芸人がドラマの主役?
「おまえドラマに出る気はないか」
矢吹は驚いた。
「本気で言ってますか」
桐山は真面目な顔だ。
「言いたいことは分かる。俺も最初は断るつもりだった。だが連続のドラマじゃない、二時間、スケジュールの調整はできるんだよ」
矢吹の表情は微妙だ、驚きよりも困惑という表情だ。
「脚本が豊川という男だ」
「売れている人なんですか?」
桐山は首を振った。
「俺も詳しいことは知らなかった。ただ、脚本は違う」
悩んでいる顔だ。
「海外で舞台、リメイクアレンジされている。キャストが変わって何度も再演されている」
それは凄いことなのではと矢吹は思った。
「話を聞いて驚いた。お前が主役、探偵、それも天才って部類の人間だ」
矢吹は無言になった。
「いや、俺は、そういうタイプじゃないでしょ。太ってメガネかけてオタクみたいな」
桐山は首を振った。
「お前のYouTubeの動画を見たんだよ。お笑いだけじゃない。昔の漫才、噺家みたいなこともやっているだろう」
「それは、噺は、ちゃんとベテランの方に教えてもらって」
桐山は頷いた。
「お前の舞台も観に行ったらしいぞ」
「共演の役者、お前のアドバイスで動くベテラン刑事、相川英二、真田だぞ」
声が出てこない。
「断るのが難しいってことですか」
違うと桐川が首を振った。
「内容だ、お笑い、恋愛、涙ものとは違うみたいだ。実は豊川が脚本を書く、噂で周りがざわついている」
「噂、どういうことです」
「芸人に演技ができるわけがないって文句を言うやつもいる」
無理ないと矢吹は思った。
「豊川さんに直接、言ってくるやつもいたらしい。芸人には無理だってな、そしてら豊川さん」
桐山はや武器をちらりと見た。
「ドラマの話はなかったことにしてくれ。自分が彼を主役にした小説を書くから、それでいいだうろってな」
「まさか、話はなくなったってことですか」
矢吹は言葉が出ない。
ドラマ宣伝の為のCMを撮る時、矢吹は初めて豊川に会った。
「宣伝なのでアドリブを入れてくださって構いません」
豊川の言葉に驚いた。
「良いんですか」
あなたの生の舞台を見ていてネタ?もしかしてアドリブって驚いたんです」
豊川は笑った。
大人しそうな中年の男性の言葉に矢吹は、すぐには返事ができない。
「舞台は予測不可能、次は何を見せてくれるのか、劇場に行くとわくわくするんです」
嬉しいと言うか楽しそうな笑顔だ。
「アドリブ、入れていいですよ」
もう一度、言われた。
矢吹は、今度はすぐに返事をしなかった。
「おい、ドラマのCM、見たか」
「芸人の矢吹のだろ」
「びっくりしたよ」
業界の間では囁かれる噂、だが、それだけではない。
ネットでも噂になっていた。
「あれ、アドリブかな」
「本番に強いのは芸人の強みた。生の舞台に立っているんだ」
最初はお笑い芸人の出るドラマだたいしたことはないと思っていたのかもしれないだろう。
だが、最初の数秒のCM、矢吹の表情、ベテラン俳優との無言のやり取り。
業界の人間は驚いた。
それだけではない、第二弾のCNも作られることになった。
撮影現場にやってきた人間を見て矢吹は誰と思った。
豊川、相川と親しそうに話している。
「まだ、ドラマの撮影始まっていないんだけど」
豊川は驚くというより呆れたようだ。
「良いんじゃないですか」
相川が矢吹に声をかけた。
「あ、あの、こちらの方は」
豊川が紹介した。韓国の演劇雑誌の人だと。
「ドラマのインタビューをしたい。できればドラマを韓国でも放送したいって言ってるんだが」
韓国でも日本のテレビドラマを?
矢吹は意味がすぐにはわからない。
「噂を聞きつけてきたんだよ」
豊川の言葉に男性はニッコリと笑い矢吹に頭を下げた。
「あなたのキャラクターが面白いと思いました。あなたの事が噂になっています」
噂ですか、矢吹は驚いた。
「お笑い芸人なのに動画で色々なことをやっている。韓国の俳優も動画配信をしている人はいます。でも、良いところだけを見せようとするんです。カッコいい顔です。悪いとはいわない。夢を与えるのは大切だ」
男は言葉を切った。
「あなたは、色々な顔を見せている。見られたくないのではと思うところもです」
「矢吹さんのドラマ、楽しみ」
女生徒の声が聞こえてきた、カイトはちらりと視線を向ける。
「ベテランの相川さん、真田さんもいて、台詞がなかったでしょ」
「あー、俺も見た。あれな、アドリブみたいだ」
男子の言葉に女子は驚いた顔だ。
「脚本の豊川さん、そういう人なんだよ。舞台の上、カメラが回ったら、そこは役者の世界だって」
「そうなの?」
「矢吹さん、CM撮影のこと、動画で緊張した、台詞があったけど、好きにやってくれって豊川さんに言われたらしい」
女子は驚いた顔だ。
「豊川さん、矢吹さんの動画だけでなく舞台も観に行ったらしい」
離れたところでも会話が聞こえる、カイトは唇を噛んだ。
ただの芸人じゃないかと思った。
だが、それ以上に気になるのは。
自分が、その話を聞き流せず、気にしていることだ。
「矢吹さんには子供がいるという、実子ではないという設定で迷っているんです」
年令、性別も迷っているんですと豊川は笑った。
「矢吹さんは芸能界に詳しいでしょう。気になる子役とかいますか。ただ、あまり小さいと、高校生ぐらいならと」
「カイトくんはどうです」
近くにいたスタッフ、事務所の人間?が声をかけた。
矢吹の顔かわずかに変わった。
以前のバラエティ番組のことを思い出したせいかもしれない。
