はい、あげる
「やっほー、お兄ちゃん! ミスト姉もお疲れ~。ここまで来るの、ちょーっと遅かったんじゃない?」
マリンが軽い調子で手を振ってきた。
散々からかったくせに、屈託なく笑うんだから許すしかなくなる。
隣に座る長女ティアは、水色のポニーテールを揺らしながら、紫色の瞳でジッと俺を見つめている。
相変わらず神々しいが、何を考えているか読めない。
ティアは立ち上がり、ドレスの裾を持ち上げて一礼した。
「ソウタ、初めまして。アクアベール家当主の名代ティア。パパが現代日本に行っちゃったから、今は私が当主代行。私の言うことは絶対」
無表情のまま、胸を張っている。
顔と違って、面白いことを言う姉だ。
「ティア姉さん、許可証ありがとうございます。でも、『私の言うことは絶対』は取り消して貰わないと」
俺は手の平を上に向けてティアに向けた。
「なに?」
「例のカード渡してくれ。父さんと母さんの許可も取った。お前たち三姉妹のブラックカードを取り上げて、散財を止めてくれって。渡せないなら力尽くで……」
「はい、あげる」
俺とティアの間で沈黙が長く続いた。
そうだよな、ミストもマリンも俺に返すまで必死に抵抗した。ティアだけ抵抗しない訳が……?
「……今、なんて言った?」
「あげる。言った」
ティアは、すぐにブラックカードを手渡した。
「……いいのか?」
「ソウタ、渡してくれって言った。逆に、なんでソウタ聞く?」
アクアベール家の長女は、小首を傾げてポニーテールを揺らしていた。
「本当に? いやマリンみたいに偽物って可能性も……」
爪で引っ掻いてみたが、少しも傷付かない。安っぽい塗装も剥がれなかった。
本物だ、間違いない。
「私、物欲ない。買うのは本当に必要な時か、マリンに頼まれた時だけ。ドレスと宝石はレンタル。会食と舞踏会で必要な時だけ使ってる。部屋散らかるからモノ買いたくない」
汚い部屋を想像したのだろう。ティアの眉間に皺が寄っていた。
「あ、私もマリンちゃんに勧められた時だけかも。魔道具は戦闘に必要なものだけしか買ってない。余計なもの買ってたら、使いこなせないからね。食べ物も美味しい方が良いけど、たくさん食べられて栄養取れれば正直どうでもいい」
マリンは小学生男子みたいなことを言っている。
『栄養取れれば』があったから、もはや何も言うまい。
(けど、聞いてた話と違うな)
俺は何を勘違いしていた?
異世界に来てからの事を思い返す。
確かにまだティアとミストの部屋は見ていない。
物欲まみれな三姉妹を想像していたが、この二人は自分に何が必要で何が不要か分かっている気がする。ティアはちょっと天然混じってる気がするし、ミストはアホの子だ。
誰かに騙されて買っているような……良い様に使われている気さえする。
そう言えば、最近ミストが誰かに騙されていたな。結構身近な人間だったと思うが……。
俺は心当たりのある人物をジッと見つめた。
その相手は、俺の頭の中が読めたらしく悪い笑みを浮かべている。
「やっぱりバレちゃった★」
アクアベール家の末っ子にして屈指のトラブルメーカー。
そう、三女マリンである。




