第12話 「悪意」
再び慣れない馬に乗り、帰路についている最中だった
「アッシェ! あれ!!」
一番初めに気がついたのは、目の良いアリスだった
次第に、俺にもその異常な光景が見えてくる
「これは……?」
俺は見慣れない光景に唖然とするが、『森の穴熊』の三人は冷静だった
「ススム、少しここで降りるよ。状況を確認したい」
アッシェはそう言い、馬を停め、路上の状況を確認し始める
その異常とは横転した荷馬車であった
だが、そこにあったのは、横転して半壊した荷馬車と、すでに絶命している馬が一頭だけだった
「アッシェ」
「ああ、わかってる。これは盗賊の仕業だな」
パックとアッシェは、短いやり取りだけで盗賊の仕業だと判断していた
「と、盗賊……」
ゲームやアニメなどで見る描写とはまるで違う
目の前にあるものを、脳が「盗賊に襲われた現場」だと認識するまでに時間がかかった
「ススム、これを見て」
アッシェに促され地面の跡を見る
そこには無数の足跡がある
それは人間のものと馬の蹄で構成されているのがはっきりと見て取れる
「荷だけ盗んだか?」
アッシェがそんなことを考えている
だが、横転した荷馬車を見た俺の目に、あるものが飛び込んできた
「うん?これって……」
近くでそれを見た瞬間背筋がゾワリとしたのがわかった
人の爪だった
その大きさから、恐らく女性のものではないかと推測できた
近くを見ると、荷馬車の至るところに引っかき傷が残っていた
俺は急に気分が悪くなり、走ってその場を離れ嘔吐した
これは間違いなく、人間の悪意が形になったものだった
俺の様子を見たアッシェの指示は早かった
アリスを偵察にいかせ、アッシェとパックは倒れた荷馬車や足跡などから手がかりを探す
「この足跡を見る限り、行きより帰りの方が深いな」
パックが推論を述べると、アッシェも同意した
「ああ、目的を果たして、戻っていったようだ。この調子だと拠点は比較的近くにありそうだな」
言われて見比べても、俺には本当にわずかな違いしかわからなかった
恐る恐るその仕事の内容について聞く
「人攫いだよ」
「なんで人だってわかるんだ?荷じゃないのか?」
「荷ならマジックバッグで持ち運べば、嵩張らずに運ぶことが出来るだろう。ただし、生き物は入れられないだろう?」
そう言われて納得した
こういった犯罪においてもマジックバッグは非常に優秀なアイテムなのだ
人の役に立つために作られたものでも、犯罪に利用されることはある
俺はこの光景を見ているだけでその情景が浮かぶようで嫌気が差し、少し離れた場所で待機することにした
「ああ、そうか。この世界はこれが日常なんだ……」
改めて、日本という国は安全だった
だが同じ地球の裏側では戦争が起き、毎日のように人が人らしく死ぬことすらできないような出来事が起きていた
それまでの俺には、それも画面の中の出来事でしかなかった
だが、ここはそんな非日常が日常で当たり前の世界なんだ
改めて認識せざるを得なかった
やがて日が傾き始めた頃、アリスが偵察を終え戻ってきた
「どうだった?」
「うん。見つけた。ここからそんなに距離は離れてないけどすごい見つけにくい場所に拠点を構えてたよ。数は賊らしいのが十人。どうする?兵に情報流す?」
「いや、人質がいる可能性が非常に高い。僕としてはその人達を一刻も早く解放してあげたいと思っている」
