4+一というのが映画のタイトルだ。
その映画は公開前から話題になっていた。
原作は水川という女性作家のネット小説だ、商業ではないが同人などで、そこそこに人気がある。
警察をやめた男が過去の事件に疑問を感じるのが発端だ。
だが、違和感を感じたのは男だけではない、元同僚もだ。
男と元同僚、そしてキーパーソンとなるのが、男の愛犬だ。
グレートデンの雌、警察犬ではない。
襲ってくる相手を撃退、警察犬のような行動をするわけではない。
だが、男や同僚は自分たちの会話や様子から犬の様子と行動に感じてしまう。
犬の感じる違和感が自分たちと重なる、リンクする。
間違っている、正しい?
現役時代の感が引退した警察関係者の中に疑惑を感じさせる。
誰が味方、敵なのか。少しずつ繋がっていく。
最初はネットのショート、インディーズドラマとして小さな映画館で公開サれると思っていた。
ところが、予想を裏切って映画化、しかも海外のプロデューサーがスポンサーに着くことになり日本の業界は驚いた。
それだけではない。
役者は今まで主役を演じたことのない、脇役を演じてきた中堅を役者ばかりだ。
だが、実力はある。
光石は初老だが、海外の舞台で活躍している。
野々原は中年の女性だが、舞台の上では年令、性別さえ曖昧にしてしまう。
そして、丸川は若い頃はアイドルだったが、恋愛スキャンダルでほされた。
四十半ばを過ぎて、このオーディションに受かったのだ。
神崎も中堅だが、日本のドラマでは枠役ばかりだ。
中堅の主役を演じたことのない役者ばかり。
そんな、役者が映画に出て人が呼べるのか。
だが、ネットの公式サイトを見た原作者の水川、映像クリエイター、佐川のファンは期待していた。
二人とも若い、日本の芸能、業界から見れば実績などあってないようなものだ。
一度、TVのインタビュー番組にも二人は出ることはなかった。
役者と犬、タレント犬ではない、家庭犬のグレートデンが出ることでファンは好奇心、興味を抱いたのだろう。
映画を見たファンは感じた。
四人の役者たちがスクリーンに映っている、犬は彼らを見ている。
ちょっとした瞬間、間合い、犬が視線を動かす、わずかに動く。
それに対して役者たちは違和感を感じる。
だが、それはスクリーンを観ている観客もだ。
自分たちにかかって来た連絡、会話のやりとり。
犬が反応した瞬間、違和感を覚える。
自分の意識と感覚を呼び覚まされる。
騙されている可能生は、信じるなと告げているのでは。
今の、何?映画館でスクリーンを見ていた女性は、役者の表情に、動きに息を飲んだ。
丸川がスマホの通話を切った瞬間、溜息を落とす。
そのときだ、足元で伏せていた犬が顔を上げて見た。
【映画のシーン、違和感】
「同僚だ。気になることが……」
犬に向かって声をかける丸川。
警察を辞めた、引退したのに知り合いは連絡してきた。
それだけだ、だが、気になることがあったと言っていた。
それだけで電話を?
しかも、随分と昔に終わった事件だ。
昔の事件と似ていると思ったという理由で。
「犯人は捕まった」
犬を見ながら静かに丸川は声をかけた。
それは声だけではない、視線まで問いかけているように見える。
次の瞬間、丸川の手がスマホに伸びた。
女性はスクリーンを凝視した。
スクリーンの中の男の表情が違って見えた。
ほんの少し前に昔の知り合いと会話していた顔と違う。
かけ直している、どこに。
過去の終わった事件と似ているだけでしょう。
女性はスクリーンから目が離せない。
「俺だ」
スマホを手にして話しかけている、丸川の声が変わった?
