る祖父にふと囁いた。


「あの『ケルナグル』って人さ……よく見ると、 ヤスオおじさん にそっくりだね。パスタを啜る時の、あの眉間のシワの寄せ方から、鼻の横の小さなホクロまで。まるで鏡を見ているみたいだよ」


その瞬間。


豪快にパスタを巻こうとしていたシゲジイのフォークが、カチリと乾いた音を立てて皿を叩いた。


シゲジイの顔から、さっきまでの美食の余韻が剥がれ落ち、そこには見たこともないほど冷徹で、強張った表情が張り付いていた。


シゲジイはゆっくりと、機械のような動きで私を振り返った。その瞳の奥には、得体の知れない恐怖が、暗い泥のように沈んでいた。


「……サユキ、お前。今……なんて言った?」


挿絵(By みてみん)


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