東條愛理 同人作家
「俳優の相川英二と申します」
届いたメールを見て、東條愛理はしばらく画面を見つめていた。
突然のメールに、差出人の名前を、もう一度確認する。
相川英二、聞いたことがある。
だが、すぐには顔が浮かばない。
「……誰だっけ」
呟いた直後、記憶の奥から一人の男が浮かんだ。
俳優だ、五十歳近い、演技も印象に残る渋い役者だ。
どういうこと?まさか。
あの相川英二?
メールには、突然の連絡を詫びる文章が丁寧に並んでいた。
最後にメールでは詳しく説明できないので、電話をかけても構わないでしょうかと書かれている。
「電話……?」
どう考えても普通ではない、自分は商業作家ではない。
同人誌を書いて、即売会に参加しているだけだ。
それなのに、なぜ俳優が自分に連絡してくる?
「これ、詐欺じゃないよね……」
疑うのも無理はない。
有名人を名乗って近づいてくる人間など、ネットにはいくらでもいる。
だが、何故、自分なのか。正直分からない。
愛理は少し迷った。
だが、怖いもの見たさというのか、作家としての好奇心というのか。
結局、通話を許可した。
ほどなくして、着信が入る。
『突然すみません。相川英二です』
声を聞いた瞬間、愛理は固まった。
テレビで聞いたことのある声だった。
「……本当に?」
『はい?』
「いえ、すみません」
『実は、お願いがありまして、あなたの書いた小説を、ショートドラマにしたいんです』
聞き違いかと思った。
『スマートフォンで撮影する簡単なものです。きちんとした映画やドラマではありません。動画サイトにアップしたいと思っています』
「私の……小説を?」
『そうです』
「どうして?」
『読んで、面白かったからです』
あまりにも真っ直ぐな答えだった。
数日後。
動画サイトに投稿されたショート動画を見た、東條愛理は画面に釘付けになった。
荒い質感の映像の中にいたのは、紛れもない相川英二本人と外国人の少女。
自分の書いた小説が、狂気と官能を孕んだ映像作品として動画サイトで公開されている。
投稿欄には、相川英二本人のコメントまでついている。
『素晴らしい原作に感謝を込めて』
画面の前で固まる愛理のスマホが、通知音を鳴らした。
『愛理、今、いい?』
通話ボタンをスライドさせると、スピーカー越しに興奮で上ずった友人の声が飛び込んできた。
「愛理! ドラマ観たよ! 凄すぎるよ、一体どうなってるの!?」
「あ……うん、私もびっくりしてて。ねえ……これ、AIで作ったフェイク動画とか? 実は全部CGでした、みたいな……」
「……はぁっ!?」
受話音量の向こう側で、友人の声がピタリと止まった。
数秒の絶句の後、呆れ果てたような、けれど熱を孕んだ声が返ってくる。
「本気で言ってるの!? これがAIなわけないでしょ!」
「だって、あまりにも急だったし、あの相川英二がこんな……」
「私、気になりすぎて映像オタクの知り合いにすぐ動画見せたのよ! 『間違いなく生身の人間がスマホで撮ってる。もっといい機材使えなかったのかって」
「スマホで……本当に?」
「オタクは頭、抱えてたわよ。『映画用のカメラで撮れば歴史に残る名作になるのに』って発狂しそうになってたんだから!」
友人の熱弁が、愛理の胸の奥に残っていた迷妄を吹き飛ばした。
フェイクでも、技術の悪戯でもない。
「じゃあ……本当に、作られた偽物なんかじゃないんだ……」
自分の同人小説がベテラン俳優の手で映像化された。
その事実は、驚きを通り越してどこか現実味がなかった。
再生数は弾かれたように跳ね上がり、コメント欄は瞬く間に狂乱の渦と化している。だが、タイムラインを眺めていた愛理の胸に疑問が芽生えた。
相川に直接連絡して聞くのは不作法だろうか。
悩んだ末、その日の夜、愛理はメールを送った。
すると数分も経たないうちに、スマホが振動し、低く渋い声がスピーカーから聞こえてきた。
「東條さん。動画、観ていただけましたか」
