第39話:10:00、カチコミ
両親を亡くしたあと、ずっとそばで支えてくれていた人の亡骸を回収する。
そこから動けるようになるまでには、しばしの時間を要した。
恋というには業が深く、
愛というには罪が邪魔していた。
その罪も、他人のもので。あるいは、互いがその罪を意識しなければ、年の差はあれど結ばれていたかもしれない相手。
それほどの人の死を受け入れるには、どうしても、時間が必要だった。
「武くん」
「大丈夫じゃないと思うけど、その、大丈夫?」
心配げな声に顔を上げれば、同級生の東舞さんと西園美麗さんが寄り添ってきた。
「……うん。大丈夫ではないけど、今は割り切る。まだ全部終わってないから」
「うん。でも、抵抗もほとんどなくなったって」
「被害者の人たちの、救助と護衛に移るって伝えてくれって」
舞と美麗が伝言を伝えてくる。
クラスが僧侶の舞と魔術師の美麗は後衛で、近接戦闘は苦手なはず。
思井佳奈美みたいに、本人の資質とは違い、努力と研鑽で身に付けた技術を持っていれば話は別だが、そうでない2人に護衛がないのなら、本当にもう戦闘はほとんど終わったのだろう。
少なくとも、不意打ちの危険はないと判断されたということか。
「分かった。そっちはよろしく頼む」
「…………どう、するの?」
不安げな、舞と美麗。
まあ、その。どうというか。
「元凶を断つ」
鑑定スキル先生、お願いします。
・正面先のマンホールの蓋がずれている。そこから下水道に逃げた模様。
この要市は、近年の都市計画で大規模な地下下水道網を整備した。
そこは、人力での点検を想定して、人が通れる通路も整備されている。
入口は多数。最終出口は浄水場への一つ。
レベルが上がり力を得たなら、マンホールの蓋を下水道内から破壊して出ることは十分可能。
速やかな追跡が推奨される。
鑑定スキル先生、ありがとうございます。
「行ってくる」
「気をつけて」
「早く戻ってきてね」
今は、2人の不安を拭うことはできないけれど。
「必ず、戻ってくるからさ」
早く終わらせて、帰ろう。
みんなのところに。
おれたちの帰る場所に。
「……あ、そこから行くんだ……」
「みー、それは言っちゃダメなやつだよ……」
なんかしまらなくてごめん。
人1人なら楽に通れる幅の下水道管理用通路を疾駆する。
警告灯が点々と浮かぶだけの闇の中、鑑定スキル先生にお願いし、条件を最新の人の足跡に設定して追跡する。
汚水と悪臭漂う悪環境でも活動できる魔物が度々襲いかかるが、足を止めることなく処理して進む。
追跡を始めてすぐに銃声が聞こえ、魔物の残骸とドロップアイテムが放置されていて、今は走る音に口汚く罵る耳障りな声まで聞こえてくる。
交差点を曲がり、石嶋竜一の姿を視認する。
それと同時に、異様な速度で反応し小銃を射ち込んできた。
音よりも早く迫る銃弾3発。左手の斧の一振りでまとめて薙ぎ払った。
「誰だぁっ!?」
半端に髪を染めた若い男の、ヒステリックな叫びに至極冷静に返す。
「この春、お前が殺した夫婦の息子だよ」
「…………はぁ?」
何言ってんだこいつ。みたいな顔をされた。
どうやら、すぐに思い当たるものはないらしい。
嘘だろ。ほんの数ヶ月前だぞ?
被害者加害者双方の車が大破して、スクラップ行きだぞ?
人が2人、死んでんだぞ?
なんで殺したヤツが首かしげてんだよ。
「クソが。死ね」
最大速度で接近、鉈を胸に突き立てる。
刺さってすぐ、ガツッと、何かに阻まれる感覚。
結果、心臓を貫くことはできなかったが、衝撃ではじき飛ばし通路に転がした。
「……ぎぃ……やあぁ……。なんで、オレが、こんな目にぃ……」
「因果応報だろ」
胸から血を流し、痛みでビクビクと体をはねさせる石嶋。
スキル《食いしばり》が発動したようだ。
生き汚いやつ。めんどくせえな。
未だに手放さない小銃を警戒しながら近づけば、腕だけが不自然に動き小銃を射ち込んでくる。
身をそらして避けながら踏み込み、腕を斬り飛ばして収納する。……目的は小銃で、腕は要らないんだが。
「ひぎゃぁおぅっ!? ……お、オレを誰だと思ってやがる! 石嶋組ぃ! 組長の息子ぉ! 石嶋竜一だぞぉっ!? オレに手え出したなら、組が黙ってねぇんだぞぉ!? 分かってんのかあっ!!」
「そうか。なら、組の連中残らず鏖殺してやろう。お前を始末したあとすぐに」
耳障りな声がやんだ。
ひと思いに首をはねる。
飛んだ首が下水道を転がり、こちらを向いて止まり、目が合った。
「てめぇ、地獄に墜ちろ!」
「そうか。よかったな。ここが地獄だぞ」
どういう原理か、首より上だけで言葉を発していたが、斧でかち割ったら静かになった。
割った頭も体も、屍鬼として復活しないように収納し終えて、息を吐く。
終わった。が、もう一つ処理しないといけない問題が残っていた。
「…………行くか」
両親の仇を討ち、恨みは晴れるかと思った。
けれど、心は晴れなかった。
殺意の炎は未だ燻ったまま。
ため息ひとつ。
それで切り替えることはできなかったけれども、次への一歩を進めるための、ほんの少しの余裕はできた。
入ってきたマンホールまで戻り、出て蓋をしてからスキル《洗浄》と《消臭》で体の汚れと臭いを消す。
少し離れたところにいた舞と美麗に向けて手を挙げて、2人が近寄るのを止める。
「どう、したの?」