「同意する」
アッシェの言葉にパックも賛同の意を示した
「そういうわけで、ススム。状況が悪いのはわかっている。協力しろとは言わないが、待っててもらうことは……」
アッシェがそこまで言ったところで俺は話を遮る
「いや、付き合う。例えどんな結末が待っていようとも、俺はこの結末を見届ける必要がある」
そうだ
俺はこの世界を知る必要がある
たとえどんな残酷な結果が待ち受けていたとしても
「……わかった。無理はしないように」
「ああ、ありがとう。で、どうする?」
今後の展開を確認するとまずはアリスが安全な場所を発見しているとのことでそこに移動することになる
そして、完全に日が落ち賊らが油断したところを強襲する運びとなる
アリスが見つけた場所は観察するには抜群の場所であった
手に持っている松明などの明かりによって、賊らの動きが明白になる
ここで俺達は役割を分担することにした
人質が囚われている場所は天然の洞穴を利用した場所であることが確認できる
表には八人の人間が確認できる
残りの二人は、どうやら洞穴内で人質を見張っているようだった
なので表の八人と洞穴内の二人を同時に相手する必要がある
そのため、初手は俺が派手にぶちかまし、陽動を仕掛けた後、その隙を狙いアリスとパックが洞穴に侵入し人質の確保と必要に応じた治療を実施
俺とアッシェで残りの八人を捕らえることになる
「今回の作戦の肝は、君だ。ススム」
「ああ、わかってる」
今回の作戦の最大目標は討伐ではなく、賊の捕縛、または戦意喪失だ
倒す必要はない
だがそれでも俺は初めて、自身の力を人に向けることになる
もしかしたら結果的に命を奪うこともあるかもしれない
ここで俺は目を閉じ『スキルツリー』を開く
そうであるなら、可能な限りの短期決戦だ
可能な限り、一撃で終いにしたほうが、こちらも賊も損耗が少なく終わる
俺はそれを視野に入れ次のようにスキルを振る
ファイアボール(LV3):火属性の基本魔法。単体攻撃であり目標に着弾時稀に炎上効果を発生させる。威力が更に強化され、詠唱時間の50%を短縮する。この魔法は最大でLV5まで強化ができる。消費MP5
そして更に重要なのは、仲間を、アッシェを傷つけさせないようにするための手段だ
炎の防壁(LV1):火属性の防御魔法。発動後、自身またはパーティメンバーを合計三回守ることが出来る火属性の障壁を作る。この障壁発動中は防御力が少し上がり、障壁に触れた対象には、炎上効果が発生する。消費MP5。効果時間60秒。再使用間隔120秒。この魔法は最大でLV5まで強化ができる
多少のMP負担が増えるがこればかりは仕方がない
俺はこの二つのスキルを新たに取得することにした
夜が一段と更け、闇と静寂が一帯を支配した
「作戦開始」
アッシェの言葉とともに俺は誰もいないことを確認している小屋に向かいまずは一発、威力の増したファイアボールを撃ち込む
『紅蓮の理を我が手に――ファイアボール!』
短くなった呪文によって魔法が形づくられ、激しく燃え盛る火球が、目標の小屋へ勢いよく飛んでいく
着弾と同時に小爆発を起こすが、そもそものファイアボールのレベルが3に上がったことにより、威力がかなり増し、その影響で爆発力も大きくなっている
ドゴオオン!!ボボボボボ!!
