61話 ダリオ過去回想回その3
ルーベンに背中を押されるようにして中にはいると、俺は呼吸を忘れた。
「なんだこれ」
目の前に広がっていたのは、王都の貴族街すら色褪せるほどの光の洪水だった。
頭上には、無数の炎を閉じ込めたような巨大なシャンデリアが煌々と輝き、その光は磨き上げられた大理石の床と、天井まで届くような豪華絢爛な装飾に反射して、空間全体を黄金色に染めている。まさに、物語でしか聞いたことのない王宮の広間に迷い込んだような感覚だ。
外と中との差は、まさに天と地。この空間が王都のどこよりも眩く、異質であった。
そして、その圧倒的な空間を満たしているのは、何かに熱中する人々の熱狂する声の数々だった。
人々はテーブルや箱の周りにひしめき合い、歓喜と絶望の叫びを上げている。視界に映る全てが圧巻で、言葉を失うほどだった。絞り出した「なんだこれ」という一言が、この状況に対する唯一の、正直な感想だった。
「すごいだろ? ここは王都三大カジノの1つ『セブンズミラー』って言うんだ」
「セブンズミラー?」
「このカジノの名前だよ。他のカジノは『ブラックローズ』『ルクルス』『トワイライト』『百戦錬磨』とかがあるぜ」
「そんなにあるんだ」
「とにかく遊ぼうぜ。俺ちょっとコイン交換してくるわ」
ルーベンがどこかへ向かうと、「お客様」と誰かが声をかけてきた。
俺はすぐさま警戒するように腰に付けていた短剣に手をかけた。
「す、すみません。お客様。当ギルドでは武器などの持ち込みは、こちらで預からせていただきたいのですが」
黒い服を着た男性。身なりと言うよりも服装は超一流の職人が仕立てた物だと分かる。生地はしっかりしており、襟やボタンの縁に沿って走る金色のラインはそれだけでかなり高級だと一目見て取れる。売れば金貨数百枚はくだらないだろう。
ただ、見た目は貧相で場慣れしていないし、そこまで稼いでそうには思えない。
物取り?
いや、それならこんな所で声かける意味がない。
「あー、すまんすまん従業員さん。こいつこういう場所初めてなんだ」
ルーベンは手にコインらしき物を持ってやってきた。
こいつも身に着けていた盾を外している。
「ダリオ、ここだと俺たちみたいなのは先に武器やその類を預かってもらう形式になってるんだ」
「それならあそこの貴族を護衛してる奴はどうなってるんだ? 武器持ってるが」
「ああ、あれはここの特例だ。貴族様を守るために武器所持は認められている」
「ふーん。だけど俺たちは武器預けたらどうなるんだ? 返してもらうときに紛失されたら溜まったもんじゃないぞ」
「そういう奴もいるから、宿に置いてきたりするが、ここなら預かってもらう代わりにこれに記録をしてもらう。同意のサインも必要だけど」
ルーベンの手には冒険者ギルドのカードがあった。
話を聞くと、どうやら武器情報にも記録され。返還する際には、なにかで読み込ませると、従業員が預かっていた武器を持ってきて返してもらうってわけだ。
俺は納得はしていないが、渋々サインをして武器を預けることにした。
「さて遊ぼうぜ」
ルーベンは子供のように無邪気になるあまり、すでに周囲をキョロキョロと見回し、遊び場を探している。
俺も警戒心よりも強い好奇心に駆られて周囲を観察するように見回した。目に映るもの全てが初見で、知識欲が刺激される。
トランプやダイスを使った遊び。人々が手にしているコインのやり取りがそのまま掛け金になる、と俺の商売人の知識で理解できた。
中でも特に目を引いたのは二つの場所だ。
一つは精巧に作られた小さい馬が走っているもの。もう一つは、光り輝く珍しい機械式の箱だった。どうやって動いているのか、そしてなぜ人々がその小さな箱に熱狂しているのか、まるで分からなかった。
「ブラックジャックでもやるかな」
ブラックジャックはこの遊びの名前のようだ。
ルーベン以外に数名の客が席に座ってトランプでやり取りしている。
どうやら手札の合計値を従業員と競い合う遊びと理解する。
手持ちのコインはどんどん減っていき、その度ルーベンは頭を抱え悩んでいた。
全く運の悪い奴だ。
「俺は他を見に行くわ。頑張れよ」
「うるせえ。色々見てこい」
俺はその場を後にして、周囲を見回した。
訪れた時と変わらず、客たちはみな熱狂の渦中にあり、場内には興奮の熱気が満ち満ちている。
そんな中、一人の従業員がこちらに近づいてきたと思えば、「どうですか」と言いながら銀のトレイを差し出してきた。
上には様々な形のグラスと、色とりどりの飲み物が入っている。その全てが、高価そうな酒だった。
