62話 ダリオ過去回想その4
あれから俺は一人で依頼を受けていた。
ミランはまだ心が深く傷ついているのか、部屋に引き籠っている。リオとの修羅場がトラウマにもなったのか俺と話すときでさえ、最初に言葉に詰まるような会話をするようになってしまった。
「ふう、やっと終わった」
俺が他のパーティを組むつもりはこれっぽっちもない。だが、一人でこなすのは一苦労であり、稼げる額もたかが知れている。下手すれば出費だけで利益がマイナスになることさえある。
このまま金を貯め、ミランとまた別の街に移るのが最善だ。今度こそギャンブルなんてない、静かな街に──。
しばらくして、ミランも落ち着いたのか復帰してくれたおかげで、俺達二人で依頼をこなすようになっていた。
「今日はなんとかなったなミラン」
「……うん」
「明日はもっと頑張ろう。飯を食おうぜ」
「……美味しい」
その短い一言に含まれた安堵と、かすかな喜びを俺は聞き逃さなかった。
「そうだな。美味しいな」
数日が経ち、あの日のことは完全に忘れたと思っていた。
「ダリオ=ラングレー様とミラン様ですね」
俺達の前に現れたのはスーツ姿の男達。
俺はミランを守るように立ちふさがる。
「なんだお前ら」
「いえ、私どもはセブンズミラーの債権回収執行部隊でございます」
債権回収? あのカジノギルドが、なぜ俺達の前にいる?
「債権とか俺たちはあんたらに何も借金していないぞ」
「いえ、あなた様方から取り立てるよう仰せつかっておりますので。ここにもサインをいただいております」
……俺のサイン?
なぜだ。俺もミランも、そんなことをするはずがない。
借用書らしき紙面には、見たこともない数字の羅列と、確かに俺の文字でサインがしてあった。その横にはルーベンの名前も。
「ルーベン! あいつがなんでこれに。いや、俺は一切知らないぞこんなの!」
俺はその借用書を破るも、スーツの男は予想していたのかもう1枚全く同じのを取り出してきた。
「どんなに破こうが原本はこちらにあります」
「くっ……」
「ではついてきていただきましょう」
「ミランは、ミランは置いていけ! 彼女は全く関係ないだろ!」
「いえ、彼女もくるようにと」
選択の余地がない。いますぐこいつらを昏倒させて逃げようかと思ったが、ミランは恐怖からか俯き震えている。戦闘は最悪の選択肢だった。俺は悩んだ末、ついて行くしかなかった。
セブンズミラーの一室に連れていかれた俺達は、目の前にいる男と対峙する。
「ふーん。こいつらがねえ……」
そう言うのは七三分けの白スーツの男がいた。
あの時、俺を見下した嫌みったらしい野郎だ!
「なあお前」
「お前ではありません。わたくしはジョージ・ジュランテと立派な名前がございます」
「まあいい、ジュランテ聞いてくれ。俺はサインなんて知らないし、書いたこともない」
「そう言われましても実際、ここにサインをいただいていますので」
改めて見直すと確かに俺の名前だ。
訳が分からなかった。サインなんて一度も……。
――いや待て。一度だけ、ある!
