父親として
その日、自分のスマホの通知、メールの文面を読んだ真田は驚いた。
動画サイトにUPしたドラマ続きを撮るらしい。
そこまでは、なんとなくだが予想していた。
だが、ドイツから監督がやってくる。
彼女が動画サイトのアドレスを送って、それを観た監督に火が着いたらしい。
スタッフを連れてくる、撮影はスタジオじゃない、外でやる。
真田は驚いた。
海外から監督がやってくる、アマチュアノサークルが撮ったドラマを観て。
「俺に撮らせろって、彼女にメールを送ってきたらしい」
相川のメールの台詞は軽い。
それが余計に重く、相川には感じられた。
ドイツの監督って、どんな人だ。
だが、スマホで調べても情報が出てこない。
海外で仕事をしたことのない監督なのか。
分からない、だが、それが余計に好奇心だけでない、知りたいという気持ちを掻き立てる。
あのドラマはアマチュアのサークルが撮ったものだ。
機材だって高価なものではないはずだ、なのにプロの監督の目にとまった。
相川はベテランの俳優、彼女も子供の頃から役者として出ていた。
それが、プロの監督に撮りたいと思わせた。
今の自分の演技はどうだ?
そこまで人を動かす事ができるか。
答えが出ない、真田はスマホの画面、メールを再び読み返した。
夕方近く、雄一郎は突然上司が自分の部署に現れた事に驚いた。
「実は我が社の前で撮影がある、ドラマの撮影だ。いつもと雰囲気違うと思うが気にしないでくれ」
「何かのドラマですか」
女性社員が有名俳優でも出るのかと、驚いたように尋ねた。
「俳優の相川さん、知ってるか」
「ベテランですよね、何かのドラマのPRでしょうか」
上司は首を振った。
「動画サイトにUPするドラマらしい」
「ええっとそれって、自主制作とか。テレビ局関連ではないってことですか」
尋ねたのは男性社員だ。
上司は首を振った。
「プロの監督らしい。受付の女性がドイツ語もできたから助かった。スタッフもだ。多分英語は通じないと思うぞ」
仕事が終わり、雄一郎は外に出た。
撮影は続いているのかと思い周りを見る。
数人の人だかり、だが静かすぎる。
本当に撮影しているのかと思って、雄一郎は近寄ってみた。
「ねえっ、もしかして、見えないんじゃない?」
女が驚いた声で男に声をかける。
「見えないって、何が」
男の声が途切れた、女の言葉の意味がわからなかったのだ。
「彼女よ、見えてないのよ」
「嘘だろ、見えてないのに、あんな、演技できるのか」
男が信じられないという声を漏らした。
女も驚きの声を漏らす。
気になってしまう、雄一郎は俳優の相川と動画サイトをチェックした。
動画が公開されると、ネットにはすぐに反応が出ていた。
雄一郎は自室のPCの前で、画面に流れる掲示板のスレッドやSNSのつぶやきを無心で追いかけていた。
【朗報】相川さんの謎ロケ、自主制作じゃなくてガチの海外作品だった件www
12:名無しさん
マジでビックリしたわ!
「凄い偶然!近所で俳優の相川さんがドラマ撮ってた!」
13:名無しさん
自主制作かと思ってたら監督もスタッフも全員外国人だったんだけど、どういうこと???
14:名無しさん
>>13
相川さんの公式ブログ読んだか?
相手役の女の子(例の盲目の子)の知り合いで、ドイツ人のプロ監督らしい。
「彼女からショートドラマ見せられて『俺に撮らせろ!』ってドイツから飛んできた」って書いてあって震えたわ……熱意ヤバすぎだろww
15:名無しさん
え、じゃあ現場の指示って全部ドイツ語???
16:名無しさん
>>15
相川さん「ドイツ語で指示されて必死だった」って呟いてたぞwww
でも相川さん若い頃から何度もドイツ旅行行ってたし、日常会話レベルならいけるからオファー受けたっぽいな。
17:名無しさん
つか、今上がった動画見た???
ショートドラマって言うから3分くらいのやつかと思ったら、まさかの10分超え!!
ちゃんとエンドロールまでついててクオリティがエグいんだが……映画じゃんこれ
18:名無しさん
コメント欄とアクセス数の伸びがヤバい。
海外からの英語コメント多すぎて草。
19:名無しさん
あの女の子、本当に目が見えてないんだよな……?
画面越しなのに鳥肌立ったわ。演技とかそういうレベルを超えてる。
軽いノリの絵文字混じりの投稿。
ネットの住人たちが好奇心と興奮で盛り上がる言葉の数々。
だが、そのノリとは裏腹に、書き込まれている内容は紛れもない「現実」だった。
雄一郎はマウスを操作し、動画を再生した。
画面の中で繰り広げられる世界に、雄一郎は息を吸うことすら忘れた。
(……なんだ、これは)
言葉が出ない。
見えていないはずの少女。
相川との静かな掛け合い、視線を交わさないはずなのに、そうは見えない、感じられない。
画面の向こうから放たれる圧倒的な熱量とリアリティに、全身の毛穴が開くような感覚を覚える。
『えっ……ウソだろ、本当に見えてないのか……?』
『それなのに……なんであんな風に動けるんだ? 演技ができるのか……?』
あの日、撮影現場の傍らで固まっていたカップルの声が脳裏に強く蘇る。
あの二人の反応。
素人の野次馬ですら一瞬で呑み込まれた異質な「本物」が、今、10分間の映像となって世界中に拡散されている。
雄一郎は画面を閉じた。
(カイトには……無理だ)
台本通りに台詞を暗記し、監督の指示通りに顔を作り、NGを出さないことで「使いやすい」「お利口な子役」と大人に便利重宝されてきた自分の息子。
生き残っていけるはずがない。
「亜希子、大事な話がある」
その夜、雄一郎は二人だけで話したいと妻に声をかけた。
「カイトの芸能生活、一度休もう、受験がある。高校に入って改めて考え直すのも良いんじゃないか」
夫の言葉に亜希子は驚いた。
「カイトががんばってきたことは分かっている。だが、子役としては正直疑問だ。本当に演技ができていると思うか」
「意味がわからないわ」
「台詞はちゃんと覚える、言われた通りの演技はできる。子役として一見長所に感じるだろうが。それは演技ができるってことじゃない」
亜希子の表情が少しずつ不快なものに変わっていく。
だが、ここで止めては駄目だと雄一郎は思った。
「失敗しない、指示通りの演技、NGをださない。一見褒め言葉に聞こえるが違う。制作側としては使いやすいってことだ」
「カイトは今まで大きな挫折はなかった。だが、いずれ、そういう時が来る。声変わりだけじゃない。
今までのドラマ、バラエティ、オーディションは受けたことがあるか」
亜希子は考えた後、ないわと呟き首を振った。
「他の同年代の子と比べたら差が歴然とするだろうと言われた」
「言われた?どういうこと」
「業界の人間だ。カイトのようなタイプは使いやすい、だが、それだけだ、似たようなだ子役は大勢いるとな」
雄一郎は言葉を切った。
「仕事があることと演技力があることは同じじゃない。亜希子、君は勘違いしていないか、息子を信じたいと思う気持ちはわかる。だが、現実を見ろ」
雄一郎は動画サイトの外国人の少女の演技を思い出した。




