第40話:お役目と帰還
「ここ要市は、この世界を支える要のひとつだと伝えられている。この土地を表の側から守ることが、俺たちのお役目。物理的に、法的に、この土地を誰にも渡しちゃあならん。俺の組は、代々その教えを守り、この街に根ざしてきた」
語られたのは、ヤクザとしての表の顔と、街の守護者としての裏の顔。
時代の流れに抗いながらも、世界の要のひとつを守り抜いてきたという自負を胸に、誇らしげに語っている。
「この日本の要は、歴史的な価値がある文化財などのかたちで結構な数が残っている。それでも、継承者不在で放置された要や自然災害に飲み込まれた要は、消失してしまった」
次いで、悔しさがにじむ声。
人の身では、天災に抗うことなどとは思うが、他の守護者に不甲斐なさでも感じているのか。
「世界的に見れば、幾千幾万とあったであろう要は、桁をひとつは減らしているようだ。そんな体たらくでは、異界からの侵略を防ぐことはできなかったようだ」
先住民族を蹴散らした某国とか、都市開発に躍起になっていた某国とかでは、調べてみたら要はもうほとんど残っていなかったそうだ。
家に例えるなら、いくつかの部屋で、家を支える柱や壁が失くなってしまっている状態なのだという。
いくら他がしっかり支えていても、弱い場所に負荷が増えれば家は倒壊する。
そんな理屈で、異世界からの侵略を許してしまったのが現状らしい。
「……なんで、そんなこと知っている?」
「……少年、お前さん、神を信じるか?」
「……はぁ?」
ずいぶん、変な声が出てしまった。
夜、眠りに落ちるとともに始まる《修羅道》では、神の声を聞くことができるのに。
なんなら、そのときは生者のように振る舞える折原沙弥先輩や、三条長治などは、自称神から色々な話を聞いている様子もある。
だから、神のことは分かる。ほかの人に声がけしていても不思議じゃない。
ただ、ヤクザと神が繋がらないだけ。
「うん。そんな顔になるのも分かる。だがな、少年。要の守護として、神の声を聞き、従うことで、この組は強くなってきたんだ」
守護の褒美として、これまでいくつもの褒美を受け取ってきたという。
その多くは金銭に変えられる宝物で、相当な資産を築くことができていたのだと。
「だが、時代の流れか、組の若ぇ連中は、お役目のことを理解できないでいる。だから、神の声も聞こえねえ」
次代を担う若者が、思うように育たない。
暴力団という、暴力装置としての面ばかりが前に出るようになり、守護者としての責務は軽んじられるどころか、まるで信じられなかったのだという。
そんな者たちでは、神の声を聞くこともなく。年長の者たちは頭を抱えていたのだと。
そんな中、世界改変が起きて、力に酔った若者たちは組から離れ、好き勝手するようになってしまった。
守護者として守るべき民を、虐げてしまっている。
その事実をもって、組とは縁を切り、いずれ討伐することで自浄作用を働かせることにした矢先に、おれたちが先に行動したようだった。
組長は、背後にあった大小の刀二振りを持ち、神棚に掲げて深く頭を下げた。
譲り渡す許可を得るかのように。
「……こいつをくれてやる。それをもって、この地を守護するお役目を譲る」
「要らねぇよ。おれの得物はこれで十分だ。てめえの役目をおれに押し付けるなよ」
組長が突き出した大小の刀を、両腰の蛮刀と斬斧に触れて、拒絶する。
まだ働けよって思ったのも本当だ。
けれど、ほんとの本音は、
「この街、要市が一段落ついたら、周辺の市町村も巡って直接状況を調べたい。ENSで情報を集めてもらってはいるけれど、誰も彼もが魔物を倒してこの世界に適合できたわけじゃないだろ。死者を眷属にして戦力を増やしたいし、生存者と接触して協力することも必要だと思ってる」
この街に根ざした人たちは、この街を守ってもらいたい。
その代わりに、おれたちは周辺に足を伸ばし、生存者とともに安全な場所を増やしていきたい。
これが、本音だ。
《要塞》化した施設や、《拠点》化した住宅を増やすことも必要かもしれないが、設置と維持に大量のポイントが必要になる。
それならば、倒されてもファームに戻る眷属屍鬼たちとともに、生存者たちが自分の手で住む場所を守ってもらいたい。
