ティアの邪魔しないでぇ!
オークションの説明が終わるのと、マリンがティアを説き伏せたのは同時だった。
一旦、ティアが全てを不問にすることで話がついたらしい。
「ごめんねお兄ちゃん、どこまで信用していいか分からなかったから」
「いやオマエ、大して悪いと思ってないだろ」
「さすがお兄ちゃん、分かってる~」
マリンが噓泣きしながら芝居がかった口調で話し始める。
元々は、ティアとマリンが聖剣をオークションで競り落とすだけのつもりだったらしい。けれど、マリンの発案で二重三重のからめ手を用意していたというのだ。
俺のトラック事故による異世界転生未遂、両親に勧められての異世界転移、ミストの『なんちゃってカリバー』購入阻止、マリンのブラックカード詐欺。ここまでが陽動だ。
裏側で本物の聖剣を勝ち取るつもりだったが、俺から予想以上の反撃に遭って全部話すしかなくなったと言う。
(父さんと母さんが最近ヤケに勧めてきたのも、マリンの仕業か)
――全てはこのオークションで確実に聖剣を勝ち取れるよう、邪魔者である俺と、コントロールできないミストを作戦から除け者にするための工作だったのだ。ミストは一人にしておくと、何をするか分からないから俺を当て馬にしてコントロールしたかったらしい。ちょうど俺を異世界に行かせたかった両親とも意見が合う。
ティアが無表情のまま、俺の裾を引っ張った。
「ソウタ。勇者の聖剣、聖女の聖杯……二人の形見、手に入れる。すぐに渡したから、代わりに手伝って」
「君のパパとママって、俺の両親だよね? 生きてるんだが?」
「言葉の綾。気にしない」
大雑把なティア姉さんだった。
だが、現実は甘くない。
「開始価格は十億ゼニーから!」
壇上の司会者が声を張り上げた瞬間、会場の空気が一変した。
札が次々に上がっていく。
「十億百万ゼニー!」
「十億二百万ゼニーです!」
「十億四百万ゼニーじゃ!」
「十億八百万ゼニーだ!」
司会者の声と共に、恐ろしい数字が飛び交っていた。
価格が跳ね上がるたび、ティアの肩がビクッと揺れる。そして価格が十億二千万ゼニーを超えた瞬間、彼女の様子が一変した。
「……ふぇっ?」
ティアの紫色の瞳に、じわりと涙が溜まり始める。
必死に堪えているが、もうすぐ決壊しそうだ。
「ティア?」
まるで保育園児のように顔を真っ赤にしていた。
今までの姿からは全く予想できない姉の姿に、少し気後れする。
「十億、二千万……うう……高くなっちゃう……。パパの剣……取られちゃうぅ……」
「ティアちゃん、しっかりして!」
「やだぁ! みんな、いじわるするのぉー! ティアの邪魔しないでぇ! ふえぇぇん!!」
さっきまでのクールビューティーな威厳はどこに行ったのか。
無表情だった姉が足をバタつかせて泣き出したのだ。
「ちょっとティア姉さん? なんで泣いてんの? ほら、まだお金に余裕はあるんでしょ? だから、前半に十億なんてキチガイな札出したんだよね? そうだよね!?」
「違うのぉ! 十億ゼニーでお終いなのぉ! 早く聖剣返して欲しいから、十億出せばみんな諦めると思ったのぉ!」
「アンタもおバカだったんですか!? もうホント勘弁してくれ!」
オークションのセオリーを無視し、初手で全財産を叩きつければ相手が怯むと考えたらしい。あまりにも履き違えた特攻精神だ。資金が底を突いた絶望と、望んだものが他人の手に渡る恐怖。混ざり合ったティアの負の感情は、魔力となって周囲に溢れ出していた。
「泣かないでよ! ほら、お兄ちゃんが何とかしてくれるから!」
「何で俺に振るんだよマリン!」
「やだぁー! 剣、買うのぉー! 『みんな止まってー!』 うああぁん!!」
「あ、ヤバいかも。ティアちゃんが泣いちゃったら……」
会場内の人間の動きが徐々に止まっていく。姉の魔力で全員が動けなくなっていた。
しかしミスト、マリン、俺の三人だけは問題なく動けている。
「お兄ちゃん、ティア姉は言霊が使えるんだよ」
「……なんだって?」
「言霊。自分が言った言葉が現実になるの。ティア姉は普段滅多に使わないんだけど、泣いたり興奮したりして感情爆発すると幼児化して魔法が勝手に発動しちゃうんだ。私たちは姉妹だから慣れてるし、お兄ちゃんも今話せてるから私たちと同じで耐性あるみたいだね。他の人たちはティア姉が泣き止むまでこのままかな」
「そんな悠長な……でも待てよ?