脳裏に鮮明な記憶がフラッシュバックした。武器を預ける際にサインをした、なんてことないやり取り。
だが今ここにある書面は、俺があの日に署名したものとは筆跡が微妙に違う。
「あの時か……お前ら、俺の筆跡を真似て偽造しやがったな」
「偽造? はてさて何の事やら」
「ルーベン。あいつとグルだろ……連れてこい! 吐かせてやる!」
「と言う事らしいですよ。ルーベンさん出てきて弁明してあげなさい」
扉が開くと、ルーベンが入ってきた。そいつの顔を見た瞬間、怒りが沸騰し、俺はとっさに殴りかかろうとした。だが、周囲の人間に取り押さえられて身動きが取れない。
「くそ! 放しやがれ!」
「すまんなダリオ、あのあと依頼頑張ったんだけど稼げなくてさ。やっぱギャンブルなら稼げると思ってたけど上手くいかなくて」
「それで借りたってわけかよ」
「まあ借りるのは俺一人じゃ無理だから相談したら、サインがあればと言ってくれたわけだ。そこでお前が武器を預けるときに書いたサインがあったわけだよ。俺って頭いいだろ」
そんなくそ下らない理由で、俺の中で殺意が沸き上がった。滅茶苦茶に殺してやりたいと、そう感じた。
「俺も返済生活するが、相性的にはミランちゃんがいるし守れるから連れて行くな。お前じゃ前衛二人だと大変だろ」
そう言ってミランに手を伸ばそうとした矢先、俺は取り押さえていた男達に電撃を浴びせ、昏倒させた。短剣を持ち、ルーベンめがけ一撃を振り下ろした。反応することもなく、ルーベンの首元に短剣を突きつけ、赤い鮮血が噴出した。
そこからのことは……よく覚えていない……。
気が付くと数人の男達は気絶したように倒れていた。
ミランは俺を止めるために、震える手で俺を抱きしめていた。
手にはあいつを刺した感触が残っている。
俺は人を……感情に任せて初めて人を殺めてしまった。
「なんだなんだ? この状況は。おい、クソ七三どういうことか説明しろ」
入ってきたのは巨体な人間。顔には大きな傷が入り、腕や足は丸太のようで、見た目は女なのだが、そこらの男や戦士達よりも圧巻と言わざるを得ない。ジュランテはその女を「ライネス」と呼んだ。
仲間だと思い俺はとっさに、そいつを殴ろうとするも。そいつは予想できたのか避けて、俺の首を掴むと壁に放り投げた。
「流石ですライネスさん」
「喋んな気持ち悪いんだよクソ七三。んでさっさと説明しろ禿げ」
「禿げてはいません。我々がこの方に返済の催促を促していたんですよ。そうしたら暴れてこうなったと」
「ほう、お前たちはそれだけいるのに取り押さえられなかったと」
「……面目ないです」
俺はジュランテに指をさし叫んだ。
「そいつは借用書の偽造をした! 俺はサインはしていない!」
「い、いやですね。そいつ返したくないからって嘘をついているんですよ。ほらここにサインもありますし」
ライネスは頭をかいて。俺とジュランテの二人を交互に見る。
「俺様には判断つかねえわ。だから『リーシャ』お前が判断しろ」
ライネスが声をかけた先。俺達が気づかないうちに、一人の女が立っていた。
その女は、小顔に似合う猫のように大きなつぶらな瞳を持ち、きめ細かな色白の肌と相まって、微笑むと妖艶な大人の雰囲気を醸し出す。だが、その美しさ以上に、彼女の一動作すべてが、この場を支配しているかのようだった。
まるで、騒がしい室内の空気を、彼女一人で静寂に捻じ曲げたかのような錯覚に陥る。俺はその非現実的な色気と、圧倒的な威圧感を放つ女から、目を奪われて動けなかった。
「リーシャ様、このような場所に足を踏み入れるなんて」
「いいのよジュランテ。あなたはこれまではしっかりやっているとは思うの。ただ、この状況を説明して頂戴」
「はい、そこの男が借金を拒み挙句には殺人をも犯し、わたくしどもは止めようとしたらこうなってしまいました」
リーシャは差し出される借用書を受け取るとまじまじと見た。
「ふぅん。確かに紙は本物、サインもしているわね」
