知らなかった役者の現実
その夜、映画館からの帰り、雄一郎は不思議な気分を味わっていた。
派手なアクション、肉弾戦があるわけではない。
若いアイドル見た目のいい俳優、役者が出ているわけではない。
そして犬、四人の役者たちは犬の僅かな動きや視線で過去の事件を思い出し、掘り起こして話が進んでいく。
だが、シアターを出るとき、雄一郎は気づいた。
小学生ぐらいの親子連れもいれば自分ぐらいの年代もいる。
「映画、観に行かない」
会話が耳に入ってきた。
中学生だろうか、自分より小さいなとカイトは思った。
スタジオから出た時、談話室で数人の子どもたちの会話が偶然耳に入ってきたのだ。
「映画って」
女の子が不思議そうに尋ねると少年が真剣な顔になった。
「光石さんと野々原さんが出ている」
周りが急に、しんとなった。
少女が大きく目を見開く、驚いたのだろう。
「光石さんって、まさか」
男の子の表情が違う。
「その、まさか、光石さん、それだけじゃない。野々原さんも出てる」
少女の表情が変わった。
「映画に出てるって、知らなかった」
「二人もだけど、丸川と神崎さんて役者も凄い、中年だけど、演技が光石さんと野々原さんと並んでる」
「行く、今から?タイトルは」
少女が即決で答えてスマホを取り出した。
その様子に男の子はニンマリと笑う。
「一回、観ただけじゃわからなかった。野々原さん、男に化けてるだけじゃない。敵と味方、どっち側にも出て、噂になってる」
少女の目が大きく見開かれる。
「何、それ、す、凄い」
子役たちの会話が、その場を離れても、カイトの耳に、頭の中に残っていた。
映画のことは知っていた、商業ではない、ネット小説家の原作。
最初はショートドラマ、ネットの動画配信だと思っていた。
ネットの公式サイトだけで大掛かりな宣伝はなかった。
一度、TVで映画の告知役者と犬が出たこことは知っていたが自分は観ていなかった。
だがも、周りでは噂になっていたようだ。
テレビ、ドラマに頻繁に出ているわけではない。
イケメンのアイドル、俳優ではない、主役を演じたことのない俳優ばかりの映画なんて、誰が観るんだ。
映画に出ていた役者たちが海外の舞台?知らなかった。
その日、カイトは自宅に戻り父親から言われてしまった。
「芸能活動を一度辞めて受験、勉強に専念したらどうだ」
父親は真剣な顔だ。
「以前、お前がTVのインタビューで映画のことを話していただろう」
自分の部下の娘が、その発言を聞いて残念だとこぼしたことを雄一郎は話した。
「お前は、あの映画に出ている役者をあまり知らないと言っただろう」
「ああ、それが、だって本当のことだし」
「知らないことはいいんだ。日本のTVに頻繁に手でいるような役者ではない」
雄一郎はカイトをじっと見た。
「お前の発言、娘さんは残念だと感じたそうだ」
そばで聞いていた母親の亜希子の表情が変わった。
「日本の子役は、その程度だと思われると感じたらしい」
カイトだけではない、亜希子の表情も変わった。
演技が、うまい下手と言われたわけではない。
「知らない役者のことをTV、公共の場で軽い発言で話す。日本の子役のレベルを、その程度だと思われる、娘さんは残念だと感じたんだ」
父親の言葉にカイトは驚いた。
言葉が出てこない。
その日、真田は偶然、丸川の姿を見かけた。
金髪の若い女性と一緒だ、しかも腕を組んでいる。
妙な違和感を感じた。
「丸川さん」
真田は声をかけて近寄り深々と頭を下げた。
「もしかして、オーディションを受けにきたのか?」
丸川の言葉に真田は思い出した。
数日前に声をかけられたドラマのオーディションだ。
近いうちにあると聞いていたが、今日だったのか。
まさか、丸川さん、オ受けるのかと思った。
だが、あのドラマ、流行りのものではないか、 違う、オーディションを受けに来たんじゃない。
それは感だ。
「実は見学だ、公開しているだろう」
そう言って丸川は隣を見た。
「見学?」
「公開しているだろう」
丸川はそう言って、隣の少女を見る。
少女は何も言わない。
ただ、丸川の腕に手を添えたまま、静かに立っている。
真田は少女を見た。
何を見せるつもりなんだ?
「……彼女に、ですか?」
思わず口に出た。
丸川は頷いた。
真田は返事に詰まった、いや、困ったといったほうがいいだろう。
オーディションを受けるわけではない。
見学する、しかも、自分が見るのではなく、この少女に見せるため?
