第23話:15:00、交渉……というよりは
15:00
「避難民はこっちの男女合わせて17人。要第一高校の生存者たちだ」
「では、きみたちは?」
「別の場所を拠点にしている。今回は、生存者の移送と情報交換に来た。情報の対価として、支援物資を提供する用意がある」
市役所職員を名乗る男性と向かい合う。
・沢村 直信 レベル8 タイプ:人・術士
クラス:結界師
要市役所職員。妻は市役所避難所に避難して無事。
地味だが堅実で丁寧な仕事が評価されているものの、昇進等には反映されていない。
真面目で残業を厭わない姿勢から、仕事を押し付けられやすく、日常的にストレスを溜めていた。
しかし、穏やかな性格が仇となり、環境の改善はできないままでいた。
素質:闇・木
適性:幻術師、呪術師、召喚師、罠師
・沢村 九九理 レベル9 タイプ:人・術士
クラス:幻術師
要市役所職員。サイズはD。
真面目で物静かな美人ではあるが、表情が乏しく気味悪く思われることがあり、恋人などはいたことがない。
本人の能力は高いが、人の役に立つことに静かな喜びを感じたため、父と同じ道を選んだ。
好感度はE。(知らない人)
素質:水・土・闇・氷
適性:魔術師、僧侶、呪術師、召喚師、人形師、薬師
もはや反射的に《鑑定》スキルを行使して情報を読み取ってしまう。
結界師は、指定した領域内に様々な効果を付与したり、壁や盾を展開する守りの力に優れるクラスで、幻術師は幻覚を見せて敵の行動をコントロールしたり幻影兵士を召喚して戦わせたりごく短い時間魔物を召喚して一撃だけ攻撃させたりといった、技術や判断力が必要となるクラスだ。
2人ともレベルは低いが、後方にいたらとても心強いだろう。
「……ところで」
男性と距離を詰め、首に手を添える。
「何している!?」
物見櫓から焦った声が響くが、無視する。
「責任者、と言われて、本当に出てくるやつがあるかよ。ゲートは開けっ放しだし、警戒心が薄いぞ。……おれが、襲撃を目的としていたらどうするつもりだ?」
小学校では、すでに顔見知りだったこともあり、警戒とか言うには手遅れな気もしていた。
だが、ここの市役所避難所は初対面だ。警戒を促すのは意味があるはず。と、思う。
「ご忠告、痛み入ります。ですが、世界がこんな風になってまだ3日目です。襲撃する者がいると仮定しても、まだそこまでではないと思っていました。……それに」
女性の方がおれの腕に手を添えて、男性の首からそっと引き離す。
「それに、あなたからは敵意や害意を感じません。私たちを害することが目的であれば、お仲間を連れては来ないでしょう」
おれの後ろの女性陣に視線を向ける女性。
そりゃそうだ。と言いたくはなったが、こらえる。
たしかに、女性の言うとおり世界がこんなになってからまだ3日目だ。
生存者が、実は襲撃者だというような展開は、これから先には起こるかもしれないが、今はまだだろう。
そこは同意する。
「まあ、警戒心を植え付けるのは、もののついでだ。魔物だけでなく人間が敵になるかもしれないとは、頭の片隅にでも入れておいてくれ。それで、こちらは情報がほしい。それに応じて、物資を出すつもりだ」
「……あまりからかわないでおくれ。私はただの市役所職員だよ。荒事は得意なわけじゃないんだ。でも、うん、そうだな。人間は良い人も悪い人もいる。今後は警戒するよ。……それで? きみがほしい情報はなんだい?」
男性が、首をさすりながら問いかけてくる。
額から流れた汗は、夏の暑さだけが理由ではないのだろう。
「この避難所の人数や規模、必要としている物資、逆に余っていて提供できる物資、欲しい設備、要第一中学校及び要第一高校の生徒の家族がいるかどうか。などだ」
父と娘は、顔を見合わせて困ったように言う。
「……うーん……。それらは、ちょうど今、取りまとめている最中なんだ……」
「この避難所に何人避難しているか、今はまだはっきりとは分かっていないんです。1000人を大きく超えているのは確かですが」
