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映画と役者と子役  作者: 三ノ宮 みさき


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2/19

演技をしているのか

  高瀬 恒一は大学教授だ。

 以前、TVのインタビュー番組に出演したことで、この映画に興味を感じていた。

 彼の興味をひいたのは映画の内容よりも、出演している犬だ。

 雌のハルクインのグレートデン。

 番組内容は役者と犬のインタビューだ。

 雌だと分かって驚いたのは体つきだ、雄並みの体高と筋肉に驚いた。

 驚は、それだけではない、インタビューの間、犬は静かだった。

 視線を動かし役者の様子を見ているだけだ。

 立ち上がったり、歩き回ったり、吠える、鳴くこともしない。

 家庭犬、大型犬で、この落ち着きはおかしくないかと思ってしまった。

 犬の飼い主、どこで育ったのか、プライベートな情報は公式サイトにも、インタビューでも触れられなかった。

 徹底的にガードされていた。

 

 映画を見た。

 普通の動物や犬が出てくる映画ではないと思った。

 役者たちの行動に犬が吠えたり行動を起こすことはしない。

 人間の方が、犬の静かな反応に何かを感じて動くのだ。

 そして、観ている観客が想像し、深読みしてしまう。

 犬が自然に演技をしているように、見えてしまう。

 まるで、誘導しているような錯覚を覚える。

 高瀬はネットで映画の感想、観た人の意見を覗いてみた。


 「まるで犬が何かを感じて、役者たちに伝えているように見えました」

 「私もです、目が離せないんです」

 「直接的な演技をしているわけではないです」

 「犬と人間の気持ちが、思考が重なっているように感じられます」

  

 高瀬はネットのファンの感想を見て思った。

 他の人も感じているのだのだと。


 ドラマに出ないかと言われたとき、真田は一瞬、返答に迷った。

 キャスト、内容を説明したディレクターは言葉を続けた。

「局としても力を入れている」

 話を聞いているだけでも熱意が伝わってくる。

 わかりますと真田は頷いた、だが、表情は固い。

 反応が悪いな、てっきり、すぐに引き受けてくれると思っていたのに。

「このキャストに不満でも」

 真田は首を振った、とんでもないと。

 どうしても、引き入れたいとディレクターは言葉を続けた。

「女優も子役も人気と実力のある人間を揃えている」

「すみません」

 深々と頭を下げられる、断るということか。

「誰か共演したい役者とかいるのか」

「少し前に映画、公開されましたよね。犬が出ていました」

 ディレクターの顔が曇った。

「あの映画に出ている、中堅の……いえ、実力を持った役者さんたちです。彼らと同じ画面に立ちたいんです」

 ディレクターは思わず笑いそうになった。

 あんな地味なオヤジ役者たちと犬。ネットで話題になっただけの映画のどこが良いのか、業界の大人には理解できない。

(今が一番売り時だというのに……)

