俺の人生、一体何回分?
「知らんけど、じゃないでしょーがッ!」
俺のツッコミも、静止した会場には虚しく響くだけだ。
司会者は口を開けたまま固まり、競り合っていた金持ちたちは札を掲げたポーズのまま石像と化している。
この静寂の中で動いているのは四人だけ。
床にひっくり返って「ふえぇぇん!」と泣きじゃくるティア姉さんと、面白眼鏡を装着して自撮りを始めるミスト姉さん。そして、黒マジックで参加者全員の額に『肉』と書いて回っているマリン。……それと、俺だ。
「ねぇねぇ、これSNSに出したらバズるかな? やっぱり『ツブヤイター』に投稿するのがいいかなぁ」
ミストはスマホを取り出し、一点の曇りもない笑顔でシャッターを切りまくっている。
そうですか、この世界にもスマホってあるんですね。魔法がある以外、現代と大して変わらないのかもしれないという現実逃避すら、今の俺には許されない。
「お兄ちゃん、チャンスだよ。今なら誰も邪魔できないし、悪戯し放題。どう? 次は全員パンツ一丁にして回らない?」
悪戯っ子マリンちゃんは一仕事を終え、実に満足そうな顔でとんでもない提案をしてきた。
しかし、今は妹の悪戯に付き合うつもりは無い。
「お前ら二人とも、俺に面倒事を押し付けたいだけだろ!」
「「ソ、ソンナコトナイヨ?」」
狙って合わせたわけではないだろうに、さすがは姉妹。息ピッタリだ。
だが、事態は一刻を争う。床でジタバタしているティア姉さんが更に暴走し、魔力の波動で会場の豪華なシャンデリアがガタガタと悲鳴を上げ始めた。
「遊んでる場合か! これ、どうやったら解除されるんだよ!」
ミスト姉さんがスマホを操作しながら、他人事のように伝えてくる。
「んー、ティアちゃんが泣き疲れたら解けるんじゃない?」
軽く現実逃避してみたが、状況は一ミリも好転しない。
「と言っても、どうやったら泣き止むか……」
「何言ってるの? お兄ちゃん、察しが悪すぎ。それとも気づかないフリ? ダメだよ、ただの鈍感系主人公で終わらせるつもり?」
マリンが呆れたように溜息をつき、俺の手に『十五億』と書かれた入札用の札を強引に握らせた。
泣き止ませる方法はただ一つ。この絶望的なオークションを、彼女の望む形で終わらせること。
「……マジですか?」
「大マジです。流石にこれだけの大差をつければ、誰も手を出さないよ。天才な私が保証してあげる」
妹よ、自分で天才とか言うとイタい子扱いされるからやめておけ。
「ふぇええええええええええんんんんんんん!!!!!!!!!!!!」
姉の泣き声が臨界点を突破し、会場全体が震えだした。
「分かった! 分かったから! ティア姉さん、泣き止んでくれ! 俺が残り全部払うから!」
俺が必死に叫ぶと、ティアの泣き声がピタッと止まった。
「……ほんと? ソウタ……買ってくれるの?」
涙目で見上げてくるその姿は、欲しいオモチャをねだる子供のそれだ。さっきまでの威厳はどこへやら、今の彼女を動かしているのは『パパの剣が欲しい』という幼児並みに純粋な欲求だけらしい。
「ああ、買うよ。だから、解除してくれ」
「なんで目から血を出して泣いてるの?」
聞かないでほしい。俺の決意が、目から赤い液体となって流れているだけだ。
「ティアちゃん、聞かないであげて」
「そうだよティア姉。何かを得るには、何かを差し出さなきゃいけないんだよ」
ティアは頭の上に『?』を浮かべながらもコクンと頷き、「みんな、動いていいよぉ……」と力なく呟いた。止まっていた世界の歯車が再び回り出す。
「――ッ!? おおっと失礼、一瞬意識が遠のきましたが……! さあ、十億二千万ゼニーです! 他はいませんかぁ! 居なければ……おーっと、黒髪の青年が札を掲げているぞっ! いくらだ!」
司会者は自分が止まっていた自覚がないらしい。
彼は俺が掲げた札を凝視し、ひっくり返った声で絶叫した。
「現在の最高値は十億二千万……ですが、あの青年が出した額は――十五億! 十五億ゼニーだぁー!!」
会場が今日一番のどよめきに包まれる。
十億二千万から一気に十五億。オークションのセオリーを無視した、あまりにも無謀で暴力的な上乗せ。
周囲の金持ちたちが「正気か!?」「何て奴だ……」と色めき立つ。……が、それ以上に自分たちの額に覚えのない『肉』の文字が刻まれていることに気づき、会場はパニックに陥り始めた。
「あのぉ、マリンさん? なぜ十五億なんでしょうか。少しずつ刻めばもっと安く済んだのでは?」
「えー? だって刻んでたらもっと高くなるかもしれないしー? 競い始めたらまたティア姉が泣き出して皆が止まっちゃうしー? 一気に黙らせた方が一番確実でしょ?」
マリンがVサインを出しながらケラケラ笑う。
俺が支払うからって、随分と他人事な……。
「十五億ゼニー、他にございませんか!?」
誰も動かない。……いや、額に『肉』と書かれたまま動ける奴など貴族には居なかった。
カンカンッ!
司会者のハンマーが壇上で叩きつけられた。
俺は自分の心臓がバクバクと嫌な音を立てるのを、ただ他人事のように感じていた。
十五億。あっちの世界で真面目に働いていたら、俺の人生だと一体何回分だろか?
今からでも撤回したい。誰か十五億を上回る札を挙げてくれ。
「十五億で落札です!」
会場が混乱混じりの歓声に包まれる中、俺の人生最大級の買い物が確定した。




