ご飯だよ、全員集合!
「ただいまー! お兄ちゃん、夕ご飯できてる?」
我が家の末っ子が帰ってきた。
俺はエプロン姿でフライパンを握りながら、ティア姉さんはソファでぬいぐるみを抱きしめ、ミスト姉さんは聖剣を構えて鏡の前でポージングしている。
「おかえりマリン。ちょうど今、盛り付けが終わったところだ。ほら、全員座れ」
今日の献立は三品。向こうの世界から持って来た白米、自家製の味噌を使った味噌汁、豚と牛の合い挽き肉で作ったハンバーグだ。魔物の肉は、ミストに超特急で狩ってきてもらった。
アクアベール家の子供たちが全員集合し、机を囲んで席に着く。
「久しぶりの手作り。ソウタ、ありがとう」
「ソウタ君、デミグラスは? トマトソースは? 早く食べたい!」
「わぁ、美味しそう! さすがソウタお兄ちゃん☆」
「はいはい、ありがとう。全員手を合わせて」
全員が椅子に座り、手を合わせた。おそらく両親も、向こう側で同じような夕食を食べているだろう。
「「「「いただきます!」」」」
異世界では広まっていないだろう箸を全員が器用に使い、各々好きなように食べ進めていく。
「ソウタ。このハンバーグ、肉汁すごい。あっちの世界の作り方?」
ティア姉さんはハンバーグを割り、溢れ出してきた肉汁を興味深そうに眺めていた。
冷めてしまうから早く食べてほしいんだが。
「肝は玉ねぎの炒め加減だ。飴色になるまで煮詰めれば、その分良い具合にコクが出る。……ミスト姉さん、聖剣立てかけとくならせめて布でも巻いてくれよ。傷付いたら、父さんに何て言われるか」
「大丈夫! パパの剣だから頑丈! それよりソウタ君、おかわり」
夕食が始まってから白米を掻っ喰らっていた次女は、もうお椀を空にしていた。
「自分でやれ。ミストが大飯食らいなのは聞いてたから大量に炊いてある。マンガ盛りでもいいからな」
お椀に白米をこれでもかと積み上げる、古より受け継がれてきた食いしん坊たちの夢の食べ方だ。
「いいの!? わーい! ミスト、お山作ってくるー!」
騒がしい次女を見送りつつ、俺は隣で静かに味噌汁を啜っていたマリンが、異様なほど真剣な目つきで椀の中を見つめていることに気づいた。
「……ねぇお兄ちゃん。この茶色いスープ、なに?」
「味噌汁だよ。あっちの世界の伝統的なスープだ。大豆を発酵させて作るんだけど……マリン?」
マリンの口が異様な速さで動き、独り言をブツブツと呟き始める。
「なるほど、これがパパとママから聞いていた伝説の味噌スープ。この国には無い味だ。ワインと同じ発酵食品なのに、この複雑な旨味。腐った豆が美味しいなんて、最初に試した人って頭おかしかったんじゃないか? 末恐ろしいな、異世界人。でも、この発酵プロセスを管理すれば一気に市場を独占できる。アクアベール醸造、アクアベールブランド。あぁ、これで研究費が稼げる★」
何を考えているか知らないが、いつもの悪い顔になっているのはよく分かる。
「マリン? 目が怖いぞ。飯の時くらい悪巧みはやめろ」
「なんでもないよ、お兄ちゃん☆」
そんなやり取りをしていると、俺のポケットでスマホが激しく震えた。
画面に映ったのは親父からのライムだ。通知を開くと、一枚の写真が送られてきていた。
スマホ画面には、真っ黒に焦げ付いた得体の知れない塊を前に、鼻水を垂らして号泣している父さんと、全く気にせず食べ続ける母さんの姿が写っていた。
『ソウタ、お前がいない我が家の食卓は絶望の色に染まっている。母さん、久しぶりの料理に張り切りすぎちゃって、ダークマターができちゃった。俺が作るからって言っても全く聞く耳持たないし、母さんの料理スキルはマイナス補正掛かってるから、何をどう作ったらこうなるのか意味不明だ。やっぱり母さんは、味音痴なのか!? お前の旨い飯が恋しい、助けてくれ。口座からは十億消えてるし、もしかしたら母さんの料理で俺の胃袋まで消えてなくなるかもしれない! 頼む、何とかしてくれ! 後生だから!』
「ぶふっ! あはははは! もう意味分かんない! 私たちでもダークマターなんて作れないよ! さすがママだね!」
ミスト姉さんが背中を丸めて笑っていた。釣られてティア姉さんも口元を抑えて肩を震わせ、マリンも「パパ、相変わらずだねぇ」と笑い声を上げた。
「ねぇねぇ、写真撮って送らない?」
「そうだな、全員座って」
俺はスマホを構え、山盛りの白米に手を伸ばすミスト、ハンバーグを頬張るティア、そして味噌汁を飲むマリン、そして俺自身と聖剣を一つの画面に収めた。
「「「「ハイ、チーズ!」」」」
アクアベール家の子供たちによる賑やかな食卓の写真を返信した。
直後、父さんから『おいしそう!! 卑怯だぞ!! 一口よこせ!!』というメッセージ。
続けて母さんから、縛り上げられた父さんと鞭の画像、『ダークマターって言った人、手上げて?』という恐ろしいメッセージが届いた。ミスト姉さんはそれを見て震えあがっている。
「……さて。お兄ちゃん、笑った後は仕事の話だよ? 明日から、味噌の試作と並行して『魔物狩り』のスケジュール組んだから。朝四時起きね☆」
マリンは味噌汁の具材をすべて取り出して、別の皿に選り分けている。三女は底の方で溶け残った味噌の粒子をじっと見つめていた。謎だ。
「大丈夫だよ、ソウタ君。私も付いて行くから安心して!」
ミストは、マンガ盛りの白米を凄い勢いで食べ進めていた。やる気になっている次女ほど信用ならないものはない。
「ソウタ、がんばれ」
ティア姉さんは、黙々と幸せそうにハンバーグを頬張っている。この長女、膝の上に聖剣を置いて食べている。落として傷が付いたら俺の寿命が縮むから、本当に止めてほしいんだけど……。
アクアベール家の夜は、こうして更けていった。




