芸人、矢吹、クビ?
久しぶりのイベント参加。
前日、夜中すぎまでは準備に追われていた為、会場はギリギリになって入った。
若い頃みたいに無理はできないなあと思ってしまった。
「東條さん、ドラマ、観ました。すごいですね」
「あのドラマ観て、イラストを描いたんです」
「あの二次創作というか、pixivに投稿しても構わないですよね」
「大丈夫です。同人のオリジナルですから」
原作があれば、版権元、会社から文句を言われるだけではない。
中には訴えられることもある。
だが、あれは自分のオリジナル小説だ。
相川英二の言葉を思い出す。
自分たちに契約は必要なのかと反対に聞かれてしまった。
自由に表現、作りたい、書きたい、それがこんなに楽しいことなんて思わなかった。
昼を過ぎた頃だ。
コンビニで買った、明太子のおにぎりを食べ終わりお落ち屋を飲み干した時。
「東條愛理さんですか」
顔を上げた彼女の表情が固まった。
白シャツにズボン、軽装の男性。
隣には腕を組んでいる金髪の若い女性がいる。
「相川二郎さん?」
まさかと思う。
「会えて嬉しいです。実は彼女があなたに会いたいと。あなたがログにイベントに参加すると分かって」
相川は隣の彼女の手を取ると、悪手してくださいと声をかける。
黒いサングラスをかけた彼女が小声で何か囁く。
そうだ、彼女は日本語が分からないことを今更ノ用に思い出す。
ああ、こんなことならドイツ語、少しでもと愛理は思ってしまった。
「あ、あの、相川さん、イベントに来るなんて、普段から……」
参加しているんですかと聞こうとした。
だが、想像できない。
すると相川は初めてなんですと笑った。
「色々なものがあって、正直、驚きました」
愛理は頷いた。
「最近は有名人も参加しています」
でしょうねと相川は頷いた。
「芸能人の方も売り手と買い手、両方で参加しているみたいだ。モデルが自分の写真集を売っているなんて驚きました」
相川は言葉を続けた。
「二本目のドラマを撮りたいと思って来たんです」
愛理は意味が分からない。
そのときだ。
「相川さん」
「探しましたよ」
二人の男が両手に袋を抱えて近づいてきた。
両手で下げていた袋には本が、これでもかというぐらい詰まっている。
「色々な本があるんですね。歴史の有名人物、芸人の本もあるんです」
「あ、あの」
相川英二と二人の男が、その場を離れた後、愛理は隣のサークルの女性がソワソワしていることに気づいた。
「あの人、相川英二さんですよね。イベントに来るなんて驚きました」
「そ、そうですね」
「それと、二人組の男の人、真田蓮さん、芸人の矢吹さんじゃないですか」
えっっ、言葉がでない。
名前を言われて、一般人ではない芸能界の人と愛理は驚いた。
「ドラマや映画のサークルもあった」
東條愛理に挨拶して、その場を離れた相川は真田と矢吹に声をかけた。
「机の上にノートパソコン、タブレットを置いて自分たちの作った作品を流していただろう」
「見ました」
真田が頷いた。
「数人で集まってアマチュアだけど、驚きました」
「相川さん、もしかして、ここで声をかけるつもりですか」
矢吹が尋ねた。
「スマホでは時間がかからずに速攻で作れる。だが、物足りなさもある。制作側の人間をここで見つけてドラマを撮る、どうかな」
真田と矢吹は自分たちの想像が当たったことに、やはりという顔だ。
「君たちも出るだろう」
「えっっ、ドラマにですか」
真田は顔を曇らせた、自分は事務所に所属している。
「そうだな、じゃ、矢吹くんはどうだ」
「お、俺ですか、芸人ですよ、お笑いやっている」
相川は、それがと尋ねた。
「芸人が役者としてドラマに出たらおかしいのかい。TVや映画じゃないん。動画サイトにUPするドラマだ。君の事務所は駄目なのか」
矢吹は思い出した。
人気のある芸人は、YouTubeの番組を持っている。
仕事の合間に定期的に自分たちで動画を撮ってUPしている。
駄目なのでは鳴く自分で無理だと諦めていないか。
もし事務所に勝手な事するなと怒られたらどうする?
