芸人の方向性、売り方?
事務所の控室、殺風景な楽屋に、珍しく十数人の芸人たちが集まっていた。
中心にある長テーブルの上には、矢吹が動画共有サイトの限定公開URLが画面に映し出されたノートパソコンが置かれている。
画面の中では、矢吹がコミカルなアバターと掛け合いをし、実写の矢吹がツッコミを入れた瞬間に、アニメーションの巨大な金たらいが頭上に叩きつけられている。
文字のエフェクトが画面狭しと弾け飛ぶ。
絶妙な間合いで効果音が鳴り響く。
動画が終わると、楽屋はしんとなった。
最初に口を開いたのは、芸歴十五年のベテランのピン芸人、中野だ。
画面を睨みつけるように凝視している。
「……なぁ、矢吹。これ、お前ホントにパソコンで素人と作ったのか?」
「撮影はスマホと型落ちのカメラで、編集はサークルの大学生たちが作ってくれました」
矢吹が答えると、周りにいた若手芸人たちがざわついた。
「嘘だろ……。CGとか演出のタイミング、完全にプロの仕事じゃん」
「金ダライのCGだけじゃない、小物とか、アニメっぽいのもあるけど、リアルなやつも凄いな」
後輩のコンビ、ボケ担当、タケシが頭を抱えながら身を乗り出す。
「矢吹さん、ズルいっすよ! 俺らが普段劇場の端っこで手作りのハリボテ持ってドタバタやってるのがアホらしくなるじゃないですか! 道具の搬入だけで腰痛めてるのに!」
隣にいた同期の吉沢が眉をひそめた。
「これ、画面の中だから成立してる部分もあるだろ。 ネットに逃げたって言われたらどうすんだよ」
吉沢の厳しい言葉に、楽屋の空気が少し緊張する。
だが、黙ってタバコを吹かしていた中野が、灰皿に吸い殻を押し付けながら低く言った。
「吉沢。お前、先月の地方営業で持っていく小道具のサイズオーバーで追加料金払わされてただろ」
「……それは必要で……」
中野は画面の脇に表示されている『キャラクターデザイン:東條愛理 / 映像制作:サークル〇〇』というクレジットを指さした。
「矢吹のアバター描いてるの、同人作家の絵描き、Xでフォロワーの数、ガチの神絵師じゃねぇか」
「えっ!?」
若手たちが一斉にスマホを取り出し、検索し始める。
「マジだ……!」
「拡散されている?」
『お笑い芸人、矢吹さんのコントのアバター描かせていただきました! 動画はこちら!』
「コメント欄見ろよ!」
『この芸人さん知らなかったけど声と間合い最高』
『絵師さんのキャラが動いて喋ってるの胸熱だ』
『おもしろそう、他にも演ってないのかな』
『他の同人作家さんとコラボしてくれないかなー、リクエストなんでできるかな』
楽屋内、コメントを読む芸人たちの表情が変わった。
自分たちが毎日劇場で客を前に汗を流している横で、矢吹はたった一本の動画とアマチュアの熱量で、こんなことをやっていたのか、信じられない問う顔だ。
桐山が芸人たちを見た。
「お前達、たった一本の動画で、こんな反響が来ると思っているのか」
「どういうことです」
芸人たちは困惑顔だ。
「アバターの絵師は矢吹、本人が見つけた」
「ど、どうやってです」
「過去のイベントカタログ、ネットのpixiv、イラストや小説の投稿サイトだ。芸人の矢吹ですとメールで連絡する。勿論、詐欺とか疑がってくる人間もいるだろう」
そうですよと若い芸人が頷く。
「一番の強味が直接交渉だ。イベントに出掛けて絵師や制作の人間に直接コンタクト会って、話をする。連絡先も交換だ」
芸人たちは言葉が出ない。
「ブログはやっているか」
桐山の言葉に控室の芸人たちの表情が変わった。
ベテラン大御所は忙しくてと言葉を続けた。
「俺、Xは演ってます、インスタとか」
「僕もです」
ノーパソを広げ、桐山は見ろと声をかけた。
百均のおもちゃのサングラス、帽子にはぬいぐるみをつけた、明らかに変わった変な人の矢吹の姿が映っている。
「なんです、矢吹さん」
芸人が不思議そうに尋ねる。
「矢吹はイベント前に自分のブログで告知した、このカッコでイベントに参加するってな。目立つだろ。芸人だって一般人に分かる。声もかけやすい」
桐山は言葉を続けた。
「これは映像サークルの人間が言ってたが、Xは流れる、タイムラインが早すぎる。色々な人間が呟く、自分のコメントや記事はあっという間にネットの海に埋もれる。矢吹、お前が最近作ったブログは、どうだ、イベントに行ったあと、何かあったか」