「俺がサインしたのはここで武器を預けたときのみだ。そんな借用書にサインなんてしていない! そいつにハメられたんだ!」
訴えるしかなかった。多分この場で一番偉い人がこの女性なのだと。
聞き入れられないかもしれないが、こう言うしかなかった。
リーシャは俺を一瞥すると、借用書をライネスに渡した。
「これを『ルクス』に渡して頂戴」
「あいつにか?」
「ええ、あの子なら判別してくれるわよ」
ジュランテは慌てた様子で止めようとするも、リーシャの「なにか問題ある?」の一言で制止した。
「そうね。結果がでるまで暇だし、ここはお互いの主張を賭けてギャンブルをしましょう」
ギャンブルだって、この女なにを考えているんだ。
この状況で打破できるすべがない。俺は渋々参加するはめになった。
死体は端に追いやられ、散乱したテーブルと椅子が魔法により運ばれて中央に置かれた。
左右には俺とジュランテが座り、中央にはリーシャ。テーブルには1束のトランプが置かれた。
ミランは顔を埋めて座り、俺の近くにいた。
「そうね。シングルデッキ・ブラックジャックでもしましょうか。確かあなたダリオって名前だったわね。ブラックジャックしたことあるのかしら?」
「一通り覚えたし、そこの死体がやってるのを見てたなら」
俺は親指でクイッと指しルーベンを死体と言った。もう友人ではない。
リーシャはそれを見てクスクス笑う。
「このブラックジャックで配られたカードはゲームが終わっても回収しないから」
一言を言ったのちリーシャは滑らかにトランプの束を切り、カードが配られた。
最初の数ターン、俺は慎重に立ち回った。勝負を避け、手持ちのコインをわずかずつ減らしていく。「ずぶの素人が運で勝つことを恐れている」――ジュランテはきっとそう思っていただろう。実際、彼はこちらの動向を侮蔑の目で一瞥するだけだった。
5ターン、6ターンと周り、俺の手持ちは見る間に細くなっていく。だが、その間にも俺は、ディーラーであるリーシャの配り方、ジュランテの細かな仕草、そして何よりブラックジャックというゲームの構造を、まるで職人技のように分析し終えていた。
勝機は今しかない!
後半戦、俺は動いた。
手持ちの全コインをテーブル中央に押し出してこう言い放った「オールイン」と。ジュランテは一瞬驚愕した顔を見せたが、すぐに侮蔑の笑みを浮かべ、追撃するようにコインを出した。
そして、運命のカードオープン。
リーシャの指先が鮮やかにカードを弾き、机の上に数字が晒される。
ジュランテの数字は「20」。対する俺の伏せ札は、まだ眠っている。
勝敗を確信したジュランテが、口角を吊り上げて勝ち誇ろうとした――その瞬間。
「わたくしの勝ち――なんだと!?」
「……悪いな。21だ」
俺が親指で弾くようにカードを捲ると、そこには残りのデッキから導き出した「最後の一枚」が、計算通りに鎮座していた。
ジュランテの顔が驚愕に引き攣る。
俺は無造作に、テーブルの中央に積まれたコインを自分の手元へと引き寄せた。
この1回のコインが動くのを皮切りに、次も次の次のターンも俺は勝ち続けて、遂にはコインを全て奪い取った。
「どうして……」とジュランテは言うも、俺は「そんなのお前が弱いに決まってるからだ」と返答した。
ルーベンのしていた事を俺はただ観察だけをしていたわけではない。
するとリーシャは捨て札の山に手を伸ばしカードを1枚掴んだ。
「カードカウンティングね」
「カードカウンティングって、なんだそれ?」
「へぇ、あなた意識せずともやってのけた……ということね。面白いわ。いいわ説明してあげる」
リーシャはカードを分けるように分割した。
「基本的なやり方は簡単よ。カードの2から6を『小』、7から9を『中』、10と絵札、そしてAを『大』として、これらを3点式計算として覚えるの」
リーシャは分類したカードの山を指先で軽く叩き、計算式の基準を示した。
その動作は、まるで授業を行う教師のようだった。