「いや、俺は持ち合わせがないから」
「大丈夫ですよ。無料でお配りしていますので」
無料という言葉に俺は思わず驚愕した。
そしてすぐに警戒が走る。無料という言葉はありえないと、あの憎むべき父親が口癖のように言っていたからだ。この場にいる客を泥沼に引きずり込むための、何か裏があるに違いないと直感した。
「あー、それここでは無料だぞ。あとで請求なんてされないから気軽に貰っとけ」
ルーベンが言ってることは間違ってはいない。
思い過ごしかと思いながら警戒を解いた。
「そうなのか……なら1つ貰おうか」
従業員はニコッと笑顔になり酒を一つ手渡す。
そのままどこか行こうとする従業員を呼び止め、初めて来た事やそれぞれのギャンブル台の詳細を根掘り葉掘り聞いた。
一通り聞き終えると俺はお礼を言うと、従業員は頭を下げどこかへ行く。
「大体は把握できた。ただスロットのミニ競馬の仕組みは未だ謎のままだけど」
俺は貰った酒を飲みながら、自分の目で仕組みを確認するよう見回っていく。
賭けなのだからコインのやり取りはどれも一緒。
ディーラーにコインを渡し、勝てば倍になり負ければ没収される。
基本的にゲームはカードがメインばかり。
ルールは比較的単純だが、客の心理を突いたものが多いな。
「そう言えばここにいるのは冒険者ばかりだな。貴族は見当たらないが……」
するとギルドの入口から一人の貴族がやってくる。
そのまま、従業員に案内され奥の扉へ連れていかれていった。
「もしかしてあの奥が貴族たちの巣窟か?」
行こうとした矢先、複数の従業員が集まり止められた。
そのうちの一人の男が俺の前に立ちふさがる。
髪を七三に整え、蝶ネクタイに白スーツ、威圧感があり他の従業員の服装とは明らか違う。
「お客様、こちらはお貴族様や上位冒険者様の専用ルームでございます。お客様は見た目からしても……私の私の嗅覚が正しければ、貴方はこちら側に足を踏み入れるべき御仁ではないですよね」
下賤を見るような目で俺を見下している。
確かに貴族じゃない、ただの下位冒険者だ。
否定はしないが言葉の節々から嫌みったらしさが出てきてやがる。
「いやぁ、確かに違いますよ。ちょっと台を探そうとしていたら、こっちにも道があるんじゃないかと思ってきてみたらビックリしましたよ。まさか、そんなお偉いさん方が利用する場所があるなんて気がつきませんでしたよ」
「そうですか……でしたらこの1階広間でお遊びくださいませ」
揉め事を起こすメリットもないんだ、敵対しない方が賢明だと俺は判断した。
まあどの道、相手にすることはないだろうし。
どんな嫌みたらしい言葉をかけられようが関係ない。
俺はルーベンの所へと戻った。
「おいおい、どこいってたんだよ。俺の快進撃を見てほしかったぜ」
上機嫌で顔をテカらせたルーベンの手元には、山のように積まれたコインが置かれていた。
「これお前が稼いだんだやるじゃん」
「だろ? これでもう少し稼げば……グヘヘ」
「もういいだろ。さっさと換金して帰ろうぜ」
「いや待て、今の俺は運が良いんだ。このまま果てまで突き進むぜ!」
その表情は、まさに蟻地獄の入り口。そう俺は感じた。
さっきまで空いていたルーベンの隣には、いつの間にか別の客が座り、ゲームに加わっていた。台は多くあるのだから、ごく普通のことだろう。
ただ直感だろうが、このままでは必ず負ける。父親の末路を知る俺には、その狂気の波が肌で感じ取れた。そんな確信にも似た雰囲気を胸に抱きながらも、ディーラーは無情にもカードを配り、次のゲームが始まった。
それからの時間はあっという間だった。ルーベンのコインは、一時の歓喜の叫びを最後に次第に減っていき、見る間に残りわずかとなる。
「もういいだろ。いくぞ」
「嫌だ嫌だ。俺は取り返すんだ!」
俺はわめくこいつを引きずりながら、武器を返しもらうと外に出た。
こいつは残り少ない金を見ながら、わんわん泣いている。
「全く馬鹿なことをしやがって」
本当、馬鹿なことしやがって……。
そう思いながらこいつを宿まで連れて行った。
次の日、俺達は依頼を受けている最中だった。
馬車で村までいき、そこで確認も兼ねて森の中にいる魔物の討伐。
終わったら報告する形となるが、俺達なら普通にやればなんなく討伐できるはずだった。
「いやー、早く討伐して帰ろうぜ」
「ちょっとルーベン、油断しないの」
「そうだぞ。お前もう少し緊張を持てよ」
「大丈夫だって。いつも通りやればさっさと終わらせられる。それに」
ルーベンは俺の肩を叩いた。
「ダリオ、今日も行こうぜカジノに」
余裕を見せていたのか、ルーベンが昨日のことを口走ってしまう。