桐川の言葉に反応がと矢吹は続けた。
モニターに映ったのは矢吹がイベントに参加したときの姿だ。
服装も一般人とは、どこか違う、帽子にはぬいぐるみがついている。
目立つ、目を引くのだ。
「この格好だとイベント会場で見かけたときに『あれ、ブログに載っていた人じゃないか』と気づく可能性がある。芸人だって分かれば、声も掛けやすい」
桐川の言葉に矢吹が、はいと答えた。
「実際、子供に声をかけられたんです」
矢吹は少し恥ずかしそうだ。
「俺の帽子とぬいぐるみを見て、ゲーセンでも見たことない、限定なのどこで取ったのって、それで母親も近寄って来て芸人さんですかって」
姉にコーディネイトしてもらいました。
矢吹の言葉に意味が分からないと芸人だけでない、桐川も不思議そうな顔だ。
「姉が作った服を着せていたんです。俺の服装もアニメのキャラクターの格好なんです」
「母親が、お笑いが好きらしくて、今度、ライブ配信も事務所がやるって言ったら色々と聞いてくるんです」
矢吹は桐川を見た。
「見逃し配信があるのかと聞いてきました。舞台だと一回きりで、再演、放送も数ヶ月後って当たり前らしいです。子供がいると、この時間って分かっても、忙しいって、それに、気に入ったコントネタ、買いたいっていうんです」
「買いたい?」
桐川が尋ねた、意味がわからなかったのだろう。
「DVD、円盤を欲しいファンもいます」
矢吹は母親の言葉に驚いたと桐山に言った。
「特典のアメニティやグッズが同梱されたDVDは値段が高くなります。それに、購入しても部屋の中で置き場所に困るらしいんです。何より……再生するレコーダー自体がないことが多いんですよ」
「あ……確かにそうだわ」
若手芸人の一人が頷いた。
「自分も家にレコーダーなんて置いてないです。全部スマホかタブレットで観てます」
矢吹は楽屋の全員を見回した。
「でも、デジタルで動画や配信を『単体購入』できれば、レコーダーも要らない。スマホやパソコン一つで、いつでも自分の好きな時に、好きな場所で観られるんです。そのお母さんは『手軽に買える、観たいならDVDより配信の方がいいって」
部屋の中が静まり返った。
「チケットが売れないのは自分たちの実力不足だと思ってた……。でも、観たくても観に来られない客が、世の中には思ってる以上に溢れてたってことかよ」
自分たちが信じて疑わなかった「劇場の常識」はなんだった。
芸人たちの表情は固い、皆が色々なことを考えていた。
「……劇場の容積も、開演の時間も、何一つ関係なくなるわけだ」
桐山の低い声が響く。
楽屋の中、矢吹だけではない、ベテラン、若手の芸人たちのかおが今までと違ったものに変わっていた。
「おもしろいことやってるじゃないか」
その日スタジオで俳優の相川に声をかけられた。
「相川さん、お久しぶりです」
「事務所が協力してくれる。普通の芸能事務所では簡単にはできないだろうな」
矢吹の言葉が止まる、表情もだ、相川の言葉に何か感じたのかもしれない。
「あ、あの、それって、何か?」
「真田くんがね、触発されたみたいだ。自分も今まで以上に自由にやりたいって事務所に言ったらしい」
「そうなんですか。それで」
「却下だ」
相川の言葉に矢吹の表情が固くなる。
「勝手なことをするなとね。無理もない、真田くんの事務所は若手の俳優アイドルがいる。お笑い、前例を許せば芸能人とファンの距離も変わる」
矢吹の表情が変わった。
「真田さん、大丈夫でしょうか」
「無理だと分かったら、辞めるかもしれないな」
矢吹は言葉が出ない。
今なんて言った、まさか事務所を、冗談ではと思った。
「僕と共演した外国人の彼女、あの演技で感じるところが会ったのかもしれない」
矢吹は盲目の外国人の女性のかおを思い出した。
自分よりも若い、見えないのに舞台に立って演技している。
矢吹自身、驚いた。
「演じるって事に対して意欲もだが姿勢も違う。日本の芸能、アイドル俳優と比べて性歴然としている」
「演技力の差、そんなにありますか」
矢吹は思わず尋ねた。
「断言はできない。だが、あのショートドラマを見た視聴者のコメントを読んで真田くんは驚いたと思うよ」
相川の言葉に矢吹は返事ができなかった。