「出たカードの流れを見ながら、次に賭けるチップの量を決める。残りのデッキに高いカードが多いときは大きく賭ける。低いカードが多いときは控えめに」
リーシャはそこで言葉を切り、ダリオの目を見つめた。説明を理解したか試すように。
俺は深く感心した。
確かにこういった風になんとなく意識してやっていた。
「つまり、残りのデッキにどんなカードが多く残ってるかを予測するためよ」
たった数枚のカードの偏りで、勝敗が大きく変わることを。
そうしているうちに、ライネスは戻ってきた。
「結果が分かったぜ。こいつは白だ」
ライネスは1つの玉を取り出すと、玉は空中に映し出される。
映し出されるのは別室での人物のようだ。
別の場所を移す装置、俺の知らない物だが価値は相当高いものだろう。多分、これ一つだけで金貨数百、いや数千なんて下らない。ただ、今はそんなことを考えているよりも映像に注目する。借用書に書き込みしているのは俺ではなく、ここの従業員らしき人物が書いていたからだ。
文字に注目すると、従業員が隣にある俺の名前と筆跡の書かれていた紙を真似て、俺の名前を借用書に書いていた。
そしてそれを確認する、ジュランテとルーベンの姿。
書き終えた紙をルーベンに渡すと、嬉しそうに出て行った。
「どうやら証拠は出たわね。それに以前から資金の使い込みが露見していたの。担当してるのはあなただし……今回で勝てばまだしも、負けたのだからジョージ・ジュランテ、あなたはクビよ」
「ちが……これは……」
「なに?」と言うリーシャの一言に、なにも言い返せず黙り込み地面に視線を向けた。
「席が空いたわね。そうだ、ダリオあなた幹部の席に座りなさい」
なにを言ってるのか意味がさっぱりわからなかった。
俺がこのカジノの幹部?
「わかってなさそうね。あなたカードカウンティングを意識せずとは言え計算はできたわね」
「あ、ああ」
「本来なら判明したら止めるべきなのに止めなかった。あとは分かるわね」
「イカサマありきでも強ければ問題ないと」
「ええ、そういう出来る人に幹部の席を任せたいと思ってるわ。ただ、今回の件で幹部をもう一人増やして、担当を別にしなくちゃならないわね」
「だけどいいのか? 俺はさっき人を殺めた殺人者だぜ。それがギルド内にいるなんてお前にも不利になるんじゃ」
「それで?」
「それで……って、バレたとき評判落ちるんだぞ」
「私はね。賢く強いギャンブラーが欲しいのよ。なんならそこのライネスだって元は犯罪者よ?」
あの巨女も……。
俺はそれがチャンスに聞こえた。
今のままじゃ、まともに稼げない。いつかは資金も底を尽きる。ならいっその事ギルドに入って安定した収入を得たほうがいいんじゃないか。
ミランには悪いが、嫌な思いもするかもしれない。これしかない、そう俺は思った。
「幹部の件は分かった。もちろん請け負うよ。ただもう一人、ミランを。こいつを幹部にしてくれないか?」
「その子ね。それは駄目よ。だって私が認めていないのだから……けどそうね。あなたは幹部なのだから、一般職員としてならその子を採用してもいいわよ」
ありがたい申し出、けどそれだけじゃ駄目だ。
俺だけじゃない、ミランを幹部にしたほうが更に安全だ。
それにジュランテは資金も資材も一緒にやれていたのなら俺が頑張ればいい。
けど今のままだとそれが不可能だ。
ならそれを可能にさせるには……?
「もし、俺があんたに勝ったらミランを幹部にさせるのもできるか?」
俺を幹部にしてくれるだけでもありがたい。
普通なら無理な申し出。だが、この窮地を脱するためには、それでも言う価値があると思って言ってみた。
直後、背中を冷たい水が流れ落ちるような感覚に襲われた。
それは殺気ではない。眼前の女が、格の違う絶対強者であることを本能が理解したのだ。まるで捕食者に睨まれた弱者のそれと同じ、純粋な恐怖だった。
「ふふ。いいわね。あなた実にいいわね。その申し出、引き受けるわ。やるのはブラックジャックでいいかしら」
「ああ」
カードが鮮やかにシャッフルされ、運命の1枚が配られた。