スクリーンの中の空気まで変わった、見ている自分まで意識が変わる。
女性は自分が緊張している事に気づいた。
【映画のシーン】
昔の同僚である上司と丸川はオープンカフェで、会うことになった。
久しぶりだと思って犬も連れて行くことにした。
上司の光石、同僚だった神埼。
二人とも自分と同じ警察をやめている。
話は自分たちの身の回りのことだ。
警察の現役時代の話ではない。
「やあっっ」
突然、一人の男性が声をかけてきた。
三人は一瞬、無言だ、誰だという不可解な表情をしている。
その時、上司だった光石が小声で呟いた。
「野々原?」
丸川と神埼の表情が変わった。
何故、化けている。
「いい天気だ」
そう言って、男はテーブルの下で伏せていた犬をちらりと見る。
犬と野々原の視線があった。
わずかに野々原が、右手を動かす。
すると、ゆっくりと犬が立ち上がった。
「散歩だ」
なんだ、これ。
野々原が男に化けている?。
スクリーンを見ていた男は理解が追いつかない。
犬に声をかけなかった、ただ、視線が、手をわずかに動かして。
スクリーンから目が離せない。
このとき、気づいた。
光石が新聞を手にしているが、だが、視線が手元のスマホを見ている
だが、それだけではない。
隣の席の神埼、首を傾げて、野々原が立ち去った方向を見ている
ゆっくりと立ち上がった。
丸川が笑いかけ、神崎が歩き出す、野々原の後を追いかけようとしているのか。
セリフが、説明が何一つない。
なのに、スクリーンには緊迫感が漂う。
男はただ、全身の毛穴が泡開くような恐怖と興奮の中で、スクリーンら目を離すことができずにいた。
映画は二時間と少し、最近の流行りの三時間あまりの長いものではない。
観客は集中して見てしまう。
海外なら高齢でも派手な銃撃、肉弾戦のアクションがある。
だが、この映画に出ているのは日本人、中年、初老の役者だ。
情報、過去の事件との繋がりが少しずつ見ている側にも伝わってくる。
気になるのは犬だ。
吠えたり、威嚇、怪しい人間を追いかけたりするわけではない。
役者たちが犬の様子を見て感じる、違和感を覚える。
過去の埋もれた記憶を思い出して、掘り下げようとする。
犬の気づき、思考が、まるで乗り移ったように役者たちを動かしている?
そんな事あるわけない。
映画が終わった。
男は席を立てなかった。
シアター内が明るくなる。
自分の手が、無意識にスマホを取り出していることに気づいた。
近くの席の女、男もだ、自分と同じ仕草をしている。
しばらくして映画の感想のスレッドが立っていた。
4+一というのが映画のタイトルだ。
4というのは役者たち漢字の一は犬のことだろう。
「今日、観た映画の感想、派手なアクションはありません。中堅の役者ばかりです」
「犬が出ていませんでしたか」
「犬の演技?自然に見えます、ただの偶然ではと思うのに目が離せません」
「俺もそう思った。台詞や役者の表情から目が離せなかった」
「光石、野々原が出ているだけでも凄い映画だと思いました」
「有名なんですか」
「二人とも海外の舞台では怪物と化物と言われてます」
スレッドが、わずかに止まる。
どういう意味だ。
「二人とも海外、英語圏以外でも活躍しています。海外のチャリティの舞台に出ています」
えっっ、男の手が止まった。
チャリティの舞台という意味が分からなかったのだ
ネットはざわついた。
上演シアターの数も増えた。
しばらくして、役者たちの挨拶がエンドロールのあとに流れると公式サイトに告知が出た。
映画の収益の殆どが寄付されるというのだ、光石、野々原が海外でチャリティの舞台に出ている。
その為の支援金だという。
エンドロールが終わると役者たちが姿を表す。
だが、出てきたのは四人の男だ。
観ていた観客は、あれっと思う。
突然、男がウイッグ、口から何かを取り出す。
顔、頬の線が変わった、現れたのは中年女性の顔だ。
野々原だ。
あの男性、怪しい男たちの中にいなかったか。
敵、いや、味方どっちなんだ。
観客は混乱した。
あの男は誰だったのか。
だが、今、目の前にいるのは――中年の女性。
誰かが呟いた。
「全部、野々原だったの?」
「最後にもう人の主役、いえ一匹ですが。彼女は家族の元に帰りました」
丸川の言葉に役者たちは笑う。
写真はでない、役者の言葉だけだ。
飼い主は誰なのか、どこに住んでいるのかわからない。
秘密だらけだ。
だが、調べたところで分からないだろうと観客たちは思ってしまった。
スマホを取り出しかけた人間もいたが、手が止まる。
無理だと思ったのかもしれない。
名前も、飼い主の正体も、どこへ帰って行ったのか、一切明かされない。
(……教える気なんて、ない)
スクリーンを見上げる観客たちは、直感的に悟っていた。