今だって、お笑いの仕事は多くない人気だって……。
隣に居た真田は気づいた。
矢吹の表情に。
「愛理、良かったね。まさか、相川さん、本人がイベントに来るなんてびっくりしたよ」
売り子としてやって来た友人は、話を聞いた後、驚いた。
「サインとかもらったの」
「いや、そんな余裕はなくてろ、ただびっくりしたのよ」
「そっか、ねえっ、帰りにどこかでお茶しない」
イベントが終わり、会場を出る。
コミケなら人も多い、交通機関も混雑して大変だが、今回のイベントは、それほどの大きい規模ではない。
「ねえっ、愛理、あそこ、何か撮影しているみたい」
友人が足を止めて、声をかける。
広場の一角で、カメラ、スマホを持った数人の男性がいる。
通りすがりの人も、時折、立ち止まっている。
「あれ、まさか、俳優の相川英二じゃない」
「芸人の矢吹だろ」
自分の横を通り過ぎたカップルの言葉に愛理だけでない友人も思わず振り返った。
二本目を撮りたいと相川二郎は言っていた。
まさか、こんなところで撮影している、愛理は友人と一緒に邪魔にならないようにと近寄った。
「ねえっ、撮影してる人、サークル参加していた人じゃない」
友人の言葉に愛理はハッとした。
男性は四人、カメラやパソコン、レフ板などを持って動いている。
若いというだけではない、プロや業界には見えない。
だが表情は真剣だ。
「矢吹さん、もう少し左へ」
「顔、ハッキリ映ったら、まずくないか」
撮影している男性たちが少し不安そうな顔になった。
お笑い芸人という立場だが事務所は大丈夫なのか、そう考えたのかかもしれない。
「構わない、顔バレてもいいです、撮ってください」
矢吹が声をかけた。
「いいんですか」
撮影していた若者が不安そうな顔だ。
矢吹は頷き、怒られたら頭を下げるだけだと言葉を続けた。
「おっ、腹をくくったか」
そばで見ていた相川が笑う。
離れた場所から見ていた愛理は驚いた。
イベントに出ていた映像サークルの人達と撮っているんだ。
会場の外で、信じられなかった。
「ねえっ、あの人、真田さん、えっ、丸川さんじゃない」
丸川、誰、愛理の言葉に友人は知らないのと小声で囁いた。
「ほら少し前、映画に出てた、警察を辞めた男と昔の警察の仲間、愛犬が出てる、噂になってたよ。イケメンンとか若い俳優は出てなくて」
友人の言葉に愛理は驚いた。
その時、周りを見ていた相川が愛理に気づいたのだろう。
手招きしている。
「ねえっ、来いって言ってるんじゃない」
「いや、まずくない」
友人は相川を見た。
「ほら、来いって、あれは絶対だよ、行こう」
友人に手を引かれる、本当に良いの?
だが、愛理の足も向かっていた。
「おい、矢吹、お前、何やってんだ」
イベントが終わって数日、芸人の矢吹は呼び出しを受けた。
怒られるのは覚悟の上だった。
バイトが終わって、一眠りしようと思ったときに、スマホの通知に気づいたのだ。
嫌な予感、怒られるだけですむだろうかと思った。
「おまえお笑いやめて、役者になるつもりか」
「へっっ、もしかして」
「おまえ、見てないのか」
突き付けられたスマホ、YouTubeのドラマ。
オープニングが始まった。
矢吹の目はスマホの画面に釘付けになった。
「見てないのか」
「バイトが忙しくて、俺、クビですか」
恐る恐る尋ねる。
想像していた最悪の事態、だが実際、そのときになってみると怖いものだと思ってしまった。
「おまえ、?辞めてフリーになって、どうするつもりだ」
上司は呆れ顔だ。
「うちの事務所、動画サイト、YouTube、やっているやつはいくらでもいる、若手もだが中堅もだ」
へっっ、その言葉に驚いた。
「事務所の名前を出せ。芸人です、でも、お笑い以外にも色々やってると宣伝しろ」
「芸人だけじゃない、裏方の人間、増えるかもしれない。何か話がきていないのか」
意味が分からない、矢吹の表情が変わった。
「これを撮影したサークルからだ。映像映画の自主制作なんて簡単じゃない。タッグ組んで何かしようとか、俺なら考える」
矢吹は驚いた、慌ててスマホを確認する。
「矢吹さん、暇な時でいいです、連絡、ください」
なんだ、このメール?
矢吹の顔が不思議そうな表情に変わった。
桐山の尖った声に促され、矢吹は改めてスマホの画面を凝視した。タイムスタンプには確かに「48時間前」の数字。バイトの疲れにかまけて見落としていた自分の迂闊さに、背筋がすっと冷たくなる。
「行動を起こす前に必ず報告しろ。それと……向こうに連絡したら『うちの事務所で手伝えることがあれば何でも言ってくれ』って伝えとけ」
予想もしない桐山の提案に、矢吹の動きが止まった。
思わず警戒心が跳ね上がる。
「あの……手伝えることって……まさか、事務所がそのサークルに制作費でも?」
半信半疑、意味が分からないという顔だ。
「バカ言え。収益の見込みもないアマチュアの自主制作に、ドブに捨てるような無駄金を出すわけねぇだろ」
桐山は呆れたように鼻で笑う。
机の上の灰皿を引き寄せ、身を乗り出してきた。その目は完全にプロの興行師のそれに変わっていた。
「お前、映像制作がどれだけ金食い虫か知ってんのか?撮影用のカメラ、マイク、ライティングの機材だの、個人やアマチュアのサークルが自前で買い揃えるのは簡単じゃない。 機材一式揃えるだけで平気で数百万飛ぶ」
桐山は指を三本立てて、矢吹の目の前に突きつけた。
「だから世の中の奴らは、スマホのカメラで手軽に切り取れるショート動画に逃げるんだよ。お前を撮影したサークルの連中は。現場でそれなりに高いカメラや機材を使ってたのか?」
桐山の鋭い問いかけに、矢吹は思い出そうとした。
脳裏に浮かんだのは、手作り感満載の集音マイクと、バイト代を叩いて買ったと言っていた型落ちの一眼レフカメラ。傷だらけの三脚だ。
高価なカメラ、機材とは無縁だ。
「いや……プロが使うような凄い機材じゃなかったです。一眼レフに、市販のレフ板で……『僕たちの持ってる全財産です』って言ってました」
桐山はニヤリと笑った。
「機材の限界が、そのまま作品に出る。だが、うちには昔、使ってた型落ちの機材や、照明の予備が倉庫に眠ってる。場所だって、空いてる稽古場をスタジオ代わりに貸してやれる。金じゃなく『環境』を提供だ」
まさかそんな提案言葉が出てくるとは思わなかった。
「向こうも助かるし。そいつらが、素人から化ける可能生だってあるんだ」
そんな事、考えもしなかった。
矢吹は驚いた。




