アクアベール家の朝
午前四時。街がまだ深い藍色に沈んでいる頃、俺は強制的に覚醒させられる。
「朝だよ! ソウタ君起きて! おっはよー!」
早朝の静寂を破るのは、目覚まし時計ではない。次女ミストのボディータックルだ。無慈悲なまでの暴力は、これ以上なく俺の目を爽快にしてくれる。
「……お、怒らないで。だってマリンちゃんが、ソウタ君が喜ぶからって……」
ミスト姉さんの頭は、思った以上に軽かった。持ちあげて振り回すと、カラカラ音が鳴る。脳天気な姉がとても羨ましい。腹いせに壁へ姉をめり込ませておいた。
俺は、あっちの世界で使っていたジャージに着替えた。これから、ミストと一緒に朝食の食材集めだ。
「準備は良いね! じゃあ行っくよー!」
ミストは壁にめり込ませたはずだが、すぐに復活して外に現れた。次女は意味不明な生き物なので、気にしたら負けだ。
「最初は、卵集め! コカトリスの目を見ないようにして……あ、ヤバ……い……たすけ」
最初は鶏の卵だ。この魔物は石化の魔眼を持つ鶏だ。視線を合わせれば、石へと変えられてしまう。その証拠に、今日早くも一人目の犠牲者が出てしまった。
しかし姉の石像は無視して手早く卵を回収する。鶏肉も美味しいのだろうが、今は卵だけで充分だ。石化したミスト姉さんは放って、次の食材を確保しに向かった。どうせ自力で解くだろう。
「ちょっと! 置いてくなんて酷くない!?」
次に必要なのは、牛の乳だ。ミストはやはりと言うべきか石化を自力で解いて、俺の隣をいつの間にか歩いていた。
「ほらほら、牛さんこっちだよー!」
彼女は闘牛士さながらの軽やかなステップで、巨牛の前に躍り出た。鼻息荒く突進するミノタウロス。ミストはなぜか持参していた赤いマントをひらりと翻し、紙一重のマント捌きで猛牛を翻弄する。
「あはは! 今の超スレスレ! ソウタ君、今の撮った? ちゃんと私の勇姿、カメラに収まってる? ソウタ君もやってみ……ガハッ……!」
ミスト姉さんが余所見をしながら、牛を止めていた。彼女が肉の盾になってくれているので、その間に俺は乳絞りを始める事にした。
……よし、四人分の牛乳は取れた。撤収しようと俺が牛から離れたタイミングと、ミストが牛に飛ばされていったのは、ちょうど同じだった。
ドォォォォン! という衝撃音と共に、姉が朝焼けの空へ消えていく。俺は、何処かへ飛んでいった姉を置き去りにし、家に戻った。朝ご飯の準備をしている間に帰ってくるだろう。
「お兄ちゃん、ミスト姉の目覚ましはどうだった?」
マリンは、俺の爽やかな目覚めに一役買ってくれたらしい。
悪戯が成功したであろう妹は、姉と同じように俺の手で壁にめり込ませておいた。
「おはよぉ、ソウタぁ。ご飯まだぁ?」
ティアも目を擦りながら起きて来た。寝ぼけている所為か、幼児化しているらしい。椅子に座らせて、大人しくさせておく。あの二人のように、ティアまで壁にめり込ませたくはない。
買っておいたパンを焼いてトーストにして、野菜を千切ってサラダにする。今朝採ってきたばかりの卵は焼いて目玉焼きに、牛乳はコップに注いだ。
ティアの前に置くと、彼女はゆっくり食べ始めた。
「そう言えば、ソウタ」
フォークで目玉焼きを頬張りながら、ティアが思い出したように顔を上げた。
「学園の入学手続き進めてる?」
……何すかそれ?