見た目はいい、年令よりも大人っぽく見える。
だが、少しだけ引っかかるものがある。
「待ってくれ」
声をかけてきたのは相川だ。
「その子、矢吹くんが、もし、アドリブで返した場合、どうだい」
スタッフの顔が固まった。
「豊川さんは、僕や真田くんにも言っている。脚本通りにする必要はないとね」
「ドラマですよね?」
相川は頷いた。
だが、それが余計に相手を戸惑わせた、表情に気づいたのだ。
「……普通は脚本通りに撮るものじゃ……」
「普通ならね」
相川の声が少し低くなる。
「でも、豊川さんは違う」
その場にいた全員が黙った。
「自分の脚本を完成品だとは思っていない」
相川は、少し間を置いた。
「僕や真田君、皆の前で言ったんだよ。少しでも違和感を感じて、違うと感じたら好きにしてくれってね」
皆の前、その言葉に返すことができない。
矢吹の胸に、相川の言葉が重く響いた。
『アドリブ入れていいですよ』
あれたは自分だけに向けられた言葉ではない。
その意味を改めて感じた。
「必要なのは、カメラの前で演技ができるのかってことだ」
相川の言葉に誰も何も言わない。
「相川さん、カイトって子、使いたくないって思ってますか」
二人きりになった時、矢吹は尋ねた。
「ドラマのPRの為の数秒のCMで、君はアドリブを入れた。本番ではもっと空気が変わると思う。他の役者もだ。ただの二時間ドラマじゃなくなるかもしれないぞ」
それにと相川は言葉を続けた。
「カイトという子は型通りの芝居をする子らしい」
矢吹は戸惑ったようだ。
そのままだと相川は言葉を続けた。
「完璧に覚えて相手の台詞を受け止めて答える」
台本通りということのか?矢吹は相川の言葉に戸惑いを覚えた。
「タイミング、間っていうのは台本通りにはいかない。それだけじゃない。所属している事務所が大きいんだ。そういうところは口を挟んで来ることがある」
「事務所が、ですか」
矢吹は戸惑ったようだ。
「事務所だけならいいんだよ。いるだろ、子役の場合」
まさか、親のことを言ってるのか。
「子役の親というのは面倒だ、16でも、自分の子はと、口を出す可能生がある」
「それは、面倒ですね」
「事務所が大きいと、親も自分が口を出して当然と考えている場合がある」
「……親が、ですか?」
相川は頷いた。
「事務所に所属しているんだから、何かあれば事務所が話をする。それが普通だ。だが、子供のことになると、そう思わない親もいる」
「……」
「自分にも言う権利がある。そう考えるんだ」
矢吹は、無茶でしょう、と言いたかった。
だが、声が出なかった。
親からすれば、自分の子供を守っているつもりなのかもしれない。
だからこそ厄介なのだ。
「ここはうちの子をもっと目立たせてほしい。台詞を増やしてほしい。こんな芝居をさせる必要があるのか。そういうことを、事務所を通さず言ってくる可能性もある」
「……現場に直接?」
「そういう親も、中にはいる」
相川は淡々と言った。
「親からすれば、子供のために、自分は正しいと思っている。だから、口を出しているという感覚すらないことがある」
矢吹は黙った。
それは、事務所が自分のところの役者を売りたいという話とは違う。
事務所なら仕事として判断する。
だが、親は違う。
自分の子供が少しでも不利になれば、感情が先に出るかもしれない。
「豊川さんの脚本は海外でも人気がある。僕は舞台化の話し水面下で進んでいると思う」
相川の言葉に矢吹の表情が変わった。
「でなければ撮影も始まっていないのに韓国の人間がドラマを向こうでも放送したいって、PRのCM撮影を見学の為に来ると思うかい」
「それは」
「ドラマを舞台化すれば当たるといいう確証だけで動く程、甘くない」
「だから、俺はキャスティングを慎重にしたい」
矢吹は何も言えなかった。
カイトを入れるかどうかは、演技の問題だと思っていた。
だが違う、カイトという子役を一人、入れるだけで、その後ろにはに大きな事務所がある。
親までいる可能性がある。
そして、このドラマには、すでに日本の外からも人間が動き始めている。
もし、話が大きくなればなるほど、現場に関わる人間も増える。
矢吹は、相川がなぜスタッフの言葉を聞いた瞬間に止めたのか、ようやく分かった気がした。
相川はカイトを嫌っているわけではない。
大きくなるかもしれない作品に、最初から余計な火種を抱え込むことを警戒しているのだ。
「それに真田くんはドラマに対する意気込みが以前とは違う。成功させたいんだ」
相川の顔が真剣な事に気づいた。
「彼、事務所を辞めるつもりだと、僕に相談してきた」
「辞める、本気ですか、簡単にはいかないでしょう」
相川は頷いた。
「事務所としては人気もある手放したくはない。反対に契約違反だって言われる可能生もある」
移籍、辞めるというゴタゴタでアイドルや俳優がトラブルになるのは珍しくはない。
「簡単じゃない、だから、相談したんだよ。丸川くんだ。彼。過去に大変だった。何かアドバイスがもらえるんじゃないかと思ってね」
丸川の名前が出た子に矢吹は驚いた。
「以前、僕と彼女が撮ったショートドラマ、真田くんは海外の役者との違いに驚いていた」
矢吹は目の見えない少女を思い出した。
「丸川君、面白いことを言ってきた」
「へっっ、なんです」
「海外の製作、人間が知ればいいんじゃないかと言ってきたんだ」
海外の製作、人間?
「向こうの人間が真田君という役者を知る、事務所はどう出るだろう」




