事実はゲームや漫画より奇なり(★)
フィリポの月、三十日、水曜日。
俺はそいつを〝カール〟と名づけた。命名の理由は単純明快。
頭部の後方から生えた二本の角が、見事にカールしているためだ。
恐らくは角が頭の後ろに向かってまっすぐ伸びると、襟飾りを開いたときに角が刺さってしまうから、それを防ぐためにあんな形状をしているのだろう。
見た目も大きさも、ちょうど明治製菓のベストセラー商品『カール』を上向きに乗せたような感じだ。おかげで先端は前を向いているから、まあ、武器として使えなくもない。けど武器にするにはちょっとサイズが小さすぎるし、頭を下げると先端も下を向いてしまうから、使い勝手は悪そうだ。
そもそも竜には天敵がいないはずなのに、どうしてどの種も角を生やしているのだろう。少なくとも地球には、角を生やした肉食獣は存在しなかった。
角というのは牙や爪といった武器を持たない草食獣が、敵から身を守るために進化の過程で獲得したものであり、肉食獣にはそもそも必要がないからだ。
この疑問についてジュンコに尋ねたら、
「アンテナじゃよ」
と、まったく予想外の答えが返ってきた。
「先日、わしらは発声器官に頼らずとも会話ができると話したじゃろ。その能力を〝心読〟というのじゃが、わしらはそれを角を介して行っておる。つまり相手の魂から発せられた言霊を受信し、また自らの言霊を発信するための感覚器が角、というわけじゃ。ま、中には進化の過程で別の役割を持たせた竜もおるものの、基本的にはわしらにとって、角とは武器ではなく己が魂の一部と言える重要な器官というわけじゃな」
「じ、じゃあひょっとして、おまえらみたいに言葉を喋れない竜も、その心読とかいうのを使ってコミュニケーションを取ってるのか? 人間には聞こえないイルカの反響定位みたいな……?」
「うむ……地球風に言うとそうなるかの。とにかく、わしらの角は自らの氣の増幅器であると同時に、万物が発する氣を受信するアンテナでもある。ゆえに角が折れてしまうと心身に深刻な影響を及ぼすのじゃ。よって牛や山羊のように除角しようなどとはゆめゆめ考えるでないぞ」
「お、おう。そうか……竜にとって角を折られるってのは、ヒゲのある動物がヒゲを切られるようなもんなんだな。けど、だとしたらイヴは……?」
と、俺がジュンコの話を聞いて真っ先に気になったのは、他でもないイヴのことだった。彼女の両側頭部からそれぞれ伸びる黄金の角は右の方が出会ったときから折れていて、ふた月近く経過した今もサイの角のように再生を始める気配はない。
そもそも竜の角とは骨なのか角質なのか。
見たところイヴの右角の断面には、血管が通っていた痕跡が見られないから骨ではない──つまり再生の可能性がある、と思いたいんだけどな……。
「それが其奴との意思の疎通を困難にしておる元凶よ。イヴは目下片方の角しか機能しとらんせいで、外部からの情報を取り込む能力が著しく低下しておる。おんしの言葉をほとんど理解しとらん様子なのもそのせいじゃ。もっとも其奴の血統を思えば、自力で角を治すことも可能なはずじゃが……」
ジュンコの見立てによれば、イヴは恐らく竜術が使える。そして竜術が使えるならば、再生に必要な源素を集め、自力で角を治すことも可能なはずだという。
ところがイヴは恐らく竜術の使い方を体得する前に片角を失っており、意思の疎通が難しい現状では教えるのにも時間がかかる。
おまけに問題なのが俺の右手にも嵌められている術枷だ。こいつのせいでイヴの角の機能は余計ににぶり、竜術の使い方を覚えたところで使えない。
かと言ってフリーダやギゼルに枷をはずしてやってくれと頼んだところで、許可されるとは到底思えないしな……。
「いや、けど竜術で再生できるなら、おまえの力で何とかしてやれないのか? むしろイヴよりも神竜の血を引くおまえの方が竜術を使いこなせるんじゃ……」
「いや。肉体の欠損を癒やす術は、残念ながら己自身にしかかけられぬ。わしらの体は源素配列と呼ばれる、固有の源素の並びによって個というものを確立しておっての。ま、要は地球でいうところの、遺伝子の塩基配列みたいなものじゃ。そして己の体を構成する源素の正しい配列は、本人以外の誰にも分からぬ。ゆえに他人が安易に治癒や再生を手伝うことはできんのじゃよ」
