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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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キラキラとドロドロ


「──ティ~アちゃんっ。聞いたよ、明日からも塾に出席するんだって? 最初は一週間だけって聞いてたから、今日で終わりかと思ってたけど、また一緒に授業を受けられるなんて嬉しいな~!」

「うん! ティア、もっともっとおべんきょーして、かしこくなるのっ! そしたらリュージがなでなでしてくれるんだ~! だからがんばるのっ!」


 と、放課後の教室でガッツポーズを決めてみせたティアに、彼女を囲む奴隷たちから拍手が上がった。帰り支度を始めたヘスペルが、そんな一同の様子を冷ややかな眼差しで眺めていることには、もちろんティアは気づいていない。


 リュージの許可を得て、人間たちと共に読み書きを習い始めてから一週間。


 まだ古竜文字(グレグンヴァイン)すら習っていないティアに人間の文字が習得できるのかと、初めは火神竜(エドゥ・ファルグム)──いや、人間界(ここ)では「ジュンコ」と呼ばなければならない──にも気を揉まれたが、ティアは思いのほか順調にアルファベットなる二十六の文字の使い方を覚えていた。


 AからZまでの文字は大文字も小文字も三日で書けるようになったし、(つづ)りを覚えた単語も続々と増えている。文章を書くのはまだ難しいが、単語だけなら既に二十か三十は書き出せるだろう。おかげで言霊(ネセス)の原理によって普段は耳にする機会のない人間の言語が学べるのも楽しい。たとえば古竜語(エルグナーグ)では「人間(アメリカン)」と呼ばれる彼らは、自らの種族を「ヒューマン」と呼称しているようだ。


 まったく同じものを指す言葉なのに、竜と人間で呼び方が違うなんて面白い。


 おまけに一緒に授業を受ける竜の園(ドラゴンメナジェリー)の奴隷たちは、ティアが想像していたよりもずっと優しかった。天竜の頂(セルクティクス)で暮らす父や母は常々「人間は狡猾かつ残忍でとても恐ろしい生き物だ」と言っていたけれど、少なくともここにいる彼らはいつもにこにこしていて親切だ。


 ティアが分からないことは()けば何でも教えてくれるし、ことあるごとに「かわいい」とか「綺麗だ」とか褒めてくれる。人間がみんなリュージや彼らみたいだったなら、竜族とだって仲良く暮らせそうなのにと思う。


 でもきっと、竜の中にも人間と歩み寄ろうとするものがいたり、敵意を剥き出しにするものがいたりと色々あるように、人間の中にもいいものと悪いものがいるのだ。そして今は悪いものの方が数で(まさ)っているから、リュージやジュンコが頑張っていい人間を増やそうとしている。


 だから自分もたくさん勉強してリュージを助けるんだ!


 と眉尻を上げて気合いを新たにしたところで、ティアを囲む人垣の外から呼び声がした。どうやら教科書や帳面(ノート)、木炭といった勉強道具を片づけていたヘスペルが帰り支度を終えたようだ。


「ティアちゃん、そろそろアルコル宮へ戻ろう。リュージが待ってるよ」


 と、ヘスペルが促すので、リュージの名を聞いたティアは勢いよく立ち上がって「うん!」と弾んだ返事をした。勉強道具はエレノアが作ってくれた布の袋に大急ぎで詰め込んで、ヘスペルやシエルと一緒に教室を出る。


 奴隷たちは授業のあと、いつも一時間だけ休憩の時間がもらえるので、ヘスペルはいつもその間にティアをアルコル宮まで送ってくれるのだった。


 ちなみにシエルは教室を出るまでは一緒だったが、一旦竜の園の二階にある自室へ戻るというので廊下で別れる。彼は園の記録係に任命されたあと、しばらくアルコル宮でリュージたちと共に過ごしていたけれど、アスバルとふたりで花竜(フラワー・ドラゴン)の面倒を見るようになってからはまた園で生活するようになった。


 ティアはシエルの描く絵が好きだから、彼がアルコル宮を離れてしまったのは少し残念だ。でもリュージはシエルが自分で望んだことならば、今は見守ってやろうと言っていた。ただ、もしもシエルがリュージの知らないところで困ったり苦しんだりしているのに気づいたら、すぐに知らせてほしい、とも。


(うーん……シエル、今日はなんだか疲れてるみたいだけど、こまってはいなさそう。(グローヴィ)もみどり色だからだいじょぶだよね? でも……)


 と、ティアが気になるのはむしろ自分を見送る他の奴隷たちの方だ。


 彼らはさっきまであんなににこにこしていたにもかかわらず、ティアがヘスペルに呼ばれて教室を出ると、途端にすっと笑顔を消した。


 それどころかヘスペルを睨むような目つきをして、体から滲み出る氣も禍々(まがまが)しい色合いへと変化する。いや、氣とは本来色として知覚できるものではないのだが、ティアの感覚だとそういう風に感ぜられる。


 竜の中には氣の感じ方をにおいに(たと)えるものもいるけれど、ティアとしてはやはり色に譬えた方が何となくしっくりくるのだった。


「ねえ、ヘスペル。ドレイのみんな、なんか怒ってる?」

「うん? ああ、いや、あれは怒ってるっていうか、たぶん嫉妬してるんじゃないかな……僕がティアちゃんをひとり占めしてると思ってさ」

「ひとりじめ?」

「そう。あいつらはみんなティアちゃんを自分のものにしたいのさ。なのに僕がいつもティアちゃんの傍を離れないから妬いてるんだよ。〝おれたちとティアちゃんの仲を邪魔するな!〟的な、下心と欲望剥き出しでね」