「あ、はい……! あの、不躾で申し訳ないのですが、自分のブログで今回の動画のことを紹介させていただいても構わないでしょうか?」
「勿論です。好きに書いてください」
あまりにもあっさりとした答えに愛理の方が拍子抜けした。
「僕たちは商業映画のような回りくどい契約ややり取りなんて一切していないんですから、自由にやればいいんですよ。あなたも最初から、枠にとらわれない作品を作ってきたんでしょう?」
愛理は肩の力が抜けるのを感じた。
「ありがとうございます……。実は、動画のコメント欄でも相手役の彼女のことがほとんど紹介されていないと話題になっていて」
「ああ、彼女ですか」
相川の声は笑っていると思った。
「彼女はドイツの舞台中心の役者なんです。日本に来るのは初めてみたいで、だから、国内で彼女を知る人はいないんじゃないかな。目が見えないということもありますが、日本語は挨拶程度しかわかりません」
「え? 挨拶程度……ですか!?」
「『次の仕事のために日本語を覚えるな、勉強するな』と、向こうの監督から固く禁じられているらしくてね」
愛理は驚いた、情報が出ない、彼女の事がわからなくても無理はない。
「その話、ブログに書くのはマズいですよね?」
「構いませんよ」
相川の返事は、あっさりしていた。
「彼女、コメント欄を見て喜んでいるんです。『自分の演技の反響がこんなに早く届くなんて』ってね。映画やテレビだと公開までに時間がかかります。僕もです。作った熱量が冷めないうちに、世界中のリアルな反応を即座に肌で感じられる。こんなに興奮したのは久しぶりです」
東條愛理の動画紹介のフログを読んだファンは驚いた。
中には原作、二次創作の同人誌があることさえ知らない人間もいた。
『【神展開】相川英二のショートドラマ、相手のドイツ人女優の正体がヤバすぎると話題にwwwww』
102: 名無しのリスナー
東條先生のブログ読んだ???
あのショートドラマ、元ネタは東條さんが同人誌で書いてた小説だったらしいぞ……!
ファンもいて、東條生成の小セクで二次創作演っている人もいるらしい。胸熱すぎるだろ!!
105: 名無しのリスナー
マジかよ、原作があったことすら知らんかったわ。
てか一番衝撃的なのは相手の女の子の情報なんだが……
108: 名無しのリスナー
それな。ドイツの舞台メインで活動してる女優さんで、今年で**【16歳】**だと……!?
ファッ!? 16歳!?!? あの色気と狂気で16歳は嘘だろwwwww
112: 名無しのリスナー
海外の人だから大人っぽく見えるのは分かるけど、あの相川英二と対等以上に渡り合ってたのが16歳の少女とかそりゃ、ネットでいくら検索しても日本のデータベースに載ってないわけだわ。
118: 名無しのリスナー
てかブログに書いてあった制作背景が凄まじすぎる。
「映画やドラマみたいな金や版権の利権、ややこしい契約は一切なし。熱量が冷めないうちにスマホで撮ってそのままUPした」って……
あり得ないだろ普通wwwww
123: 名無しのリスナー
大人の事情(契約・利権・スポンサー)を全部無視して、純粋な表現欲求だけでトップ俳優と異国の16歳天才女優がタッグ組んだとかロックすぎだろ。
今の時代にそんな奇跡みたいな作品作りある???
130: 名無しのリスナー
「自分の演技の反応がこんなスピードでダイレクトに届くなんて」って、彼女自身もコメント欄見てめちゃくちゃ喜んでるらしいぞ。
確かにドラマや映画は時間がかかるよな。動画サイトの即効性を楽しんでるとか最高かよ。
135: 名無しのリスナー
凄すぎる……。利権でガチガチになった生ぬるいテレビドラマより、スマホ1台で撮ったこの数分間のほうが遥かに熱いじゃん。
140: 名無しのリスナー
相川英二、マジで時代の壁を壊しにかかってて草。
16歳の怪物女優と渋いベテラン俳優の狂気、もっと見せてくれ頼むから!!!
コメントは続いている。




