妹ちゃん、本当に恐ろしい子★
可愛らしい扉が重々しく開いた。
俺がミストの後ろから恐る恐る覗き込むと、そこには物欲まみれなマリンの部屋が広がっていた。
壁一面を数十枚のモニターが埋め尽くし、床には開封済みかどうかも怪しい段ボールの山がエベレストのようにそびえ立っている。部屋の中央にはゲーミングチェアに深く沈み込み、モニターに背を向けて座る少女がいた。
すみません、ここって異世界ですよね? ただの現代のゲームオタクの部屋にしか思えないんですが?
「……来たね。扉を開ける時はノックが基本だよ、お兄ちゃん」
椅子を回転させ、こちらを向いた少女の瞳は次女ミストと同じ紫色だ。
水色の髪を三つ編みにした三女・マリンは、吸い込まれるような知性の光を俺に向けている。
「レディの部屋に不法侵入だなんて。転移して早々に異世界警察さんに通報されたいのかな?」
悪戯っ子のようなニヤニヤした笑みは、父親そっくりだ。
「まず聞くが、この荷物の山はなんだ?」
「これ? 百均ショップの全商品。一個ずつ買ってみたの」
「……は?」
耳を疑った。姉みたいに高価なもの、例えば魔法結晶とか核融合炉とか物騒なものではなく百均? 意外と庶民派なのか。いや、そもそも異世界から現代日本の商品を簡単に買えること自体がおかしい。
「お兄ちゃんの予想はハズレだよ。友人に頼んで少し割高だけど、融通してもらってるんだ。数十円違うだけのお友達価格でね?」
思考が読まれた。そんなに顔に出ていたか。
「いやいやお兄ちゃん、私が特別なだけ。ソウタお兄ちゃんは仏頂面だから読みにくいよ? ほら笑って笑ってー」
「俺の頭の中を覗くのを止めなさい」
「はいはーい! ソウタお兄ちゃんの言うことは絶対順守ぅ~」
ニヤニヤ笑うマリンがモニターに映し出した買い物リストには、百円、千円という微笑ましい数字が並んでいた。ミストのせいで金銭感覚がバグりかけていた俺には、ようやく年相応の可愛い買い物に見えて安心しかけた。
「あとね、大型トラックも買ったんだ」
「……ん?」
「トラックとお兄ちゃんがぶつかったらどうなるのか、気になっちゃって。でもお兄ちゃんったら、身体が頑丈すぎて転生してこなかったからね。できれば家族で同じ色にしたかったんだけど……ほら、今のままだとお兄ちゃんだけ黒髪黒目で仲間外れじゃない? 可哀想だし、見た目を揃えたほうが覚えてもらいやすいかなーと思ったんだけど。ざーんねん★」
「んん!?」
「あ、安心してね? 周囲の記憶は消しておいたし、異世界掃除屋さんに情報操作もさせたから。一度でいいから異世界転生の方法を生で見てみたかったんだけど、転移は見れたから良しとしとくよ」
マリンが指差したモニターには、俺がトラックと衝突した瞬間の映像が映っていた。複数の定点カメラから、あらゆる角度で完璧にモニタリングされている。
「さて。異世界転移の仕組み、解明しちゃおうかしらん?」
「ターーイムッ! ちょっと待っててててて! ミストさーん!」
俺は戦慄した。この末っ子、ナチュラルに狂っている。隣を見ると、ミストはマリンが買った百均のオモチャを勝手にいじっていた。俺は姉を部屋の隅へ引っ張り、耳打ちする。
(おい、お姉様! 遊んでる場合か!? あの妹が何言ってるか理解できるか!? つまり俺をトラックで撥ね飛ばしたのはあいつの実験だったってことか!?)
(あー、確かにマリンちゃんならやりかねないかなぁ。たぶんソウタ君、実験動物にされちゃうんじゃない? 大丈夫、いざとなったらお姉ちゃんが守ってあげるから!)
そう言うミストの顔には、鼻とヒゲがついた宴会用の面白メガネが装着されていた。さらに彼女が息を吐くたび、口元の吹き戻しが力なく伸び縮みしている。
ダメだ、説得力が皆無だ。どこをどう見たら、信用できるのか分からない。
俺の冷ややかな視線に気づいたのか、姉は慌てて弁明を始める。
「だ、大丈夫だって! マリンちゃんはこう見えて優しい子なのよ! だって、私に『この聖剣エクスカリバー、世界に三本しかないんだって。買ってみたら?』って勧めてくれたのもマリンちゃんだし! 『ソウタの異世界転移祝いにいいんじゃない?』って教えてくれたんだから! ……あ、そうだった。私って魔力がないのよ。ただの馬鹿力なだけのゴリラ女……あはは、笑いなさいよ、あははは」
ミストはそのまま床にうずくまり、体育座りでいじけ始める。勝手に自分で地雷を踏み抜きにいった姉を、俺はもはや直視できなかった。
ミスト姉さん。お前はまだ気づいていないだろうけど、妹に遊ばれているぞ。