 そう思った。

 だが、真田のの表情には揺らぎも迷いもない。

「声をかけて頂いて、ありがとうございます」

 青年が去っていく後ろ姿を見送るディレクターは内心不満を感じていた。


「真田さん」

 声をかけられた青年は振り返って驚いた。

 お笑い芸人の矢吹恒一だ、以前同じ、番組に出演したことがある。

 それだけではない、あの映画のインタビュー番組にも出た。

「矢吹さん、お久しぶりです」

「いや、そんなに改まって、もしかしてドラマ出演の依頼じゃないか」

 真田は頷いた。

「断りました」

 矢吹は驚いた顔になったが、表情はすぐに消えた。

 予感していたのかもしれない。

「今、流行りのドラマなんです。でも違うんです」

 自分が出たいものはと言いかける真田の言葉が途切れた。

「もしかして、丸河さん、神埼さんか」

 青年の表情が変わった。

「実は光石さん、野々原さんのことも知りたくて調べたんです。でも、詳しい事がわからなくて」

 矢吹は頷いた。

「無理ない。二人は映画に出ているが、英語圏じゃないところでも舞台に立っている」

 真田の表情が変わった。

「舞台ですか。英語圏じゃないって」

 矢吹は笑いながら真面目な表情になった。

「舞台オタクの知り合いがいて教えてくれたんだが。正直、俺、知らなかった」


 矢吹は言葉を続けた。

「光石さんは怪物、野々原さんは、化物って呼ばれているそうだ」

 真田の表情が消えた。

「光石さんは時間を止める、いや、観ている側をあやふやにさせるのか。うーん、すまん。説明しづらい」

 矢吹の言葉が真田を混乱させた。

「野々原さんは舞台の上では年令、性別も曖昧にする。役に入る前は実生活でも男の浮浪者に変装して過ごす事あるらしい」

 真田の表情が変わった。

「普通は、そこまでしないだろ。海外の浮浪者に混じって、下手すれば」

 真田の表情が変わった、冗談ではない。

「役を作るために、そこまでやるんですか」

「本人にとっては、それが必要なんだろうな」

 真田は何も言えない、自分は、そこまでできるか。

 いや、そこまでの必要があると思ったことすらない。

 台本を読み、役を理解し、稽古、それが役者だと思っていた。

 けれど、目の前の矢吹が話している二人は違う。

「映画を観たときも驚いたよ」

 矢吹が呟く。

「野々原さんが、どこにいたのか分からなくなった」

 真田は顔を上げた。

「どういう意味です?」

「味方だが、敵の中にもいた。気づかなかったか」

 確かに、怪しいと思える人物はいた。

 だが、はっきりと分かっていたか、自分は。

 

 映画の中で見た人物の顔が、いくつも頭の中に浮かんでは消えていく。


 男、確かに男に見えた、いや、老人にも見えた。

 だが、はっきりと、野々原だと思ったか?

「……本当に、いたんですか」

 ようやく出た声は、自分でも驚くほど小さかった。

「いたよ」

 矢吹は答えた。

「ただ、俺も途中まで気づかなかった。一緒に観ていた友人の言葉で、そうじゃないかって言われてな」

 真田は無言だ、それなら、自分が気づかなかったのも当然なのか。

 そう思いたかった。

 だが、映画を思い返しても、妙な違和感が蘇ってくる。

 人物の視線、立ち方、ほんの一瞬だけ見せた表情、意味があるのか。

 もし、野々原だったのなら、すべて意味があったのではないか。

 自分は、映画を観ていたつもりだった。

 けれど、野々原は、その映画の中で何人もの人間として生きていた。

 味方だけではない、ときには敵として。

 あるいは、観客に正体を悟らせないまま。

 真田は言葉を失った。

 役者とは、ここまで自分を消せるものなのか。

 丸川と神崎、あの二人は、そんな人と同じ映画スクリーンに出ているんだ。

「あの犬も犯人を追いかけたり、派手な動きをすると思っていたんだ」

「そうですね」

 真田は思い出した。

「犬に詳しい友人に聞いたら珍しいみたいだ」

 珍しい、どういうことだろう。

「大型犬のグレートデンって個体差が激しいらしい、静かで大人しいやつも熬れば落ち着きのない個体もいる。家庭犬を映画に使うなんて躾や飼い主もいても簡単じゃないらしい」

「そうなんですか」

 真田はインタビューの最中、犬の様子を思い出した。

 役者と同じ、静かでじっとしていた。

 吠えたり立ち上がったりしなかった。

「躾じゃ無理だと言っていた」

「えっっ、静かにすることが?」

「限度があるのかもしれない。環境だって言ってたな、飼い主だってふつうじゃなかっただろう」

 矢吹の言葉に真田は思い出した。

 あのインタビューが終わった時、スタジオ内に現れた白髪の外国人の紳士の姿を。

「あれ、現実ですよね」

 真田が呟いた、紳士の隣にいたのは黒い、犬ではなかった。

 黒豹だった。

「ああ、高瀬さんも言ってたが。野生の豹じゃない。子供のときに保護されたんじゃないかって」

 保護という言葉に真田の表情が曇った、言葉が重いと感じたのかもしれない。

「毛皮目当てに密猟。あと、団体に保護されても売買、譲渡されることもあるみたいだ」

 真田の表情が曇った。

「保護施設に預けても安全ではないってことですか」

「施設は補助金で成り立っているところもあるからな。子供は高額で取引されるみたいだ」

 矢吹は言葉を続けた。

「あの男性、普通の金持ちとかのレベルじゃないと思う」

 矢吹が笑う、何故か、真田もつられて笑ってしまった。


 