俺は慌ててこいつの口を抑え込んだ。
「ちょっ、なにすんだよ!」
だが時すでに遅し、俺はミランの顔を向ける。
ミランの表情は雲っていた。
「カジノって……それはもしかしてギャンブルの?」
「あー、えっと、そう悪かったってミラン。お前が嫌いなのも知ってるし、恋人のお前に合わせてるのも知ってる。こいつは嫌がってたんだけど、俺が無理やり誘ったんだ。本当にすまん!」
「私はにい……ダリオに話してるのっ!」
俺は言い訳する余地はない。
確かに断ってはいたが、結局行ってしまったのは事実なのだから。
「ああ、こいつと行った」
「どうして……どうしてっ! 父さんはそれで!」
「すまない、ミラン……ただ――」
言いかけた言葉は眩い光に呑み込まれた。すぐそばで炸裂した魔法の衝撃に、周囲の空気が激しく震える。
「ちょっと、あんたたち今は先にこっちを優先しなさい!」
いつの間にか魔物が近くまで来ていた。
ミランはショックで動けなくなり、実質俺達3人で動くことになった。
何とか勝利するも、ミランは相変わらずその場から動かない。
俺はミランを立ち上がらせると、報告を二人に任せ馬車に戻った。
報告を終えたのか、リオとルーベンも馬車に乗った。
未だに落ち込んでるミランを見て、リオはミランの頬に平手打ちをかました。
「あんたねえ! 状況分かってんの? なにがあったか知らないけど、動かないから危うくやられそうになったのよ!」
「リオ落ち着いてくれ。あの時は確かに危なかったのは事実で、助かった。だけどそれとこれとは別。これは俺たちの問題なんだ、わかってくれ」
俺にそう言われたからか、自分が蚊帳の外だと知り、悔しそうな表情で端の方に座った。
ルーベンも自分が原因とわかっているからか何も言わない。
そして王都へ戻ると金の受け取りをしてそのまま解散した。
と言っても同じ宿なので宿まで行ってそれぞれの部屋に行く。
「一度、話合わないと……」
俺は荷物を置くとミランの部屋に行った。
扉を開けると、ミランは布団を頭まで深く被り、ベッドの上で小さく丸まっていた。それはまるで、外界の全てから身を守ろうとする幼い子供のようだった。
「すまなかった……あのとき俺は誘いに乗って迂闊に行ってしまった事を反省している。お前の気持ちもよくわかる。もう二度と行かないと約束する」
ただそれだけを伝えるために俺はここへ来た。
丸まったミランはピクリとも反応しないが、布団越しに彼女は聞いているだろう。
それ以上は言い訳にしかならない。俺はおとなしく部屋を出て、自分の部屋に戻った。
「本当、あの時の俺を殴りたい」
自責の念に駆られ、しばらく考え事をしていると、壁越しに女性の声が響いてきた。
意識を集中させると、それはミランとリオの切羽詰まった叫び声だと分かった。
俺は慌てて部屋を飛び出し、ミランの部屋に駆け込んだ。
「何してんだよ!」
二人は取っ組み合い、いやミランが下、リオが上に乗りマウントをとっていた。
俺は急いで二人を離す。
「なんだよこの状況。説明してくれ」
「ダリオ、あたしなら許すわ。あの馬鹿に連れられたとはいえ、この王都だもんね。少しはやりたい気持ちになるわよね」
「は? なに言って……」
「ミランから聞いたわ。親のせいで借金した。逃げるようにあなたを連れて、この王都にやって来た。だけどこの王都ではギャンブルが流行っているし、それが嫌だからあなたにも強要した」
ここまで詳細に話せるという事はミランは実際に言ったのだろう。
ただ内容には少し食い違いがある。
俺はミランの兄妹ではなく恋人、名前も新しいまま。その設定はしっかり守ってくれてるのだと。
「その子より私を選んでくれたら一緒に行きましょう。そうしたら楽しめるわよ」
「……リオ、ルーベン大事な話がある」
ルーベンは俺達の騒ぎを聞きつけたのだろう、部屋の中に入ってくる。
「二人とも、俺たちはパーティ解散しよう」
俺の唐突な発言に思わずリオは「えっ……」と言った。
ルーベンは部屋に入ったときから察したのかなにも言わない。
「そんな、私はその子がいなかったら」
「リオ、ダリオの目を見ろ。もう駄目だ」
俺は彼女になにも言わない。
ただもう喋るなと言葉では語らなくても、視線を向けている。
リオは黙り、悔しそうな表情になりながら部屋から出て行った。
ルーベンも同じように出て行った。
「ほれ、お前の仲間さんからだ」
次の日、俺は下の食堂によると、店主から手紙を渡された。
中を開けて確認すると、ルーベルとリオは宿を出て行く旨のこと。
そして最後に「すまなかった」と。




