第15話 「商人サーシャ」
突如として現れた二つの人影
それは紛れもなく、俺たちが文字通り命がけで救助したサーシャと、その連れだった
「サーシャさん!?それにえっと……」
俺はもう一人の名前を聞いていないことに気がつくと、すかさずもう一人の少女が深々と頭を下げ自己紹介をする
「サーシャ様にお仕えしております、侍女のナナリーと申します。遅くなってしまいましたが、助けてくださり本当に感謝しております。ありがとうございました」
ナナリーと名乗った少女は侍女の名に相応しいメイド服を着用していた
ナナリーに続き、サーシャも改めて自己紹介とともに礼を述べる
「サーシャと申します。『森の穴熊』の皆様には本当にお世話になりました。ありがとうございました」
「いえ、僕たちはできることをしたまでです。ところで今回のご用向きは?」
アッシェがなぜ来たのかを問うと意外な答えが返ってくる
「先程のススム様の『森の穴熊』への加入の件。見させていただきました。感動さえ覚えるような場面に出くわすことが叶い、感無量です」
「はぁ」
うるうると瞳を潤ませていたサーシャ
しかし、次の瞬間
そのか弱そうな印象は、跡形もなく吹き飛んだ
サーシャは「ぐっ」と力強く拳を握りしめ、勢いよく言い放った
「そこで!ぜひ、私たちも『森の穴熊』のメンバーとして迎え入れていただきたいのです!」
「「「えええ!?」」」
俺たちは心の底から驚き、思わず声を揃えてしまった
「いや、ですがお二人はあの様子では……」
俺は、賊に捕らえられ、憔悴しきっていた頃の二人の姿を思い出す
「はい!もちろん戦闘は無理です!」
それに元気よく答えるサーシャ
「ですが、戦えなくても私たちには『武器』があります!」
「武器……ですか?」
「はい!それは『商人としての支援』になります」
賊に囚われていた時、サーシャはこの街の商業ギルドのギルドマスター、フォレスの弟子だと言っていた
「あの話、本当だったんですか?ですがサーシャさん、いえサーシャ様は伯爵様の娘ですよね?」
「ふふ。本当ですよ。それと今まで通り、サーシャ『さん』で大丈夫ですよ?むしろ『様』と呼ばれる方が慣れていなくて……」
「はあ、そうなんですね?」
俺はいまいち事情が飲み込めず困惑する
それはリーダーであるアッシェも同じだったようだ
「サーシャさん。なぜ伯爵家の令嬢でありながら危険な旅商人などやられているのです?それに支援も『伯爵家の令嬢』としてではなく『商人として』とおっしゃった。その意図を知りたい」
アッシェが聞いた内容で若干引っかかりを覚え、頭を傾げるとそっとアリスが教えてくれる
「『パトロン』だよ、ススム君」
「ああ、なるほど」
確かにサーシャの身分であれば『商人としての支援』というまどろっこしい方法よりも、資金や現物を直接支援してくれる『大貴族の娘としてのパトロン』の方がわかりやすい
だが敢えてサーシャは商人であることをアピールする
つまり二人は、サーシャが『森の穴熊』に加わるために必要なものについて、根本的に違う考えを持っていた
「その部分を教えてもらえなければリーダーである僕としては最初の一歩を進めることができません」
立場を示すアッシェに対し、サーシャはフルフルと頭を横に振る
「申し訳ありませんが、今の段階ではお教えすることはできません」
「ならば交渉決裂です。お引き取りを」
アッシェがばっさりと切り捨てる
その瞬間に下唇をくっと噛み、悔しそうな表情を浮かべるサーシャ
俺は、二人の言い分を理解できた
アッシェとしてはパーティ『森の穴熊』を守る義務がある
サーシャとしては、伯爵令嬢という立場ではなく、自身の商人としての能力を活かし、助けてもらった『森の穴熊』を支援したい
恐らく、サーシャが頑なに貴族としてのサーシャを捨て置くにはそれなりの理由があるはずだ
だが、俺はサーシャの提案は悪くないと感じていた
今後、冒険者を続けていくには装備をはじめ、さまざまな道具が必要になる
その際に商人が身内にいるというのは非常に心強い
必要なものを迅速に、そして適正な価格で調達できるというのは大きな魅力だ
そこで俺は頭を捻り、折衷案を出す
