第38話:9:30、いびつ
ひどく、歪な関係だった。
父親が暴力団の幹部という特殊な生まれは、幼い頃から普通の人と普通の関係を結ぶことができなかった。
女という身であれば、さらに顕著といえた。
人間関係上下関係のトラブルを未然に防ぐために、組員とその親族内での恋愛や肉体関係は禁止されていたから、この身が守られていたようなものであって。
幼い時分より、すり寄ってくる者と恐れて離れる者とが顕著だった。
まともな神経では、組の仕事の汚い部分を直視するには耐え難く。
組と関わらずに離れようとすれば、別の組を始めとした複数の勢力から身柄を狙われる始末。
思春期になる前から、感情を殺して組の仕事に手を染めるしか選択肢がなかった。
……正しくは、家族と安全を捨て、この身を危険に晒す選択ができなかったというべきか。
鉄の掟と暴力装置に守られた、籠の鳥。
組との関係をちらつかせれば、孤立はしたが安全で退屈な学生生活を送ることができた。
大学に入り、法律を学び、やがて組に活かすためと日々生活する中で、ある春の日、事件が起きた。
組長のドラ息子が事故を起こしたのだという。
それも、カタギの夫婦が運転する車に正面から。
ドラ息子は、粘つくようないやらしい目で私を舐め回すように見つめ、命じた。
身代わりになれ、と。
クズの代わりに刑務所に入る下っ端は既に見繕っているという。
私には、事故で亡くなった夫婦の一人息子の元に行き、示談金と称して札束を積み解決してこいと。
渡された金は、人二人分の命と比べて、あまりにも安すぎた。
途方に暮れたが、亡くなった夫婦の息子という遺された少年のこれからの人生を顧みて、両親の遺産や死亡保険などがないか、急いで調べさせ資料を集めた。
金さえあれば、生きていくことはできる。
すがるように、その言葉を繰り返し頭の中で反芻する。
そして、出会った少年の目を見て、戦慄した。
からっぽだった。
怒りも、憎しみもなく。
未来への希望も絶望もなく。
悲しみもすり減った、無表情。
示談金と、保険などもらえるお金。それから、学校に通いながら生活を維持していくための奨学金やバイトの斡旋など。
葬儀の手続きや相続などの必要書類は、不器用ながら言葉を尽くして、ようやく書いてもらった。
けれど、そこからはさらに大変だった。
適当な食事を買い与えても、食べようとしない。水も飲まない。
夜もろくに眠れないようで、日に日に衰弱していった。
数日後、殺されても構わないとまで思って、事の詳細を語った。
なぜ私がここに来たのかを。
誰が事件を起こしたのかを。
「…………なぜ、両親は死なないといけなかったんですか?」
語り終え、長い沈黙の果てに吐き出された言葉に、応えることができなかった。
運が悪かった。ただひと言を、告げることができなかった。
ただ、何でもすると頭を下げた。
「…………じゃあ、ここにいてください」
長い沈黙のあと、少年が語ったのはそれだけ。
理由も分からず涙がこぼれ、少年を抱きしめ誓った。
この子は私が守ると。
それからは、慣れない食事を作り、掃除や洗濯をこなし、たまに組に戻っては、少年の帰りを待つ日々。
ひと月、ふた月とかけて、少年との距離を縮め、同時に、いつ殺されても構わないよう、欲望の吐け口にされても構わないよう覚悟も決めて過ごした。
とても、とても穏やかな日々だった。
2人はまるで、本当の家族にでもなれたかのように、なにげない話題で微笑み合い、共に食事をとり、同じ部屋で眠りにつく。
そんな、穏やかでささやかな幸せを感じる日々だった。
同時に、ひどく、歪な関係だった。
そして、ある夏の日。
・称号《適合者》獲得。
・適合者:世界改変の影響により変異した存在。
お前は融合したこの世界に適合した。戦え。そして生き残れ。
