快、感☆~白い大砲を添えて~
隅の方で体育座りしている姉を横目に、俺は壁一面に張り付けられた無数のモニターを力なく眺めていた。
妹に翻弄されすぎて脳が疲れ切り、もはや深く考えることすら面倒になっていたからだ。
ぼーっと視線を泳がせていたけど、ふと一枚のモニターが目に留まった。
そこには、億単位の注文票がズラリと並んでいた。決済者名は――マリン・アクアベール。
「マリンさんマリンさん、このモニターはなぁに?」
「あー、それか。それは、たぶんちょっとモニターが壊れてるね。今消すから気にしないで」
「古竜の心臓、神狼の爪、妖精の尻尾……おい」
どうやって隠していたかは知らない。けれど、できたばかりの妹は全力で兄を騙そうとしていたらしい。嘘がバレたと理解した妹様は、スッと俺から目線を逸らした。
「えー? なにそれ、しらなーい。ティアお姉ちゃんじゃない?」
マリンはニヤニヤ笑いながら、下手な口笛を吹いている。バレているのを承知で、見え透いた嘘を吐き続けていた。すると、マリンのポケットから二枚の黒いカードが滑り落ちた。
「あ、ヤバッ!?」
さっきまでの涼しい表情が、一変して凍り付く。
カードが床に届くより早く、俺は妹の横を駆け抜けた。マリンが手を伸ばす前に、その内の一枚を奪い取る。カードの角を爪で軽く引っ掻くと、安っぽい塗装が剥がれ落ち、灰色に塗られた別のカードが露出した。
「カードが二枚、片方は偽物か」
妹の焦った顔は一瞬で終わった。取り乱した表情から一転、今度は底意地の悪い笑みを浮かべる。
「あーあ、バレちゃった。安物は本物のブラックカードで、高級品は別のカードで使い分けてたんだけどな。ミスト姉になんちゃってカリバー買わせたのも、陽動になると思ったのに。お兄ちゃんに没収されないための秘策だったんだけど、通じなかったかー」
とんだ悪妹だ。異世界の法律は知らないが、元の世界なら普通に犯罪である。
「大丈夫、パパとママにOKもらって作ったから。ほら私たちって、両親と離れて暮らしてるからさ? 色々と国から便宜は図ってもらえるわけよ」
いいえ、貴方の場合はアウト寄りのアウトだと思います。
「悪知恵の働く妹だな。まとめて没収です」
「だと思った。でも私の快適な自堕落生活は、誰にも邪魔させない」
マリンが指を鳴らすと、天井から無数の銃口がせり出してきた。近代兵器の数々、『異世界条約? 何それ美味しいの?』と言わんばかりのハイテク要塞だ。これだけのブツをどう揃えたのか、どうせ条約ギリギリのグレーな方法を使ったのだろう。今度その『お友達』とやらにも挨拶に行かねばなるまい。
「ミストさーん! 起きて加勢してくれません!?」
「どうせ私なんて、床の隅に放置されたホコリよ。あははは……」
「ダメだ、使い物にならねぇ!」
「さてミスト姉も動けない今、お兄ちゃんは一人で私と戦わないといけないわけだよね?」
マリン自身も銃を構え、俺に応戦しようとしている。
「引きこもりが教える異世界の厳しさ、たっぷり味わってね」
マリンが冷酷に微笑んだ、その時だった。
「ちょっと待って? 私、マリンちゃんに騙されてたってこと!?」
今更ながら、ミストが遅れてマリンの言葉に反応した。
「「え、今ですか?」」
思わず二人合わせてツッコミを入れてしまった。
やる気になっていた俺たち二人の気勢が、一瞬で削がれる。
「あー、聞こえちゃってたかぁ。どうしよっかなー」
復活したのか、それともヤケクソか。ミストが俺の背後で拳を握りしめ、凄まじいプレッシャーを放ちながら立ち上がっていた。
よかった、俺が戦う必要はなさそうだ。トラックは耐えられたが、銃弾を食らって無事かどうかは怪しい。正直、めちゃくちゃ助かった。
「お姉ちゃん、少しは怒ってもいいよね? マ、リ、ン?」
家計防衛戦、第二ラウンド。長男ソウタ&次女ミスト 対 三女マリン。
地下の総力戦が始まる――かと思いきや。
「はいはーい、降参しまーす」
マリンはあっさりと両手を挙げた。拍子抜けするほどの幕引きだ。兵器の数々も、次々と壁の中へ引っ込んでいく。
「ミスト姉に、たった数百程度の銃で戦おうなんて思わないって。準備したトラップを全部壊されるのは目に見えてるし、お兄ちゃんがどれだけ戦えるかも分からない。勝つかどうかわからない勝負をするほど、私はバカじゃないよ。というわけで、もう私に打つ手なしでーす。ごめーんちゃい☆」
めっちゃ蹴り飛ばしたい。
「このクソ妹め。おいミスト姉さん、一発くらい殴ってもいいか?」
「ダメよ、ソウタ。マリンちゃんも反省してるんだから止めてあげて。お兄ちゃんができて、舞い上がっただけだと思うから。そうよね、マリン?」
この姉、駄々甘じゃないか。
「その通りだよ、ミストお姉ちゃん。それともなぁに? 優しくてカッコイイお兄ちゃんは、降参してる可愛い妹を痛めつけるDVお兄ちゃんなのかな?」
マリンという名の化け物が可愛い子ぶっている。ミストに見えない角度で俺にだけ舌を出しているが、ここで俺が手を出せば、今度は姉がマリンを守るために俺へ反撃してくるだろう。
全て計算の上で、この妹は俺を挑発しているのだ。
だが、その手には乗らない。俺は深く深呼吸して、頭を冷やした。
「もういい。その物騒なカードを――」
俺はマリンへ向けて手を伸ばした。無事にブラックカードの二枚目を奪い取る。
「はいはい、どうぞ。あ、でもこれだけはやっておこうかな?」
「はい?」
マリンが何かのリモコンのスイッチを押していた。
頭上に嫌な気配がして、上を見てしまう。突如出現した大砲から、白い砲弾が超高速で射出される。
相手が油断するのは、勝利を確信した瞬間だ。俺は、マリンに一瞬の隙を突かれていた。
(何か来る!?)
――べちゃッ!!
「……っ!?」
身構えていた緊張が、拍子抜けとともに解ける。
顔面にぶちまけられたのは、柔らかくて暴力的なまでに甘い脂の塊だった。
「マリンの新作『次元転送式・嫌がらせ用生クリーム砲台(特盛りバージョン)』です。どう? お兄様? お口に合った? 紅茶でも用意してあげましょうか?」
生クリームの隙間から、マリンの楽しげな顔が見えた。
「超、絶、快、感☆」
自分の三つ編みを指で撫でながら、妹が恍惚の表情を浮かべていた。
隣ではミストが「ぷっ、あはははは! ソウタ、超似合ってる!」と腹を抱えて床を転げ回っている。
俺はポケットに入っていたティッシュを全て使って、生クリームを綺麗に拭き取った。
「マリン、とりあえず後で説教な?」
「いいよー。でも私を捕まえられたらの話ね?」
マリンは、俺の手をすり抜けて部屋を飛び出していった。
「お兄さん、こちら! 手の鳴る方へ~。きゃはははっ!」
アクアベール家の末っ子は、とんでもない悪戯っ子だった。