「ここは間を取って、俺の時のような『仮のパーティメンバー』とすることはできないか?アッシェ」
話を振るとアッシェが黙りこくる
「考えても見ろ。身分はさておき、商人が身内にいるというのは冒険者にとってとんでもなく大きいアドバンテージにならないか?」
「……だが」
「誰だって、すぐに全部を話せるわけじゃないだろう?サーシャさんにも、今は話せない事情がある。それだけの話だ」
俺が助け舟を出したことでサーシャの顔色が明らかに良くなり、「うんうん」と頷いている
「……わかった。ただし、一応こういった変則的なパーティは聞いたことがないのでススムが正式に加入する際にギルドに確認してから仮入隊を許可する」
アッシェが「やれやれ」といった表情で首を振りながら答えるとサーシャたちから歓声が上がる
「じゃあ、話がまとまったみたいだし、早速、私たちの拠点に行こうよ!」
アリスはニシシと笑いながら俺の腕を引っ張る
「拠点?そんな物があるのか?」
俺は意外なものの名に驚きを隠せなかった
高ランクのパーティならそういったものもあるだろうとは思ったが、まさか四角銅級の『森の穴熊』がそんなものを持っているとは思わなかったからだ
「まあ、そんな大それたもんではないが、俺たちの大切な寝床だよ」
アッシェが苦笑いしながら言うとアリスが「言い方!」と言いながらふくれっ面を見せる。
どうやらサーシャたちも興味があるようで付いてくるようだ
そして案内された場所は人通りから若干離れた場所にある一件の物件だった
「おお、大したものじゃないか!」
決して新しくはなく、派手ではないがしっかりとした建物がそこにはあった
「さ、入って入ってー!ススムの部屋ももう用意してあるんだよ!」
「本当に!?」
建物の中に入るとこの建物が何だったのかがはっきりと分かった
「ここ、元は宿屋か?」
「ピンポーン!正解でーす」
アリスは嬉しそうに答える
「なんだってそんなものを?」
これに答えたのはアッシェだった
「ああ、元々俺たちが駆け出しの頃、拠点として使っていた宿屋だったんだが、建物主が亡くなってね。亡くなる直前に遺言としてこの建物を俺たちに相続してくれたんだよ。本当にいい人だった」
その時を思い出しながらアッシェが答える
目が若干潤んでいるようにも見え、その時がどれほど大切な時間だったかが垣間見えた。
俺が部屋の案内を受けている間、サーシャたちはどこかに行ったようだ
「さ、ここが君の部屋だ」
通された部屋は本当に必要最低限の家具だけが置かれた部屋だったがそれでも十分すぎるものだった
「ああ、ありがとう」
アッシェから鍵を受け取るがその際、忠告を受けた
「だが気をつけろよ?」
「何がだ?」
「アリスのイビキだよ。こいつ任務中は静かなんだが、この拠点にいる時はイビキが凄いんだよ」
それを聞いたアリスは恥ずかしそうに顔を染めながらアッシェに蹴りを入れていたが、タンクであるアッシェはびくともせず、逆にアリスが足を抑えて悶えていた
「あはは……」
しばらく荷物を広げてから、建物内を見て回っているときだった
サーシャたちが一人の男性を連れて現れた
その男性にアッシェが挨拶をする
「こんにちは。どうかされたんですか?」
「知り合いか?」
俺がアッシェに振り返りながら聞く
「ああ、ここと今は空き家になっている隣の家を扱っている不動産屋さんだ。ここを譲り受けたと言っても、納税の義務があるだろ?その際、そちらの方に手伝ってもらってるんだよ」
「なるほど」
固定資産税は当然あるわな、なんて考えているときだった
サーシャからとんでも発言が飛び出す
「ではこちらの空き家、私たちがお借りしてもいいですか?」
「ええ、それは構わないですが……。本当によろしいので?サーシャ様」
不動産屋の男性が困惑しながら尋ねるが、サーシャは迷うことなく、はっきりと答える
「はい!勿論です!!」
「「「えええっ!?」」」
なんと空き家になっていた拠点の隣を即日で借りて住むというのだ
「商人は行動力と決断力が重要ですから。そういうわけでよろしくお願いします」