良い事を思い付いた。
「もうこの状態にしたまま、聖剣持っていけば全てが丸く収まるんじゃね?」
ティアが泣き止み、俺は一銭も使うことなく、聖剣を家宝として迎え入れらえる。
いいな、よしそうしよう。 俺は壇上まで走り、聖剣に手を伸ばした。
しかし、対抗勢力が現れる。
「ちょっと待ってソウタ君!? それ犯罪! この状況で聖剣持っていったら泥棒だよ!?」
厄介なミスト姉さんだった。仕方ない、言い包めるか。
「大丈夫。俺の素性は知られてないし、外出る時は変装すれば何とかなるって」
「え、そう? 犯罪にならないなら良いかな? よし、ティアちゃんが泣き止む前に聖剣持って帰ろう。泣き止ませるのは家に帰ってからね? 時間停止が終わっちゃうから」
俺たち二人は固い握手を交わし、俺は聖剣に手を伸ばした。
俺は聖剣に手を伸ばし、ミスト姉さんは姉を抱える。
「いやいや、この状態で帰ったら私たちが犯人だってすぐ分かるから。ソウタお兄ちゃん、守銭奴過ぎて、私ちょっと引いてるよ」
マリンの手が俺の手を払った。
「邪魔をするな、マリン! 聖剣なんかにお金を払う気は、俺にはないぞ? そんなに欲しいなら、父さんに言って爪楊枝でも送って貰え! 剣の達人は爪楊枝だけで相手を倒したなんて、逸話も有ったり無かったり」
「お兄ちゃん、聖剣と爪楊枝を一緒にするのは失礼過ぎじゃない? ティア姉の魔法は国王くらいは知ってるし、この状況を考えたら、私たちが犯人だってすぐ思い当たるよ? いくらアクアベール家の人間でも無罪放免で牢屋から出してもらえる訳じゃないし? たぶん出して貰える代わりに莫大な保釈金とか社会奉仕活動とか面倒臭いことさせられると思うけど、本当に大丈夫?」
……良い作戦だと思ったのになぁ。
人生諦めが肝心だ。切り替えよう。
「おいミスト、何やってるんだ! 聖剣泥棒なんて外道のすることだぞ! ティア様の意見無視するんじゃない!」
まったく! 本当に全く! ミスト姉さんはアホ姉さんなんだから!
「えぇッ!? だってソウタ君が……」
「だっても何もありません!」
「うっわぁ、お兄ちゃんの小者ムーブも板についてきたなぁ。理不尽すぎるな~」
さて、マリンの言葉は無視しよう。話は一旦振り出しに戻ったけど、この状況はどうしたものか。
俺が悩んでいると、ミストが助け舟を出してくれた。
「大丈夫。身体も精神も止まってると思うから記憶操作する必要もないし、ティア姉にも悪気はないからすぐに終わると思うよ。もうティア姉が落ち着くまで、昼寝でもしない?」
「大丈夫、なのか?」
マリンは俺から目を逸らした。
割って入って来たミストは、お気に入りの面白眼鏡を取り出して遊んでいた。
「うん、まぁたぶんきっと何とかなるんじゃない? 知らんけど」