激しい爆発が起こり、小屋が燃え始める
それに気を取られ賊の男たちは何事かと飛び出してくる
その数、八人
予定通りの人数が確認できたところで、その隙を縫うようにアリスとパックが洞穴内に侵入
俺とアッシェも同じく洞穴の入り口付近に陣取る
これは外にいた者たちが洞穴内に逃げ込まないためのポジションであった
俺は既にこの瞬間にも次の呪文を唱え始める
『紅蓮の理よ、我らを包み、迫る脅威を焼き払え――炎の防壁!』
突如として現れた俺達の姿に驚きを隠せず、武器を構え始める賊達であったが、こちらは既に臨戦態勢である
「動きが一瞬遅れれば、それは命取りだ!」
アッシェが素早く踏み込み、間合いを詰める
燃え盛る小屋に気を取られていた賊たちは、アッシェの強襲を防ぐ暇すらなかった
「なっ!?」
賊の一人が慌てて武器に手をやるがその体勢のまま男は吹き飛ぶ
『シールドバッシュ!!』
前回のダンジョンで手に入れた戦利品、『岩蛇の鱗盾』によってアッシェのVITは大きく上昇している
その補正を受けた『シールドバッシュ』は、完全武装の男を軽々と吹き飛ばすほどの威力になっていた
そうして無防備なまま大きく吹き飛ばされた男は、近くにいた二人を巻き込み、三人まとめて地面へと叩きつけられた
すぐに立ち上がれる者はいない
「!?」
その情景に驚いたのは、たった今、味方が大きく吹き飛ばされ戦闘不能になった賊達の仲間であったが、なによりその技を放った本人であるアッシェもまた、今まで以上に威力が増した自分の技に驚きを隠せなかった
「な、なんだてめえ!!」
「敵襲だ!!」
男たちは各々の武器をようやくこの段階で手にするも反応と判断が遅すぎる
一瞬驚いた様子を見せたアッシェであったが、そこは流石というべきか、直ぐにいつもの平常心を取り戻し、深く息を吸い直し、自身の片手剣にて的確に一人を斬り伏せる
剣閃に沿うように舞う血しぶき
それはまるで映画の世界のワンシーンのようだったが、紛れもない現実がそこにはあった
斬り伏せられた賊は致命傷ではないもののかなり深い傷を負ったようで、大声で悲鳴を上げながら戦闘不能になる
「あと四人!!」
アッシェが自分に言い聞かせるように大きな声を放つ
そう、一瞬の内に八人いた賊たちは半数まで減らされていた
形勢が悪いと思った一人は、アッシェに背を向け逃走を開始するが、それは悪手だ
それすら予測していたアッシェは持っていた片手剣を地面に突き刺すと、腰に下げていた投擲武器である『ボーラ』を投げつけ、見事にその賊の脚に絡ませる事に成功する
ボーラの直撃を受けた賊はボーラの頑丈な紐が脚にぐるぐると絡みつき、それにより完全に自由を奪われ顔面から地面に落ち、そのまま気絶する
「あと三人!!」
俺はその流れるような場面一つ一つに圧倒されていた
その時、賊の一人が俺に向かい剣を抜き近づく
それに気がついたアッシェはとんでもない大声で吠える
「ススム!!!」
俺はその声にハッとし、近づいてきた男に意識を向ける
そして自然と呪文が口から流れる
『紅蓮の理を我が手に――』
火球が放たれる瞬間、俺は決してその男に直撃しないようにあえて何も無い地面に着弾するように対象を絞る
剣が振り下ろされるより前に詠唱は完了する
『ファイアボール!!!』
突然、自分めがけて飛んできた見たことがない大きさの火球に剣を振り下ろそうとしていた賊が怯み、叫ぶ
「うわああぁぁぁ!!!」
だが、火球はその男の目の前をかすめるように軌道を変え、誰も居ない地面にぶつかり激しく爆発する
ドゴオオン!!
爆風で吹き飛ばされた男が地面を転がる
背中には、大きな火傷が残っていた
直撃はさせなかった
それでも……俺の魔法で、人を傷つけた
「ススム!! 今は戦闘中だ!! 考えるのはあとにしろ!!!」
アッシェは俺がそれを感じるより先に、叱咤する
そのとおりだと思った俺は視線を戦場に向け直す
するとそこにヒュン!という鋭い音が聞こえる
どうやら距離が元々空いていた賊の一人が矢を放ったようだった
そしてその矢はアッシェ目掛け飛んでいく
「アッシェ!!」
思わず声を上げるが、アッシェは既に大盾を構え直している
「わかっている!!」
遠隔攻撃という強襲にも関わらずアッシェは見事に対応してみせるが、矢が盾にぶつかる瞬間それは起きる
矢がアッシェへ届く寸前、彼女の周囲に炎の壁が一瞬だけ立ち上がった
シュボッ!!