「でも、そうだな。支援は欲しい。備蓄だけであと何日食べていけるのかも今はまだちゃんと分かっていないんだ。物資はたくさんあるほどいい」
子どももいるからね。泣かせたくはないよ。
そう言って、男性は頼りなく笑う。
「……うーん、じゃあ、次来た時にでも、まとめた資料とかもらえるならそれでいいや」
後ろの方から視線を感じる。
男性の首に手を添えた件、なにやってるの、とか思われてるんだろうなあ。
でも口に出さないあたり、ありがたい。
じゃ、やるか。
1000人単位なら100万円相当は消費するかもしれないが、欲しい情報が得られるならそれでいい。
「えーと、玉ねぎ、にんじん、キャベツ、白菜、ごぼう、レンコン、しいたけ、ねぎ、だいこん、こんにゃく、豚肉、みそ、米、あと大きい鍋も必要か」
1人あたり何グラムで必要なのは何キロと計算しようとしたが、人数はっきりと分からないならと面倒になって、E-フォンのショップで多めに購入していく。
「市役所職員の沢村です。大量の食糧支援が届きました。手が空いている人は搬入を手伝ってください。支援物資は軽トラック数台分に及びます。皆さんで協力して炊き出しをしましょう」
男性は木箱に入った大量の野菜に驚いていて動けなかったが、女性の方が無線で応援を要請していた。
ほどなく、市役所の敷地内から軽トラックが出てきて、野菜の入った木箱を次々と積んでいく。
まだ水道も止まっていないそうだし、水魔法を取得している者がいれば、水には困らないだろう。
ここに来るまでに電信柱が何本か倒れてはいたものの、市役所の建物内では電気も使えているようだ。
暑さも大変だろうが、鉄パイプや木材を組み上げて、ベニヤ板で屋根をかけている。
直射日光が当たらない場所を作って、暑さ対策もやれるだけやっていた。
まだ、3日目だ。まだ大丈夫だろう。
「すまないね。なんてお礼を言ったらいいのか……」
「避難者の名簿、急がせます。ありがとうございます」
礼を言う沢村父娘とE-フォンの連絡先を交換する。
それから、女性の方と少し離れて耳打ちする。
(……あの、すごく失礼な話だと思うけど、風呂とかどうしてるか聞いても大丈夫?)
(…………においますか?)
(いや、におわない。でも、これは必要かなと)
E-フォンのメールで《洗浄》のスキルを10個添付して送る。
それに追加して、《ヒール》と《解毒》も5個ずつ。
各1000ポイント。10万円相当。
これだけでも、200万円相当だ。
蘇生薬も1個だけ送ろうとして、やりすぎだと思いやめた。
「ありがとうございます。……本当に、本当に助かります」
「スキルを渡す相手は、気をつけた方がいいと思う」
「そうですね。そこは慎重に。名簿の件もそうですが、私ができることであればなんでもしますので、お気軽にお声がけください」
なんでも、というので視線が下に向きそうになって、あわててそらす。
「内緒話かい?」
「……特に、変なことは言ってない」
「そうですね。ただ、気を使ってもらいました」
女性の父という、男性が割り込んでくる。
変なことをしたわけではないけれども、変に緊張してしまうのを自覚した。
「じゃあ、また今度。なにかあれば、メールとかで知らせてほしい」
「ありがとうございます。資料は急ぎまとめますので」
「助かったよ。なにかあったら相談してほしい。人員を割いて協力するよ」
父娘は深く頭を下げる。
もう一度別れを告げて、みんなのところに戻る。
案の定、一華さんや双葉さんから小言をもらったが、その内容は、びっくりするから事前に教えてほしいという要望だった。
ほかの避難所も回りたいが、焦りは禁物と諭されて、今日のところは中学校に帰ることにする。
帰る途中、食料品を扱う店舗や飲食店に立ち寄って、加工されていない生の魚や肉をアイテムボックスに回収していく。
それらは、もうすでに傷んで食べられなくなっているだけでなく、異臭を放っているものもあった。
夏の暑さだ。仕方がない。
ただ、コンビニをはじめ、無事な食品もたくさん残っていた。
その中で、賞味期限が近いものは回収、缶詰や保存食、お菓子類はそのままにしていく。
