パパが使ってた聖剣、お兄ちゃんも使いたいと思うな~
「……はぁ、はぁ、死にそう」
地面に大の字になって息を整える俺の横で、ミストは鼻歌交じりに目の前の巨大な屋敷を見上げていた。王都の喧騒から少し離れた、一等地に建つ貴族の豪邸。ここが秘匿されたオークション会場だ。
「結界で守られていようと、私には関係ないんだよなぁ」
ただの豪邸にしか見えない。魔力によって認識阻害用の結界が張られているらしいが、俺には何も感じなかった。今度、誰かに魔力の使い方を教えてもらおうか。
「ちょっと待ってて。結界張ってる魔法使い、張り倒してくるから」
「できるだけ穏便にお願い。マリンにバレると面倒だ」
ミストは宣言通り、労せず結界内に侵入する。
俺はと言うと、待ちぼうけだ。ミストが結界を何とかするまでお留守番しているしかない。姉さんの話によると、結界維持のために魔法使いが配備されているらしい。通してもらえるよう許可証を手に入れるか、魔法使いを倒して結界を解除するしかないんだけど……。
「ソウタ君、もう入れるよ」
このバーサーカーは、意外にも魔法使いを倒していなかった。
「説明したよ、ティアちゃんと話したいから中に入れてくれって。すぐに許可証貰えたから戻ってきた。そう言えば、魔法使いたちから『ティア様からお二人を通すように厳命されております。マリン様も中でお待ちです』って言ってたよ。ちょっと戦いたかったのに」
この戦闘狂め。
「やっぱり、中に居るのか」
考えるのは後だ。まずは会場内に潜り込んで情報収集するしかない。こっそりと入り、目立たないように隅の方から観察を始める。
しかし俺とは反対にミスト姉さんは、悠々と何も気にする事無く歩いている。余裕過ぎて、宴会用の面白眼鏡でピロピロを吹きまくっていた。気に入ったんだ、そのオモチャ。
「大丈夫だと思うよ、マリンちゃんが会場に入る許可証手配してくれたみたいだし。たぶん追いかけっこは終わりじゃないかな?」
「何を根拠に?」
「私の勘! これが結構当たるんだ」
会場内は熱気に包まれていた。
客席には着飾った貴族や大商人たちがひしめき合い、壇上の競売品に釘付けになっている。その人だかりの中に、ひときわ神々しく、それでいてどこかダウナーな雰囲気を纏った少女が座っていた。
アクアベール家の長女、ティアだろう。
水色のポニーテールに、冷たく鋭い光を宿した紫色の瞳。彼女は一言も発さず、ただ静かにオークションの行方を見守っている。周囲の視線を釘付けにしているようだった。
その隣にはマリンが座り、ティアの耳元で悪魔のような顔で何かを囁いていた。
「ミスト姉さん、あの姉妹が何を話しているかわかるか?」
身体強化MAXの姉なら、離れていても内容が読み取れるかもしれない。
「任せて! え~っとなになに……マリンちゃんは『ティアお姉ちゃん。パパが使ってた聖剣、お兄ちゃんも使いたいと思うな~。異世界に来たばっかりで不安だと思うし、あの聖剣を枕元に置けば悪い夢も見なくて安眠できるんじゃない?』って言ってるね。ティアちゃんは『なるほど、わかった』って言ってる」
何が『なるほど』なのか、俺には全くわからん。
「姉さん口数少ないからね。余計なことは喋らないんだよ、体力なさ過ぎて」
ミストは俺のことをもやしっ子呼びしていたが、俺じゃなくて姉の方がもやしっ子じゃないか。
「お前ら二人、妹の操り人形だな」
「いや~、それほどでも。マリンちゃんが可愛いのが悪い」
「褒めてねえし、姉二人が甘すぎだ」
勇者の聖剣は今回のオークションの目玉商品らしく、前半と後半に分かれて競売に掛けられているようだった。他のオークションも進行しているが、彼女たちは全く興味を示している様子がない。
ミストもマリンも無駄なものを買っている印象しかなかった。ミストは偽物の聖剣に数億ゼニー払ってしまうようなアホの子だし、マリンも使いもしないゴミの山を量産するタイプの人間だ。
でも、ティア姉さんは何か違う気がする。何だろうな、この違和感は。結界を通る為の許可証も、俺達二人分用意されているみたいだし。マリンの部屋に行くまでのようにトラップが仕掛けられている様子もない。
「なぁ、ティア姉さんってどんな人?……ミスト?」
隣に居ると思っていた姉は、俺から離れていた。
彼女は、例の面白眼鏡を掛けながらお手玉を回している。暇を持て余していた貴族の子供たちが目を輝かせて、いつの間にか人気者になっていた。
「……何やってるんだ?」
「ごめん、暇だったから」
お手玉を辞めて眼鏡を取り外しながら、周囲に貴族の子供たちを侍らせていた。
「目立っちゃダメでしょうが」
後ろの方でオークションを見物していた貴族たちまで、ミストに拍手を送っている。
「だって、子供たちが退屈そうだったんだもん。ねぇー?」
ねぇー? と数人の子供たちが返事をして黄色い歓声を浴びていた。
あーもう絶対あの二人にバレた、と思って振り返ると、案の定、客席にいたマリンがニヤニヤしながら手を振っていた。長女ティアも俺の存在を認めたらしく、ペコリと恭しくお辞儀している。
逃げる素振りは見られない。
子供達に別れを告げ、俺とアホ姉は静かに歩いて向かった。