どういうことだ。
丸川は、しばらく真田の顔を見ていた。
やがて、何かを決めたように少女へ視線を向ける。
「実は、今度の共演者だ」
「……え?」
真田は言葉を失った、共演者。
その一言に思わず少女を見る。
「見学、しないか、」
「勉強になると思ってな」
真田は眉を寄せた。
勉強になる?言葉ではない、言い方だ、気になるのは。
何故か、そう直感した。
彼女の、いや、丸川自身が何かを確認するために連れてきたのではないか。
そんな考えが頭をよぎった。
オーディション会場に着いたとき、一人の男性が丸川に近づいてきた。
「ムッシュウ」
外国人の男性は丸川に短く何かを話すと、少女の前に立った。
そして、手にしていたものを少女へ差し出した。
黒い杖、少女はそれを受け取った。
瞬間、真田の視線が止まった、色のついたサングラス、黒い杖。
少女は杖の先をわずかに動かしながら、男性の案内に従って歩き始めた。
オーディション会場の隅に置かれた椅子のところまで案内された。
少女が腰を下ろす。
隣で丸川が小さく呟いた。
「彼女は、生まれつき見えない」
淡々とした声、だが、その横顔を見た瞬間、真田は息を呑んだ。
冗談でも、驚かせるための言葉でもない。
丸川の顔は真剣だった。
オーディションが終わった後、少女に外国人の男性が近づく。
何かを話しているようだ、二人の会話が終わった後丸河が二人に近づく。
一体何を話しているんだ、真田は気になった。
しばらくして、丸川が一人で戻ってきた。
少女は男性と一緒にどこかへ立ち去っていく。
「丸川さん」
何を話していたのか、だが、尋ねることができない。
「聞きたいんだろ。珈琲でも飲むか」
丸川は近くにある自販機を見た。
真田は頷いた。
「日本の子役、台詞の返し、間合いを見せるつもりで連れてきたんだ」
「見えないですよね。日本語はわかるんですか」
丸川は首を振った。
そうだ、自分が丸川に挨拶したときも彼女は無言だった。
「監督はドイツ人だ。日本語を覚えさすなと言われている」
「それって意味が」
「だが、台詞の返し、スピード、声の響きで、感情が伝わることもある」
真田は、そういうことかと思った。
丸川の表情が険しい事に真田は気づいた。
「緊張しているせいかもしれないが。覚えていることを口にしている、綺麗すぎると言われた」
綺麗すぎる、真田は、はっとした。
オーディションだ、仕方がないだろう。
だが、渡された台本を覚えることに夢中になりすぎた、大事なことが抜けている。
自分にも覚えがあった。
「彼女は、俺よりもキャリアがある」
丸川の言葉に、真田が顔を上げた。
今、なんて言った?
「子供の頃から舞台に立っている」
舞台に?
「光石と野々原さんの舞台を観た、それで役者を目指している」
「ど、どうやって観るんです」
「ボランティアでな。見えない、聞こえない人間にも伝える方法、システムかあんだが、誰もか観れるわけじゃない」
日本で、そんな舞台があるだろうか。
海外の舞台に字幕が着くことはある、
だが、それとは違う。
「商業、興行じゃ、ないですよね」
金だってかかる筈だ。
丸川は頷いた。
「慈善事業だ。ただ、金持ちだというだけでは限界がある。運が良い、幸運だけで役者になれるわけじゃない」
幸運な人間、平等ではない、全ての人間が役者の舞台を観ることなんてできない。
現実を突き付けられたと真田は思った。
「監督は台詞で通じる、そんな絵を撮りたいわけじゃないって言ってる」
「無茶ぶりが強すぎませんか」
真田の言葉に丸川は笑った。
「彼女も納得している」
真田は言葉が出なかった。
「光石、野々原、二人を目指しているんだ。今年で十六だ。周りから見れば若いと思うだろう。彼女は必死だ」
十六、外国人だから背も高い、二十歳ぐらいかと思っていた。
「敵対する相手役、神埼と組むんだが、二十歳の男だが、手強い」
「二十歳なら、青年ですね。もしかして」
彼女と同じカモしれないと思った。
見えないんですか、その言葉が出てこない」
丸川が自分の耳を指さした。
すぐには意味が分からない、たが、真田の表情が変わった。
「まさか、聞こえない?」
丸川は頷いた。
「光石と野々原さんから言われた、障害者、ハンデがある人間という目で見るな。表現の化物だ、そう言われた」
真田は言葉が出てこない。
見えない、聞こえない、ハンデがある。
普通なら、そう思うはずだ。
だが、周りは、そんな目で見ていない。
「彼女も相手の男も、役者だ」
丸川の言葉はスタジオでも聞いた。
言葉が通じない、通訳、そんなものは必要ない、
関係ない。
「役者だろう」
監督はカメラマンはスタッフは、その一言で終わらせる。
できない、演じられないという言葉は、彼らには聞こえない、届かない。
真田は改めて思った。
自分はアイドルなのか、役者なのか。
芸能界という世界に立っている自分の場所が、まるで、ぬるま湯のような場所に感じられてしまった。