中学生組は、お菓子を食べたそうにしていたものの、弓削さんに諭されてあきらめていた。
おれの仲間は全員、おれが魔物を倒すと少しだけ分け前をもらうことができるから。
でも、ほかの人は、自分で魔物を倒さないと経験値もポイントももらえない。
自分たちはE-フォンで買えばいいけれども、ほかの人はそうはいかないよ、と。
年少の子たちを甘やかしたい乙骨優と、ある程度厳しくしたい弓削奈月さんとで、意見は割れているようだ。
これくらいならいいでしょう? と、乙骨優が無事な冷凍庫からアイスを取り出す。そして、自分の財布からお金を取り出してレジに置く。
今日もがんばったみんなにご褒美と、アイスを配っていく乙骨優と、自分も財布からお金を出しレジに置いて、冷蔵庫から飲みものを取って配る弓削さん。
なんだかんだ優しいし、ちゃんとお金を置いていく律儀なところもある。
…………そのお金を回収していきたいのだが、やめておくか。
なんか、三樹がじーっと睨んでるし。
「お父さん、あとで相談があります」
少年が去ったあと、ここ市役所避難所の責任者の1人である父に声をかける。
少年からもらったものをどうするか、相談しないといけない。
「今じゃないのかい?」
「今は、炊き出しを手伝いましょう」
「そうだな。がんばろう」
きょとんとする父に、まずは支援してくれた食料で夕食を作るのが先と促す。
少年が連れてきた、市立要第一高校の生徒だという男女もやる気十分で手伝ってくれるようなので、集まってくれた避難民の人たちと一緒に、野菜たっぷりの豚汁を作って味わう。
美味しい食べものを前に、みんな笑顔だった。
「さて、集まってもらいありがとうございます。みなさんに相談があります」
ここの避難所の中心人物たち、同僚や先輩の市役所職員たちを見渡す。
そして、E-フォンからスキルを取得できるビー玉サイズの光る玉、スキルオーブを取り出す。
内容は、《洗浄》、《ヒール》、《解毒》。
これらを、誰に取得してもらうかの相談だ。
無事な市役所職員は、40人ほどいる。その中で、レベルアップした者は30人ほど。
どうしても戦闘を忌避してしまう者もいるが、レベルアップしないとスキルを取得することができないため、いずれは全員レベルアップしてもらいたいところ。
職員たちは、避難者たちに指示を出す側として活動しているが、過度な役割を担うと、疲労やストレスで倒れてしまいかねない。
そのへんのバランスも考慮する必要があるので、会議を開いたのだった。
相談内容を説明していくと、特に《洗浄》のスキルが重要視されていた。
今のところ、ひどいケガをした者は少なく、みんなショップで購入できる回復薬でなんとかしていた。
ただこれも、ポイントを消費してしまうため、自然回復するMPで行使できる《ヒール》は即効性もあり戦闘時に重要だと説くと、戦いたがらない職員たちは興味を失いだした。
以降は、積極的に意見をする者と無言で過ごす者に分かれてしまうものの、私が3種のスキルを取得することはほぼ強制で決まった。
負担を分散するために、職員以外にも3種のスキルを配布することも決まった。
特に《洗浄》は、現在シャワーは使えるものの入浴と洗濯が難しい状況のため、清潔を保つためには重要な役割を持つために、市役所職員に近い人物に渡し、協力してもらうことになる。
わずか10人で、仮に1000人にスキルを行使すると考えると、1人あたり100人計算。
毎日は、とても無理。
我慢を強いることも心苦しいものだけれども、どうしようもない部分もある。
避難者も、武器を持って戦ってくれる人も多く、戦闘以外でも協力してくれる人は多い。
なにもしようとしないのは、家族を喪った悲しみに暮れる人たちだ。
レベルアップしない職員たちも、それは例外ではなく。
誰もが、悲しみやつらさを胸に秘めて、生きている。
がんばろう。
改めて、そう思う。
少年が支援してくれた食料で作った夕食を食べ、笑顔を浮かべた避難者たちを思い、決意を新たにした。