矢は炎へ触れた瞬間、黒く焼け焦げて地面へと落ちる
その後、アッシェを守護するかのごとく、小さな火球がアッシェの体の周りをぐるぐる回っている
「なっ!?これは……!?」
俺は、それを目の当たりにし、直前に取得し詠唱していた炎の防壁の事を思い出す
「それは、俺の魔法だ!!」
端的に説明するとアッシェは呆れたように返す
「いつの間にこんなもんを……」
不意打ちの矢すら届かない現状を見て、一段と体格の良い賊が片手斧を抜く
「ふざけやがって……。ぶち殺してやる!!」
賊が吠えるが、ここまでくれば俺も場に慣れ始め適応し始める
再度の魔法詠唱である
『紅蓮の理を我が手に――』
「な、なに!?」
通常の魔法使いであれば、ここまで魔法を連発することはMPの関係上無理があるだろう
だが、今の俺には【呪われた】銅の短剣が装備されており、MP消費は軽い
賊も俺がもう魔法は撃てないと踏んでの行動だったのかもしれないが、俺のマナは確実に形を成し、賊へ向けた掌先に火球が形作られる
「その斧を少しでも動かしてみろ?次は確実に当てる」
自分でも驚くほど、冷たい声が口から出た
「ぐっ……!」
周囲で傷つき、倒れている仲間たちを見た賊は、圧倒的に状況が悪いと思ったのだろう
手にしていた片手斧を手放す
ガチャン
「こ、降伏する。おい!お前ら!」
残り二人の賊に向かい、その男が促し、残り二人も抵抗することなく武器を手放し、無事に制圧が完了する
俺が賊たちを警戒し、アッシェは手早く縄を使って無力化していく
洞穴の中から、パックが無力化された二人を連れ出してきた
こうして合流し、目標であった合計十名の賊達は、一人も命を落とすことなく無事に捕縛することができた
捕らえられていた人質は女性二人だった
しばらくして洞穴から出てきたのは、アリスではなく回復役のパックだった。理由を尋ねると、女性たちに大きな怪我はなく、必要な治療もすでに済ませているという
しかし、二人は精神的にかなり疲弊していた。同性であるアリスがそばにいた方が、少しでも安心できると判断したらしい
だが、一刻も早くアリスに馬を走らせ、救援を呼ぶほうが妥当だと考え、アッシェに打診したところ、採用される
その際、誰が女性たちのところに残るかという問題が起きるが、アリスが名指しで俺を指名してきた
「ススム君は優しいからね。頼んだよ」
そう言い残し、アリスは馬を駆って救援を求めに向かった
見張りはアッシェとパックが行うことになり、俺は女性達のもとに向かう
第12話 「悪意」用語の補足
賊
盗賊や山賊など、人を襲い、金品を強奪することで生計を立てている者たちの総称。
この世界では賊に対する法は厳しく、一定以上の被害を出した成人の賊には、死罪が適用されることもある。
また、武装した賊との戦闘において相手を殺害した場合も、正当な討伐や戦闘の結果として扱われ、罪に問われることは少ない。
さらに、危険な賊を討伐した場合には、その被害状況や危険度に応じて、国や領主などから報奨金が支払われることもある。
ボーラ
二つ鉄球と縄で構成された捕縛を目的とした投げ道具。
鉄球が対象を捉えると、鉄球が対象を巻き込み、縄でからまり固定される。
対人戦のほか対魔物戦でも使用されることがある、汎用性が高い道具。
【第12話現在のススムのステータス一覧表】
名前:ススム
ジョブ:魔法使い
年齢:二十歳
出身地:不明
種族:ヒューマン
レベル:5
残りSP:0
HP:7
MP:12
STR:3(+10ー10)
VIT:3(+10ー10)
AGI:4
MND:9
INT:18
LUK:1
初期スキル:言語理解、ハックアンドスラッシュ
所有スキル:ファイアボール(LV3・性質変化)、炎の防壁(LV1)
現在の装備
メインウェポン:【呪】銅の短剣(STR-10、VIT-10)
オフハンド:なし
頭:なし
胴:上等な布の街着(上)(VIT+5)
腕:なし
脚:上等な布の街着(下)(VIT+5)
靴:皮の靴
首:なし
右指:一角兎の尻尾
左指:銀の指輪(STR+10)