 息子が子役として芸能界で活躍することになったとき、雄一郎は深くは考えなかった。

 すぐに飽きるだろう、そんなことを考えていた。

 決して甘い世界ではないと思っていたのだ。

 息子のカイトは子供の頃から人目をひく顔立ちだった。

 そして母親の亜希子だ。

 芸能界で注目され、子役の母親という立場になったことで、生活が変わり始めた。

 もしかして、勘違いしていないか。



 今度、新しいドラマが始まる、局もかなり力を入れている。

 局内で、その話を聞いたカイトは驚いた。

 少し前に、自分の出ていたドラマが最終回を迎えた。

 今、自分が出ているのはバラエティが数本だ。

 ドラマに出ていないと認知度が減るのか、クラスメイトからは芸能界早めたのかと言われることもあった。

 映画、ドラマでもいい、TVに出たいと思ってしまった。

 そんなときに、テレビドラマの制作が進んでいると話を聞いたのだ。

 だが、どんなものなのか、ハッキリと知っている人間がいない。

 母親に、そのことを聞く。

「そうね、プロデューサーに聞いてみるわ」


「カイト君を、ドラマに」

 プロデューサーの木崎はカイトの母親、亜希子に声をかけられて驚いた。

「噂、なんですか」

 亜希子の知りたいという顔にプロデューサーの木崎は顔をしかめた。

「まだ、詳しいことはハッキリしていない」

「出演者も決まっていないんですよね」

 木崎は頷いた。

「スタッフを集めて準備に追われているんだ」

「そうなんですか。実は」

「カイト君、無理だろう」

 の表情が曇った。

「今年は高校受験だろう」

「そんなことは」

「長期のドラマになるかもしれない。撮影に拘束されたら、中学生が他の番組に出るなんて無理だろう。高校はどうする。今は中学から役者を目指している子供でも大学が普通だろう」

 亜希子は言葉を失った。

「学業に専念するのもいいんじゃないか」


 自宅に戻った亜希子は浮かない顔つきだった。

「どうしたんだ」

 夫に声をかけられてプロデューサーに言われたことを話す。

「いい機会じゃないか。高校なんてあっという間だ。先を考えたら学業に専念するのが良いんじゃないか」

 亜希子の表情が変わった、だが、そばで聞いていたカイトもだ。

 夫は息子の芸能活動に賛成ではなかった。

「俺は今の仕事を続けたい」

「子役で許されたことが、これから先も通用すると思っているのか」

 父親の言葉にカイトは言葉を飲み込んだ。

 亜希子もだ。

「やりたいことはないのか」

「芸能の仕事を」

 息子の言葉に雄一郎は顔をしかめた。

「おまえのいう仕事はTVに出ることか、カイト。バラエティに出て、質問に答えて笑われて、それだけか」

 立派な仕事だよと言い返そうとしたカイトに陽一郎は言葉を続けた。。

「お笑い芸人だって、必死に勉強して経験を積み重ねているんだ」

 カイトは言葉が出てこない。


 その日、雄一郎は会社内で部下が楽しそうに話しているのを偶然耳にした。

「えっっ、二回もですか」

 女性社員が驚いて、男性に声をかけている。

「ああ、娘に、どうしてもって頼まれてね」

「親子で映画に行くって珍しくないですか」

 男は頷いた。

「実は、出ている女優が男に化けていて、敵、味方、両方、演じているんだが。娘は自分一人じゃ確認できない。俺も一緒に観てほしいって」

 女優が男に化けて?

「中年の女性らしいが。普通のサラリーマン、年寄りの浮浪者にも化けているとかネットで話題になっているらしい」

「それで分かったんですか」

 男は首を振った。


 その夜、仕事の帰り、スマホを取り出して雄一郎は映画館へと向かった。


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