ペコリとサーシャとナナリーが頭を下げると、サーシャは必要な書類を用意し、ナナリーは掃除をと早速せわしなく動き始める
「あはは……。こりゃ『森の穴熊』正式加入も早くなりそうだな」
俺がぽんとアッシェの肩に手を当てるとアッシェはデカいため息をつきながら顔を抑える
夕食の準備をパックが始めるというので俺も参加させてもらう
俺は日本にいた頃、独身を楽しんでいた部分もあり、ゲーム以外の趣味の一つに料理があったのだ
なのでこちらの世界の食材などを教えてもらいながら再び料理を楽しもうと思ったのだった
だってこっちの料理、正直微妙なのが多いしな……
最初はパックも訝しんでいたが、俺の手際の良さと包丁さばき、それに味付けの良し悪しを見ていると素直に感心したようでパックに腕を認められ、俺とパックはニッ!と笑いながらがっしと手を組んだ
夕食はサーシャたちも含めての大人数での食事となったがいろいろな種類を多めに用意したがあっという間に皆の腹の中に収まった
食事中も笑顔が絶えなかったが、皆、満腹で動けない状態になっていた
数日後、冒険者ギルドに赴くとカイエンからギルド内にいる冒険者に向け案内がされる
それは俺の正式な銅級冒険者としての飛び級認定についてだった
今まで行われてきた薬草類の大量の納品、錬金術ギルドからの指名依頼、そして突発的に起きた誘拐事件の解決とその首謀者たちの捕縛
これらを勘案して、ギルドとして正式に決定がなされた、という内容だった
カイエンから正式に銅級の冒険者証を受け取り首から下げると森の穴熊の一行から一際大きな拍手が起きたのだった
俺はついに、銅級になった
そして、ここから先は――一人の冒険者としてではない
『森の穴熊』の一員として進んでいくことになる
第15話 「商人サーシャ」用語の補足
人物紹介
ナナリー・セレナ・カストロ
サーシャに幼少期より仕える侍女。
年齢二十五歳
実家は代々ブラウン家に仕える騎士の家系で、男爵家でもある。
ナナリーはカストロ家の次女になる。
そのため、ナナリーは幼少期より、侍女として仕えながらサーシャの護衛も務めてきた。
実力はかなり高いが、賊の強襲と人数差によって不利な状況に陥り、戦うよりも安全に済むよう捕らえられることを選んだ。その結果、今回の救出に繋がる。
ナナリーの父は既に死亡しているが、その死にサーシャが関わっているという噂もある。
パトロン
冒険者は通常、自身が得た報奨金などによって装備を整え、力を高めていくのが一般的である。しかし場合によっては、商家や貴族などがパトロンとなり、金銭的な支援をすることがある。
パトロンになることには二つの重要な意味がある。一つは、冒険者の名声が上がるにつれ、パトロンとしての名声も上がるというもの。
もう一つは、大きな報酬や宝を得た際、その一部をパトロンが金銭や物として受け取る権利を得られるというもの。
それ故、自然と高位の冒険者になるほどパトロンも付きやすくなるが、パトロンという存在を良く思っていない冒険者も多い。
森の穴熊の拠点
本文でも記載されているがここは元は宿屋であった。
だが、立地条件があまり良くないことから人気があまり無い宿屋だった。
そんな中、一番良く利用していたのがパックであり、パックの料理好きはこの宿屋の元オーナーに由来する。
後にアリスとアッシェがこの宿を利用する頃には、宿屋というよりも元オーナーとパックが腕をふるう料理屋として名が売れ始めていた。
その頃、元オーナーが病気に倒れる。
その際、この宿屋をアッシェたちに託すことを遺言として残し死去。
以降は店としては機能させず、完全に森の穴熊の拠点となった。
だが未だに料理屋として営んでいた頃の馴染み客がふらりと寄ることがあり、その際は喜んでパックが食事を提供している。
冒険者階級の飛び級
階級の上昇は基本的に一つずつあがるのが一般的で二階級上がるなどは異例になる。
そのため、二階級以上の上昇を認める際は、必ず『本部』を通して承認を得ることになる。
また、ギルドと冒険者の癒着疑惑を払拭するため、なぜその結果に至ったのかをギルド内の冒険者に公表してから、階級授与に至ることが通例となっている。