:全能力+10、ポイント10000獲得。
世界が、変わった。
それは、少年との日々に終わりを告げる終末の角笛。
組からの呼び出し。葛藤。書き置き。いったん握り潰し、内容を書き直して、改めて書き置き。
安全な場所に避難しなさいと。
バケモノが人を襲い、倒れた人が起き上がり人を殺す、地獄のような光景の中で。
思い出すのは、これまでと変わらぬ幸せな日々を享受する権利を喪った少年の心を、弄ぶかのような数ヶ月。
これが、因果応報なのだろうと。
バケモノにこの身を引き裂かれ、命を落とす瞬間に、
ふと、そう思った。
どうか、無事でと、届かぬ祈りを捧げながら。
所々に雑に転がされている被害者女性を踏みつけないよう気を配り、銃を持たされたり盾にされたりしている被害者男性をついでに無力化しながら、半グレどもや暴力団組員どもを始末していく。
突出しているのは自覚していた。
今回の目標は、敵勢力の壊滅と被害者たちの保護。
そのうちの、敵勢力のトップは、石嶋竜一。両親の仇だ。誰にも譲るつもりはない。
引き金を引くより速く、銃を向けるより速く接近し、撃たれる前に仕留める。
レベル差による速さの違いは圧倒的で、抵抗も許さずに次々狩り獲っていく。
動かない的を破壊していくような、作業に近い形で鏖殺していくと、おかしなモノが視界に入った。
・歪鬼 タイプ:鬼・怪異・悪魔・外道
:人の道から外れ、己の業の報いを受けた鬼。
腐れ外道の成れの果ては、より禍々しい歪なナニかへと堕ちた。
際限なく呪いを振りまくソレは、もはや移動する災害に等しい危険な存在。
ソレは神敵である。迅速確実に討滅せよ。
神の敵ときたか。
なんだか鑑定スキル先生が一部見たことある感じの文章を表示しているな。なんだっけ? まあ、今はそれどころじゃないからどうでもいいか。
歪な鬼の文字どおり、二足歩行だが全身が禍々しく歪んだ形と色をしている。
両目と口と下半身からはみ出る異様に長い舌……触手の先から、無数の小さい触手が蠢いていた。
腕の数も指の数も関節の数も正しくない。
関節の曲がる方向すらおかしかった。
歪 (いびつ)の文字を分けると不正となるように、なにもかもがおかしい。
普通にキモい。
音すら置き去りにして接近、縦にカチ割る。
首をはね、心臓を貫く。
それでも、無事な両腕からキモい触手を生やしてキモく反撃してきた。
回避に合わせて呪詛を飛ばしてくる。
鬱陶しくまとわりついてくる呪詛は、スキルの効果で無効化できる。
触手の先から毒霧のようなものまで吐き出してきた。
見た目はキモいが攻撃はもっとキモい。
斬り離された断面から触手のようなものが伸び、体がくっついた。
再生能力も半端じゃないな。核を破壊するか、順番か条件か。
なにか弱点はないものか。
鑑定スキル先生、お願いします。
・歪鬼 タイプ:鬼・怪異・悪魔・外道
:弱点などない。核となるものは、その身から溢れる怨嗟の呪詛のみ。
滅するには、それ以上の力を持ち方向性の異なる呪詛をぶつけるか、神聖な力で断罪するか、慈愛の心で浄化するか、尽きるまで断ち斬るかだ。
なるほど。つまり、死ぬまで殺せばいいんだな。
歪鬼の胸や腹から触手が生えて迫る。
触手の先から無数の細かい触手が生える。それはもはや、散弾銃のような数と勢い。
そのすべてを断ち斬る。そしてアイテムボックスに収納する。
踏み込みながら太い触手も断ち斬り、収納しつつ手足を断つ。
触手は収納できたが、手足はできなかった。斬った箇所がすぐにつながっている。
「……めんどくせえやつ」
大きく切り取ると収納できないことを確認して、いったん離れる。
すると、ひるんだとでも思ったのか、ニチャアとキモい表情で手を向け、指を伸ばしてきた。
細かく刻んで収納してみる。すると、本体に近い方はつながったが、先の方は収納できた。
