気づいた男、自分が撮りたいものは
「子役を、使う意味があるのか」
「原作者の了解はとっています」
大丈夫ですという男の言葉に、監督、ディレクターは無言になった後、ぼそりと呟いた。
「作者は割り切っているんだろう」
問いかけられて男が疑問を浮かべたのは無理もない。
「坂崎をいれてもいいか」
場が静かになった、名前言われて誰なのか思い出せなかったのかもしれない。
「少し前に復帰した。経験もある。今はドラマの作りも変わってきた。監督、脚本家、一人の色を濃く打ち出すのはよくない」
「共同ですか」
声だけではない、温度が低い、熱の入りか方が違う。
周りの人間は感じてしまった。
「共闘だよ」
「俺が、ドラマ制作にか」
声をかけられて坂崎は驚いた。
仕事には一日でも早く復帰したいと思っていた。
だが、ドラマ制作とは予想もしなかった。
「少し前にネット配信のドラマが爆発的にヒットしただろう」
坂崎は頷いた。
「顔のいい若手のアイドル、俳優を使えばヒットする、否定するつもりはないんだ」
わかりますと坂崎は頷いた。
「あんたにカンフル剤になってほしいんだ」
そういうことか、復帰の最初としては良いかもとれないと坂崎は思った。
その日、坂崎は本屋にいた。
ドラマ制作に参加してくれないかと言われたときは驚いた。
自分は過去にドラマ制作に関わった、その時の視聴率は決して好調とはいえなかった。
内容が重い、大人のドラマだ、加えて人物が多くて内容がわかりづらい。
視聴者からの不満の声もあったようだ。
最後まで放送は続いたが、坂崎は失敗したと思っていた。
今はどんなドラマが流行っているんだ。
気になって、ネットで調べてみた。
驚いたのは過去に失敗したと思っていた事が、今では視聴者の興味をひいていることだ。
だが、重い内容でも現実味がほしい。
悪役でもキャラクターに共感できるか。
バッドエンドかもしれない、だが、どこかに救いを感じさせてほしい。
顔が、スタイルがいい俳優ばかり出さないでほしい。
ドラマの原作はどうなんだと思って坂崎は原作探した。
最近の流行りの小説かと思ったが、そうではなかった。
数年前に書かれたものと知って驚いた。
長編ではない、人気があるのか?わからない。
リアルな声が聞きたいと思ってしまった。
その日、若いスタッフに尋ねてみた。
「ああ、その小説、ネットの同人誌が出ています」
同人誌、意外な言葉に坂崎は驚いた。
「登場人物が情けないおじさん、ギャップ燃えっていうんですか。二次創作でコアなファンがいます」
若いスタッフは女性だが、嬉しそうに話をする。
「作者も自分のキャラの色々な話が読めて嬉しいって、喜んでます」
以外だなと思った。
「二次創作を嫌う書き手もいるが」
「元々、作者も同人から出ているんです。商業作家なら嫌う人もいますが、同人誌が出るって人気があるってことじゃないですか」
坂崎は原作を読んで思った。
確かに中高生ぐらいの子は出ている、だが、中身は大人だと思った。
周りは普通の大人ではない、クセのある人間ばかり。
そんな環境で育っている。
思考、行動が普通のご友とは違う。
今の子役に、この役を演じさせる。
無理がないかと坂崎は思った。
その日、坂崎はプロデューサーに連絡した。
「この中に出てくる子役だが、もう決まっているのか」
プロデューサーは、真面目な顔になった。
「オーディションで数人候補はいます」
「子役のリスト、見せてくれるか」
「は、はい」
スタジオの隅で手渡された紙を坂崎は真剣な顔で見た。
通りかかった女性のスタッフに声をかける。
「俺は最近になって現場に復帰したんだ。詳しくなくてね」
坂崎は紙を見せた。
「高校生の役なんだが、性別は考えなくて良い。君が見たいなって思う、子役いるかな」
参考までに聞きたいんだと坂崎は軽い口調で言った。
相手に先入観を感じさせないためだ。
「今度のドラマ企画ですよね。あたし、原作が好きです。それに友人がファンで同人誌も書いているんです」
原作を読んでいるだけではない、女性の友人が同人誌を書いているとことに驚いたのだ。
女性は手渡された紙を真剣な顔で見ていた。