「まだ、終わってない」
戸惑う舞に短く告げて、
「……そっか」
「ごめん」
うつむく美麗に声をかける。
「じゃあ、また行ってくる」
今度は、返事を待たずに走る。
未だ燻る殺意を、2人に悟られないために。
10:00
要市の南区には、暴力団の事務所がある。
これまでこの街で生きてきて、悪い話は聞かない存在ではあるが。
そもそも、暴力団として存在している以上、後ろ暗いことや悪いことは日常茶飯時なんだろう。たぶん。
正確なところを知らない以上、たぶんとしかいえないが。
E−フォンを操作し周辺地図を確認しながら進み、たどり着く。
視線の先には、高い塀と木製の門。その両脇には、スーツの上から防弾チョッキを着込んだ中年男性が1人ずつ。
厳しい顔つきと防弾チョッキによって膨れた胸板と高い背丈が威圧感を高めているが、おれの姿を確認した中年男性はすぐに声をかけてきた。
「避難者か? よく無事だったな。さあ、こちらに来なさい」
意外なほど穏やかで心配げな声に、戸惑う。
「……い、や、違う。避難者じゃない。落とし前をつけに来た」
ん? と首を傾げて、隣の相方と目を合わせる男性2人。
「んん? まあ、避難者ではないなら、要件を言いなさい。支援物資ならいつでも歓迎だぞ」
落とし前の言葉に特に反応しない2人に、一層戸惑いが深くなる。言葉が足りなかっただろうか。
「組長に会いに来た。てめえの息子の不始末の、落とし前をつけに」
下水道でヤツを追いかけてから、ずっと垂れ流しの殺意を2人に向ける。
怯んだ。けれど、すぐに憐れむような視線に変わる。
「…………はぁ。そういうことか。あのバカは、どこまでカシラに迷惑かければ気が済むのか……。きみ、ちょっと、待っていなさいね」
男性2人の憐れみが、むくれた子どもをあやすような態度になり、戸惑いがさらに深くなった。
なぜ頭をぽんぽんしたのか?
「……カシラ、お客です。例の件で、お子さんが……へい、……へい。分かりやした。さて、少年、少ししたら案内役が来るから、そいつのあとに着いて行きなさい」
「……? 分かった」
穏やかな態度の理性的な相手が、待てというので待つ。カチコミに来たはずなのに。
その間特に会話もなく、1分ほどで門が開く。
坊主頭で目つきが悪い案内役の男は、おれの方の事情を説明されたのか、門番から耳うちされたら泣きそうな顔になっておれの肩を叩いてくる。
「さ、こっちだよ。ついてきなさい」
案内役の背中を追って、門を通る。
ふと見渡せば、立派な日本庭園のあちこちにテントが建てられていて、日よけなのか雨よけなのか、ブルーシートが張られていて庭に陰を落としていた。
その下では、スノコの上に板状断熱材が置かれ、カーペットや敷き布団が敷かれていて、多くの避難民が足を伸ばしていた。
疲れと不安が浮かぶ避難民たちも、案内役の男が手を挙げれば、ホッとした表情を浮かべていた。
「かわいそうにな。あの人たちは何の罪もねえのに、もうこれまでの日常には戻れねえんだ。お前さんみたいにな」
そういう坊主頭に男の背中が、少し丸くなった。
いたたまれないというか、そんな雰囲気。
立派な日本家屋の玄関では、旅館の中居さんみたいな着物姿の女性がいて、頭を下げてスリッパをすすめてくる。
なんのけなしに頭を下げ、スリッパを履いて、こっちだと言う男の背中を追う。
板張りの廊下を何度か曲がって、着いた先。案内役の男が部屋の中に声をかけて、気の毒そうにおれの肩を叩いてから去っていった。
戸惑いどころか、もう混乱だ。目的地に着いたようなのに、今どういう状況で連れてこられたのか、おれの方がまるで分かってない。
どうした、入れ。と声がかかり、引き戸を引いて部屋に入る。
めちゃくちゃ立派な和室だった。
いや、日本家屋だからそうなのかもしれないけれど。少なくとも、暴力団の事務所には思えない。
なんというか、某暴れん坊な将軍様の部屋みたいな印象。
「よう。俺がここのカシラだ。隣のこいつは補佐と思えばいい。で、お前さんはどこの誰で、何の用だ? お前さんの口から直接聞きたい」
迎えたのは、白髪交じりの着物姿で、筋肉質な威圧感のある初老の男性。
座布団にあぐらをかき、肘置きに体を預けて煙の出てない煙管を持つ姿は堂に入っている。
背後に武者甲冑と日本刀の大小が飾られているのも、威圧感に拍車をかけている気がする。
補佐という男は、カシラと名乗った男の左手側で座布団に背を伸ばして正座している姿が妙に印象的だ。
まずは、あのクソ野郎の生首を突きつけてやろうと思っていたが、丁寧というか同情的に対応されて、和室の畳を汚すのをためらってしまう。
仕方なしに、大きいタライに縦に割ったヤツの生首を載せて突きつけてやった。
「これは石嶋竜一の首だ。おれは、数ヶ月前の春に、このクソ野郎が事故死させた夫婦の息子だ」
カシラは、ため息ひとつ。
「そうか。話は聞いている。で、ここに来た目的は?」
頭を割られた生首を見ても、特に動揺もない。自分の息子のはずなのに。
補佐の男は反応すらしない。
「落とし前を、つけに来た」
「俺の首が欲しいか。なら持っていけ。それで満足するならな。その代わり、うちの組にまつわる話を聞いて、お役目を引き継げ」
「お役目?」
眉ひとつ動かすこともなく、カシラが言い出した。
お役目とか、話が変わってきたぞ?