「げぇ……治癒の魔法ひとつかけるのに遺伝子まで関わってくんのかよ……」
「ふん。現実はゲームや漫画ほど甘くはないということじゃな」
「……ていうかさ。ジュンコ、おまえ、前世はほぼ爬虫類館のケージの中で一生を終えたってのに、なんでゲームだとか漫画だとかそんな知識まで──」
「じゃが幸いと言うべきか、此奴は両角を失ったわけではなく、左の角は機能しておるようじゃからの。時折急に喋り出すのは、どうも外部から強い氣を受けた際、一時的に魂が活性化して起こる現象のようじゃ。つまり他者の強い感情を感じ取ったとき、此奴の魂も共鳴し、忘れたはずの言葉を断片的に思い出せる状態になるようじゃの」
「あ……そうか。だからあのとき……こいつが急に喋り出したのは、ブルーやレクスの気持ちに反応したからだったんだな」
おかげでようやくイヴの謎がひとつ解けた。
思えばイヴが突然喋り出したのは決まって他の竜が傍にいるときだったもんな。
あるいはこいつの共感能力の高さも、犬のような嗅覚由来のものではなく、他人の氣を感じ取る能力からきているのかもしれない。
しかしジュンコはイヴの正体や謎について、他にも色々と掴んでいる様子なのにもかかわらず、俺が説明を求めても首を縦には振ってくれなかった。
何でもイヴの発する氣から読み取れることはいくつかあるものの、どれも曖昧で虫食い状態らしく、確証が得られるまでは憶測でものを言いたくないのだという。
とすれば今の俺にできるのは、竜のことをもっとよく知って、イヴが抱えている問題の解決の糸口を探すこと。でもって一日も早い竜と人類の融和を目指し、イヴが術枷を嵌めなくても許される状況を作ることだ。そのためにも気合いを入れてドラゴン・パーク計画のプレゼン資料を完成させないとな。
まあ、とは言え英語の読み書きができない俺に計画書の作成は無理なので、そこはギゼルやラドニア頼みになるのだが。
「んん……体重は……よし、順調に増えてるな。昨日はようやく丸太にも登ってくれたし、登れる場所を作ったら明らかに常同行動が減った。とすると、やっぱり放飼場に木は必須か……ただそうなると柵の高さや素材がな……」
と、俺はカールが入れられた檻の前にあぐらをかき、日誌に今朝の観察記録を書きつける。鉄格子の向こうには、フーヴェルオに頼んで特注してもらった竜用の大型体重計と、その上に置かれた肉をばくばく食べる当園唯一の襟巻竜。
言わずもがな、こいつがカールだ。
母大樹の森での生態調査を終えて早三日。再び帝都へ戻った俺は森での調査記録をもとに、襟巻竜の今後の飼育計画を練る段階に入っていた。
森での調査成果は上々……とは言い難く、十日も滞在して野生の襟巻竜を見つけられたのは一日だけ。いや、より正確には、母大樹の氣のせいで人間は長居できないという森の特性に邪魔されて、野生下の姿を観察できたのは実質たったの二時間弱というありさまだった。
が、たとえわずかな時間であれ、動体検知機能つきカメラなどの機材も何もない状態で、野生の個体を確認できたのはめちゃくちゃにツイていたと言っていい。
おかげでたった二時間足らずの邂逅でも、こいつを理解する上で重要な生態が分かった。というのも襟巻竜は木登りを好む習性があることが判明したのだ。
まあ、前肢に飛膜を持ってる時点で、樹上などの高所で生活している竜なのだろうと予想はついていたものの。その前肢に生えたフック状の大きな鉤爪も、切っ先を樹皮に引っかけて器用に登るためのものだという確証が持てた。
しかし分からないのは、森で見た襟巻竜が木によじ登っては襟を開き、枝や幹に張りついたままじーっとしていたことだ。少なくとも昨日一日観察した限りでは、カールは俺が差し入れた丸太を登ってもあんな行動はしなかった。
非常によく似た形状の襟飾りを持つ地球のエリマキトカゲは、威嚇や求愛のときによく襟を広げるが……だとするとあれは茂みに隠れていた俺たちの気配に気づいて、警戒行動を取ってたのか? いや、あるいは単に上がりすぎた体温を逃がすため、エリマキトカゲもよくするように、襟から放熱してたとか……?