「最近のドラマに出ていた子ばかりですよね」
その言い方が引っかかった。
「見た目がいいというか、可愛い、カッコいい、将来イケメンになるかもって感じの子ばかりですね」
いないのかと坂崎は思った。
すみませんと女性は小さく呟いた。
「実は同人誌では、この高校生、怪物的な存在として書かれているんです」
坂崎は思わず女性を見た。
正確には怪物の卵ですと言葉が続く。
「周りの大人たちが意図しない、いえ、誘導はしたのかもしれない、でも子供の皮を被った歳も性別も超えた生き物みたいな存在として同人誌では書かれてます」
なんだ、それは。
坂崎は言葉が出てこない。
「子役だが、今の段階では決定しない。数名カメラテストして、試験的に撮ってみないか」
上からの決定に制作スタッフ、坂崎は驚いた。
「力を入れていると言っただろう」
「もしかして、原作側から、何か言われましたが」
坂崎は尋ねた、仮定だ、確証があったわけではない。
だが、数名の人間の表情がわずかに変わった。
坂崎だけではない、周りが気づいた。
「作者からはない、ファンだ。ネットでちょっとスレッドもたって騒ぎなっていた。
話し合いが終わった後、坂崎は理由を知りたいと思った。
その日、坂崎のスマホに連絡が入った。
アイドル俳優の真田だ、何故、自分にと驚いた。
絵文字もない真面目な文章に坂崎は折り返し通話で応対することにした。
「すみません。復帰したばかりでお忙しいと思ったんですが。お願いしたいことがあるんです」
坂崎は驚いた、入院前に仕事をしたことがある。
イケメン俳優と言われていた、親しみやすい軽い口調だった。
だが、聞こえてくる声から、そんな軽さが感じられない。
「今度のドラマ制作に坂崎さんが入ったと聞いて見学をさせてほしいんです」
見学?予想もしない言葉だ。
「子役が出ますよね、大人の役者とのシーンがあると思います。そのシーンを見学させてくれませんか」
すぐには返事ができない。
「君ではないよな」
不思議思って尋ねる。
「知り合いなんです」
もしかして、そのドラマに出たいという話か。
昔ならそんな勘繰りをするかもしれない。
だが、真田の声から、そんな空気は感じられない。
「見学なら、大丈夫だと思うが」
「ありがとうございます」
真田は、言葉を続けた。
「当日、僕は同席しないことになっています。案内の男性と付添いが同席します」
意外な言葉に君は来ないのかと尋ねる。
「僕は邪魔です、雑音です」
意味が分からなかった。
その日、坂崎はスタジオ前で待っていた。
理由も詳しく分からないまま、答えてしまったが、本当に良かったのかと思ってしまった。
しばらくして、姿を現したのは長身の外国人の男性だ。
「真田さんからお話を伺いました、無理を言ってすみません」
流暢な日本語だ。
「それで、見学するのは」
「来ています」
男性が振り返ると廊下の向こうから影が見えた。
近づいてくるが一人ではない。
白と黒い毛並みの大きな犬が一緒だ。
金髪の女性はサングラスをかけている。
外国人は歳が分かりづらいなと坂崎は思った。
男性が女性に話しかけ、坂崎を見た
「声をかける必要はありません。日本語がわかりませんから」
男性の言葉に坂崎は驚いた。
スタジオ内の片隅、女性は椅子に座り、犬は足元に伏せの状態だ。
大人しい犬だなと坂崎は思った。
スタジオ内の子役たちも驚いたようだ。
動物、大きな犬がいるというので、気になるだろう。
だが、それは最初のうちだけだ。
途中で坂崎は気づいた。
役者、大人の俳優たちが彼女を見ているのだ。
「見学かい」
一人の役者が坂崎に声をかけてきた。
「ええ、頼まれたんです」
ただの見学だ、名前を出す必要ないだろうと坂崎は思った。
だが、しばらくして坂崎は気づいた大人の役者たちが、彼女を見ている。
険しい目つきでだ。
撮影が終わると外国人の男性が迎えに来た。
見学は何事もなく終わった、だが、坂崎は気になってしまった。
ドラマに関する資料を整理していると坂崎さんと声をかけられた。
振り返ると真田が近づいてきた。
「ありがとうございます。勉強になったと先ほど男性から連絡がありました」