「したごころ……?」

「そうとも。いやはや、まったく嘆かわしいね。どいつもこいつも男だらけの教室に女の子が来た途端、みっともなく鼻の下を伸ばしてデレデレしてさ。ていうか、そもそも僕がティアちゃんと一緒にいるのはリュージに頼まれたからであって、やましい気持ちなんて1ミリもないってのに、勝手に嫉妬なんかされても困っちゃうよ。そりゃ確かにティアちゃんは美人でかわいくて……その……い、色んな意味で魅惑的な女の子、だけど……で、でも僕は今も昔もラドニアさんひと筋だからね! 浮気なんかするわけないんだよ!」

「分かる~! ティアもリュージひと筋! リュージとならつがいになってもいいもん!」

「え? つがい……?」

「そうだよぉ! 〝つがいになる〟はティアのお父さまとお母さまみたいに、いっしょになって暮らすことだよぉ!」

「あ、ああ、うん、まあ、それは分かるんだけど……ティアちゃん、〝つがい〟っていうのは基本的に人間以外の生き物に使われる言葉で、人間同士が夫婦になるときは〝結婚する〟って言い方をするんだよ」

「えっ、そうなの……!? じゃあ、ティアはリュージとケッコンしたい! お父さまとお母さまは、きっとダメって言うけど……」

「あー……リュージは奴隷で、しかも黒髪人(ダークヘアー)だからかい? ていうか、実は前から気になってたんだけど、ティアちゃんのご両親って話を聞く限り健在なんだよね? なのにこんなところで奴隷なんかやってて大丈夫なのかい? ご両親も今頃、竜に(さら)われた娘のことを心配してるんじゃ……」

「さらわれた? ……あっ、そっか! えっとぉ、そこはだいじょぶなの! お父さまとお母さまは、たぶんティアがもう食べられちゃって、帰ってこないと思ってるから……だからティアは、今はリュージに恩返しするの~! いつかはおうちに帰るけどねっ!」

「う、うーん……一度奴隷になっちゃったら、自由の身になるのってかなり難しい気がするけど……ま、まあ、かく言う僕も色々あって奴隷身分から解放されたわけだし、意外と何とかなる……のかな……?」


 と、ヘスペルは顎に手を当てて何やら考え込んでいたものの、最終的には納得してくれたようでほっとした。あぶない、あぶない。ティアがリュージのもとへやってきたいきさつについては、きっと今後も勘繰られ続けるだろうからと、リュージやジュンコが事前に考えてくれた()()をちゃんと覚えておいてよかった。


 実際の両親は今も天竜の頂で天神竜(イクスフォグド)に仕えていて、ティアが彼の命令で火神竜(ジュンコ)のもとへ遣わされたことを知っている。よって何も心配していない……とは言えないが──何しろまだ幼いティアを人間界へ送り込むなんて、と、両親は最後まで不安がっていた──ともあれティアが竜に食われたと早合点して泣いている両親はどこにもいないわけだから、心置きなくリュージに恩返しができるというものだった。


「ま、まあとにかく、ティアちゃんには帰りを待つ家族もいるわけだし、だとしたらなおさら気をつけないと。手習い塾のやつらはみんなティアちゃんを狙ってるんだから、絶対に隙を見せちゃいけないよ」

「……? そうなの?」

「そうだよ! それでなくともあいつらは女の子に飢えてるんだから! 園にいる他の女性奴隷はほとんど結婚してて手が出せないしね」

「ケッコン……してると狙われないの?」

「そりゃ相手は人妻だもの。ソフィア聖教では結婚後の姦通は厳しく禁じられてるからね。相手が既婚者だと知ってて手を出すと重罪になるんだよ」


 アルコル宮までの帰り道、ヘスペルは隣でずっとそう熱弁を(ふる)っていたけれど、本当にそうなのかな? とティアは内心首を傾げた。


 だって塾で声をかけてくる奴隷たちの氣は、ティアを前にすると黄色くキラキラして、少なくとも竜が獲物を狙うときのような獰猛さは感ぜられない。


 そのキラキラの中に時折、どろりとした黒っぽいものが混ざるのには気づいていたけれど、それでも彼らはにこにこを崩さず、ティアにも優しく接してくれた。


 だから翌日、授業の合間の休み時間に、ヘスペルとシエルが話し込んでいるのを見計らったケニーという名の若い奴隷が、


「ティアちゃん、ティアちゃん。よかったら今夜、おれたちとイイコトしない?」


 と小声で耳打ちしてきたときも、さして警戒せずに話に乗ってしまったのだ。


「イイコト? イイコトってなぁに?」

「実はおれたち、日頃の感謝を込めてリュージさんにサプライズをしようと思ってるんだ。それにぜひティアちゃんも協力してくれたらなぁと思って……」

「さぷらいず?」

「そうそう。リュージさんが〝アッ!〟と驚くようなことをして喜んでもらおうって計画さ。ただ、ビックリしてもらうためには絶対に計画を隠し通さなきゃならないんだけど……ティアちゃん、今日の夕方頃にこっそりアルコル宮を抜け出してこられるかい?」


 このときケニーの話を聞いたティアは、思わずぱあっと目を輝かせた。さぷらいず。リュージに喜んでもらうための秘密の計画。なんて楽しそうなお誘いだろう!


 そう思ったティアは一も二もなく「やる!」と答え、夕食の時間の前にひとりでアルコル宮を抜け出してくると約束した。ケニーの笑顔の裏にあるドロドロの意味にも、そんなティアたちを無言で睨みつけているアスバルの視線にも気づかずに。


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