「順調かえ、竜司?」
などと俺がひとりでうなり、隣に座ったイヴに不思議そうな視線を注がれつつ考え込んでいると、突如思考に割り込んできた呼び声があった。
それを聞いて我に返ってみれば、そこにはラドニアとヘスペルに連れられてやってきたジュンコの姿がある。
「よう、午前の回診はもう終わりか?」
「ええ。あなたたちが母大樹の森へ行ってる間に、残った竜たちもだいぶ持ち直したからね。だけどこの子、本当にすごいわ、リュージ。弱っている竜の前に立つとまるで言葉が通じてるみたいに症状を言い当ててみせるの。おまけにジュンコが近くにいると、普段は威嚇してくる竜も何故だか大人しくなるし……おかげで診察が捗って助かるわ。これもあなたの体質と同じ、母大樹の氣の影響なのかしらね?」
と、頬に手を当てて首を拈っているラドニアとは裏腹に、今日も今日とて幼女姿のジュンコは得意げに胸を張り、心なしか「えへん」とでも言いたげな顔をしていた。が、正直、ラドニアたちにもジュンコの正体を隠している身としては、この胡散臭さ満点の幼女がいつ古代竜の仮の姿と気づかれるかと気が気でない。
ゆえにハハハと乾いた笑みを貼りつけながら、俺は内心「だからもうちょい目立たないように自重しろっつってんだろ」とジュンコへ苦情を飛ばしまくった。
わざわざ口で伝えずとも、俺の心を読めることは前世で立証済みだからな。
「でもほんとに不思議ですよねぇ。母大樹の森で立て続けに行き倒れてる人が見つかるなんて……だってあの森に近づきたがる人間なんて、たとえ法律で禁じられてなくたって居やしませんよ。ただでさえ森の氣に当てられて最悪な目に遭うっていうのに、その上普段人が寄りつかない分、危険な魔獣がうようよしてるんだから」
「ハ、ハハ、そうだな……かく言う俺らも実際にケルベロスに追い回されて死ぬかと思ったしな……あ、あー、ところでラドニア、カールの飼育計画なんだが……」
と、俺は露骨に訝しんでいる様子のヘスペルに適当な相槌を返しつつ、どうにか話題を逸らそうと未だ食事中のカールに親指を向けた。何しろ今は傍にギゼルもいるし、下手なことを言って余計に勘繰られるわけにはいかない。
だいたいジュンコをアルコル宮に連れて帰ることをフリーダに認めさせるだけでもひと苦労だったのだ。フリーダは調査中こそ「他に預ける先もないから」とキャンプでジュンコの面倒を見ることを許したものの、帝都に戻るとジュンコの記憶が戻るまでゴンデシャル邸で身柄を預かると言い出した。
まあ、今のジュンコは表向きには身元不明の孤児ということになっていて、しかも俺と同じ皇領侵犯罪を犯した身でもあるわけだから当然と言えば当然だ。フリーダとしては罪人でもあるジュンコを監視しつつ身元の特定を急ぐことで、あわよくば俺やイヴの正体も掴めるのではという目算があったのだろう。けれども、
「イヤじゃイヤじゃ~! わしは竜司と一緒がいい! 離れ離れになるなんて絶対イヤじゃ~!」
……という幼女に化けた炎王竜様の迫真すぎる駄々っ子演技のおかげで、フリーダは渋々ジュンコの身柄もアルコル宮に置くことを了承した。
しかし森での調査活動中もフリーダはやたらと俺の言動に目を光らせていたし、これはマジで信用されてないんだろうな……。
「だからってあんなに厳しく監視しなくてもなあ……」
と、俺は人知れずため息混じりにひとりごちる。
調査で森にいる間、フリーダはケルベロスに追われてはぐれたあのときを除いて片時も俺の傍を離れず、今なお健在の殺し屋じみた眼光で俺の一挙手一投足をガン見していた。正直、ケルベロスに追われたときよりも切実な生命の危機を感じた。
まあ、俺もありとあらゆる人間が手を取り合って、みんな仲良く分け隔てなく、なんて綺麗ごとを言うつもりはねえけどさ。それでもあそこまで容赦なく敵意を剥き出しにされると、さすがにちょっとへこむよなあ──
「ヤマタ・リュージ」
などと、俺がこっそり肩を落とした直後のこと。
突然俺をフルネームで呼ぶ声があたりに響き、ぎょっとした。
何故ならこのドスのきいたハスキーボイスはたった今、俺が脳裏に思い描いていたフリーダ・ゴンデシャルその人のものだと、脳が答えを叩き出したから。