「そうか、聞いてもいいか。日本語が分からないって、男性が言ってたんだが」
それは、どういう意味なんだという疑問が顔に出ていたのだろう。
「次の仕事の監督が言ったらしいんです。ドイツ人の監督です、こだわりが、強いのかもしれません」
監督の指示?、変わっているなと坂崎は思った。
「そうか、見学と言ってもずっと真っ黒なサングラスをかけているから」
良く見えたのかと疑問を感じたようだ。
真田は小さな声で、大丈夫ですと答えた。
「見えないんです、彼女」
すぐには返事が出てこなかった。
「それは、目のことを言ってるのか」
はい、真田は頷いた。
「見学したいのは台詞のやり取り、間、雰囲気です」
静かだったでしょうと言葉が続く。
「演技は目で見るだけで覚えるものではないですから」
すぐには返事ができない。
「あの一緒にいた犬、盲導犬か」
会話を逸らそうとしたわけではない。
真田が、帰ってしまう素振りを感じたらだ。
もう少し、いや、詳しい事が聞きたいと思った。
違いますと真田は即答した。
「慌てたり、突然、立ったり走ったりそんなことすれば彼女が大変です。大きかったでしょう」
盲導犬というとゴールデンや中型の犬が多い。
あの犬は、かなりの大きさだ、以前TVで見たグレートデンと同じくらいじゃないかと坂崎は思った。
「彼女は僕よりキャリアのある役者です」
真田の言葉は冗談、笑いには聞こえない。
もし、彼女をドラマに使ったら。
不意に坂崎の脳裏に怪物という言葉が浮かんだ。
原作のファンが同人誌を作っている。
性別、歳は断定して書いていない。
ただ、子供というだけ、だが、それは皮、見せかけだ。
本性を隠している。
心臓が、ドクンと音をたてた気がした。
「彼女をドラマに使いたい、そう言ったら」
真田の表情が変わった。
何を言い出すのか、驚ではない別の表情だ。
「オーディションは終わったんじゃないですか」
そう言った、真田以上に坂崎自身が驚いていた。
今、自分は何を、とんでもないことを口走った気がする。
「彼女、わからないんですよ。日本語が」
分かっている、そう言いたかった。
「だがな、怪物に言葉がわかるのか」
本気で言ってるのか?
この時、真田は思った。
「もし、彼女がドラマに出たとして、テレビドラマ、トレンディドラマみたいな、そんなものにはなりませんよ」
「彼女、椅子に座って見学しているだけだった」
坂崎は静かに言った。
「周りのスタッフ、カメラマン、子役はいつも通りだった。だがな、役者たちの目が違っていた」
坂崎は思い出した。
自分と同じぐらいの、年配の役者が見ていた、あの目を。
真田は思い出した、数日前、彼女がスタジオ内を見学したいと歩き回ったことを。
自分は離れたところから追いかけた。
だが、声をかけてきた人間がいた。
「役者か」
真田に聞こうとしたのか、いや、尋ねたつもりはなかったのかもしれない。
答えが聞きたい、そんな声ではなかった。
ただ、存在を自分の感覚が告げ、言葉になった。
そんな風に自分は感じてしまった。
「真田、彼女の連絡先を知りたい。教えてくれ」
静かな声だ、この人は本気だと思った。
「彼女が頷いたところで、ドラマの制作側が、はいって言いませんよ」
そんな事は分かっていると坂崎は思った。
だが、言葉にするのが怖かった。
「駄目なら、そうだな」
自分が降りるしかないだろう。
この時、坂崎は甥と観に行った、映画を思い出した。
自分は今とんでもないことを考えている。
そして、口にした言葉は自分でも驚いている。
眼の前にいる和江かい俳優もだ。
真田は坂崎を見た、じっと。
「わかりました。丸川さんに連絡します」
丸川?何故ここで。
この時、思い出した、映画に出ていた役者だ。
「彼女は丸川さんの、今度の共演者なんです」
真田は続けた。
「本気で思っていますか、彼女をドラマに使いたいって」
坂崎は言葉が出てこない。
しばらくの間、無言だ。
今なら笑い話で終わらせることがいませることができる。
だが、それでいいのかと思った。
「馬鹿なことを言ってると思う。この歳でな」
坂崎は笑った。
ああ、この人は何かを見つけた、気づいたのだと真田は感じた。