それに必要な支援なら、惜しむつもりはない。
だから、
「役目から逃げるなよ。おれはおれが必要と思うことをやり続ける。この世界で生きていくためにな。それには、多くの人の協力が必要なんだ」
手を貸してくれと、訴える。
この街を、帰る場所を守ってくれる人たちがいたなら、おれたちはより多くの人たちを救うことができる。
より多くの魔物を倒せば、より多くの人たちが生きていける。
この街の要だけを守っても、世界改変は止められなかったのだから。
この街だけを守っても、世界は滅びてしまうだろうから。
だから、外へ踏み出すために、力ある人たちの協力が、大人の力が、必要だった。
「…………はぁー…………。分かった。こっちはこっちで、やれることをやる。お前さんはお前さんで、やりたいことをやれ」
長く息を吐いた組長は、刀を戻し頭をかいて、言った。
背中は守ってやるともとれる言い方で。
「新沼直子を知っているな」
組長の協力が得られたと思った矢先に、今までずっと黙っていた補佐だという男性が口を開いた。
「知ってる。さっきまで、眷属屍鬼としてネクロマンサーの護衛をしてた」
誰の護衛とは言わないけど。
「消したのか」
疑問形ですらない確認口調に、声が詰まる。
「自決したから、回収した」
「そうか。ならば、いい」
目を閉じた補佐の男は、どこか、ホッとしたような表情に見える。
「あの人は、直子さんは、おれの心を守り続けてくれた大切な人だ。あんたが誰であろうと渡さねぇぞ」
補佐の男は、ここで初めておれと向き合い、深く、頭を下げた。
「娘を、よろしく頼む。あれは、憐れな娘だ。生まれた場所が悪かった。普通の家に生まれたなら、普通の幸せを得ることができただろうに。せめて、きみの手で幸せにしてやってくれ」
「両親を亡くし、未来が閉ざされ、生きる気力も失くしたおれと、ずっと一緒にいてくれたのが直子さんだ。あの人がいてくれたから、おれは今まで生きてこれたんだ」
補佐の男に向き合い、膝をついて頭を下げる。
「娘さんを、もらいます。生き返らせて、幸せにします。必ず」
幸せにしたい人は、たくさんいるけれど。
今それを言うのは、違う気がした。
組長が、ちょっとそわそわしている。
おれが親を亡くした理由が、自分の息子の仕業だったせいか、いたたまれなくなっているのかも。
せいぜい、良心の呵責に苛まれていろ。
準備してきたのかもしれないけれど、あんたの行動が遅いせいで、被害に遭い続けた人たちがいるんだ。
結納とかいったら違うけど、直子さんの父にポイントを渡し、米や野菜、肉などの食品を置いて帰る。
管理は自分たちでやってくれ。
12:00
県立大学に戻ると、炊き出しをして救出された人たちに配っているところだった。
汚れを流し着替えた人たち一人一人に声をかけて、食事を渡している御剣双葉さんに声をかける。
「戻ったよ」
「ああ。お疲れさま。今お昼ごはんを配っているたところだよ。きみも食べなさい」
優しく微笑む双葉のことがむしょうにいとしくて、抱きしめる。
「……ちゃんと、終わりました。恩人の最後の一人を見つけてきました。もう、おれは大丈夫です」
「……そうか。それは良かった。あとで、紹介してほしい。……今は、お疲れさま」
人の目とか気にせず、衝動のままに、唇を重ねた。
夏の昼間、暑い日差しの元で。
冷えて閉ざした壊れかけの心に、ほの温かい火が灯る。
拒まないどころか、背中に回された手に、ひび割れ欠けた心が満たされていく。
長い口づけを交わし、惜しみながら離れれば。
艷やかな長い黒髪の美しい先輩女子は、ぷはっと息を吐き、驚きに目を潤ませながら、大きな胸に手を当ててゆっくり深呼吸している。
かわいい。
「双葉さん」
目が合う。その目が、嬉しそうに、愛おしそうに細められて。
我慢できずに抱きしめて、もう一度唇を重ねた。
「大好きです」
万感の想いを込めて。
「ありがとう。嬉しい。……その、私も、大好きだよ。武くん」
普段は凛々しい顔を真っ赤にし、どこか自信なさげにうつむきながら、小さな声で、応えたその姿。
周囲の、虐げられ、救出されたばかりの人たちから、万雷の喝采と祝福の歓声が噴き出した。