「な……ふ、フリーダ? なんでおまえがここに……」
「すぐに着替えろ。陛下がお待ちだ」
「へっ?」
「先の母大樹の森での調査結果とドラゴン・パーク計画の進捗について、陛下が貴様の口から直接報告を聞きたいとご所望されている。よって速やかに謁見の支度を整え、本宮へ急行せよ。もちろん──そこにいるふたりの娘も連れてな」
▼イルカ
世界中の海に生息する海生哺乳類。全長が4m以上の種はクジラと呼ばれる。
基本的には群で生活し、音や超音波を使ったエコーロケーションという手法で仲間と意思疎通する。また近年、個体ごとに持つ独自の鳴き声(シグネチャーホイッスル)の研究により、群の中で個々を識別するための名前を持っているのではないかと考察され始めている。動物の中でも極めて知能が高い。
日本国内ではおたる水族館(北海道小樽市)、仙台うみの杜水族館(宮城県仙台市)、アクアパーク品川(東京都港区)、海遊館(大阪府大阪市)、マリンワールド海の中道(福岡市東区)、美ら海水族館(沖縄県本部町)など全国の水族館で飼育され、展示やイルカショーを見ることができる。
参考・画像引用元:
http://www.irukashow.com/fun/eco.html
https://wired.jp/2013/07/25/dolphin-signature-whistles/
▼除角
飼育中の事故防止や管理者の安全のため、牛や山羊など角のある家畜の角を切除すること。対象となる動物を保定し、除角器で角を切り、止血のために焼きごてで角の断面を焼いたのち消毒液を塗って処置をする。
ただし牛や山羊の角は頭蓋骨の一部であり、内部には神経や血管も通っていることから、麻酔なしで処置を行った場合、痛みのあまりショック死することもある。
また定期的に生え変わる鹿の角や人間の爪と同じ成分でできているサイの角と違い、根もとから切断された場合、牛や山羊の角は再生しない。
参考・画像引用元:
https://www.makaino.com/blog/%EF%BC%91%E7%95%AA%E6%97%A9%E3%81%84%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%A2%E3%81%AE%E8%8A%BD%E3%81%8C%E5%87%BA%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%EF%BC%81-2/
https://www.pref.tochigi.lg.jp/g63/hp/gakka/chikusankeiei/h28/jokaku.html
▼動物のヒゲ
動物のヒゲにも種類があり、種によって用途は様々だが、人間のようなただの体毛ではなく、感覚器としての役割を持つものを「洞毛」や「触毛」と呼ぶ。
このタイプのヒゲを持つ生き物は視覚の補助としてヒゲを使い、周囲の空間や獲物の動きなどを知覚している。たとえばネコのヒゲは平衡感覚を保つ役割を持っているが、このヒゲを切られるとまっすぐ歩けなくなったり、障害物を感知できずにぶつかったりと生活に支障を来してしまう。
また水族館のショーなどでおなじみのアシカが鼻の上にボールを乗せてバランスを取ることができるのもヒゲのおかげ。アシカはこのヒゲを使って対象物の位置や動きを把握することができ、暗闇の中でも投げられたボールをキャッチする。
水中ではこのヒゲを頼りに狩りをするため、ヒゲを失うと獲物を追跡することができなくなり、野生下では最悪の場合、飢え死にする危険を伴う。
参考・画像引用元:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%9E%E6%AF%9B
https://cat.benesse.ne.jp/withcat/content/?id=18765
https://marine-world.jp/staff_blog/post-4113/