「なるほど、分かった。……じゃあ、」
今度は、おれの方が嗤う。
「死ぬまで殺す」
今度は向こうがひるんだ。
だが、もう遅い。
接近、分割、収納。
敵の視界の外に高速移動、分割、収納。
全方位に毒霧、いったん離れる。
再接近、分割、収納。
全身の再生に合わせて、全身に全方位を見れる無数の眼が出現。
すべてを斬って潰す。
変な方向に伸ばした触手は優先して断つ。
人を喰らうつもりだろうか。そんなことはさせない。
分割、収納。分割、収納。
わずかな時間の攻防で、既に敵の体積を超える量を刻んで収納しているのだが、再生速度は一向に衰えない。
しかし、歪な数の四肢までは再生せず、体格も枯れ枝のように細くなっている。
動きも鈍くなったし、触手を生やす数も片手で数えるほどになった。
深く踏み込み、片腕を斬り飛ばす。収納。できた。再生しない。
残る手足を斬り飛ばし、心臓を貫いて首をはねる。収納。できた。
・歪鬼の死骸:ファームに送りますか? Y/N
ノーだよ。こんな気持ち悪いの眷属にしたくねえ。
召喚契約書:歪鬼 (根取 八郎)
歪な肉片×999
未だ蠢く触手×999
呪詛の篭もった溶解液×999
なにを取得できたかちょっと気になったので、警戒は解かずにアイテムボックスの中身を確認。
…………キモっ! 嫌がらせかよ!?
……うん、なんというか、嫌がらせみたいなアイテムを得ている。
正直、売却したい。
それと、この鬼、なんか名前が……誰だっけ? まあいいか。どうでもいいし。
大きく息を吐いて、意識を切り替える。
目につく敵はもういない。
周囲を確認すれば、状況が収束に向かっているのが分かる。
敵の眷属となった屍鬼はあらかた倒し、敵の生き残りは逃走を試みて周囲で待機していたおれの眷属たちに仕留められている。
拉致され生き残っていた被害者たちの救助も始まり、今は残敵の捜索と、仲間の少女たちとの合流や安否確認がメインになっている。
そんな中、鑑定スキル先生が教えてくれた。
・新沼 直子・屍鬼 レベル28 タイプ:人、不死
:父が暴力団の構成員のため、生まれたときから鉄の掟に守られた籠の鳥として生きてきた。
世界改変後、組に帰還する際魔物の群れに襲撃され、お前の無事を祈りながら命を落とす。
その後、ネクロマンサーにより眷属にされ、手駒として戦い続けていた。
お前を求める者がここにいる。
今こそあらゆる呪縛から解き放つとき。
「新沼さん…………直子さん」
ほんの数ヶ月だけれど、家族のように同じ時間を過ごした女性。
彼女との出会いも、関係も、歪で救いがなかった。
それでも、彼女の誠意と献身で、両親を喪い壊れかけていたおれの心は持ち直した。
恩人だった。それが、姉弟のような関係になり、今は敵として対峙している。
かろうじて大事な部分を隠せる程度のボロキレのような衣服を身に纏い、血に塗れ、刃こぼれし、歪んだショートソードをおれに向ける直子さん。
その姿は、見えない糸に操られようとし、抵抗しているかのよう。
「今、解放します」
鉈と斧を腰の鞘に収め、直子さんの元に寄る。
すると、その必要はないとばかりに首を振る直子さん。
次の瞬間。
直子さんは両手に持つ2本の小剣を、自分の首と左胸に突き刺した。
あるいは、彼女なら。
そうは思っても、本当にネクロマンサーの死霊操術に抗うとは。
急所を貫き崩れ落ちる直子さんを抱きとめ、剣を引き抜く。
そっと横たえて、《修繕》スキルで体と衣服を直してから、アイテムボックスに収納した。
涙が一雫、零れ落ちる。
それは、恩人の死を想ってのものか、恩人との再会を想ってのものか、あるいは、術者の命よりおれとの絆を選んだ自決を想ってのものか。
自分でも、よく分からなかった。




