未知なるパワーがワールドをビルドするらしい
「はあ!? 気づいたら母大樹の森にいた!? おまけにそれ以前の記憶がほとんどないって……本当なの?」
「い、いや、うん……より正確にはほとんどなかった、かな? 今は毎日ちょっとずつ思い出せることが増えてる感じで……まだ完全とは言い難いけど、な? 誰かとこんな風に会話してると、どこからともなくぽろっと記憶が甦ってくる的な、な? たぶんそういうアレだよ、うん。だからそう睨むなってギゼル。あからさまに不審者を見る目で睨まれると結構真面目にへこむんだって。いやうんマジで分からないことだらけなのは本当なんで信じて下さいお願いします」
と、濡れた床に正座して深々と頭を下げた俺を、ソファの上のギゼルが毛虫でも見るような目で見下ろしていた。
隣では何故かイヴも膝を揃えて座っているが、まあ、その件は今はいい。
こいつはたぶん周りの人間の行動を真似したいお年頃なんだ。そうに違いない。
アリスター博士とクリソプルが、ブルーの手術を終えて戻ってからほどなくのこと。俺たちはようやく膝を突き合わせて話し合える状況が整い、互いの事情やこれまでの経緯を打ち明けるに至っていた。
そこで俺の記憶喪失の話が出たことは言うまでもない。俺は母大樹の森でフリーダたちと出会った直後は、森で目覚める以前の記憶がないと証言していた。
というのも地球とは物理法則からして違うアゴログンドのことを知らなすぎたからで、記憶喪失ということにしてしまった方が何かと都合がいいと考えたからだ。
だが数日もして何となくこの世界のことが分かってくると、さすがにまったく記憶がないふりをするのがしんどくなってきた。こんなことならいっそ、自分には前世の記憶があると話してしまった方が楽になるのではという気さえする。
しかし実は俺が異世界の出身で、アゴログンドに転生してくる前の記憶はある、なんて言ったところで、果たしてこいつらは信じてくれるだろうか。
むしろ今度こそ頭の病気を疑われ、竜の園の管理責任者という役職からも降ろされて、廃人隔離施設的なところにぶち込まれるんじゃないか?
そもそも前世の記憶について話すなら、俺は地球にやってきた古代竜の力でアゴログンドに送り込まれたことや、謎の卵から生まれたことなんかも話さなければならなくなる。そう考えると、すべてを打ち明けるにはまだ時期尚早だ。
皇帝が竜族の保護にこだわる理由も、この世界の住人にとって古代竜がどんな存在なのかも、はっきりと分かってないからな。
「だけどよりにもよって母大樹の森で倒れてたなんて……ひょっとしてあなたの記憶喪失や竜毒を受けつけない体質は、それと因果関係があるんじゃないの?」
「へ? ど……どういう意味だ?」
「あなたがどこの母大樹の森で倒れてたのかは知らないけど、あの森は土地の氣が強すぎて人間は長居できないのよ。長時間滞在すれば氣に当てられて、ひどい酩酊状態になる。悪化すれば意識を失って倒れる可能性も高いでしょうね。あなたがもしそうして何日も森で昏睡していたんだとしたら、記憶や体質に異変が起きた理由にも説明がつくんじゃない?」
「つまり森の氣が此奴の肉体を変質させ、竜毒を無効化する力を与えたということか? その代償が記憶の混濁だとでも?」
「あくまで仮説の域を出ないけど、まったくありえない話でもないわ。そもそも氣は源素を変化させる性質を帯びたエネルギーだもの。別の魂に固着した源素をも変え得るほど強大な氣の影響があれば、あるいは……」
「あのー……議論中大変申し訳ないんですけども、さっきから話に出てくる〝ニュミナ〟ってのは何なんですかね……?」
と、ときに俺が控えめな挙手を添えてそう質問すれば、居合わせた全員が唖然とこちらを振り向いた。皆の眼差しがまざまざと「そんなことも知らんのかこいつ」と言っているのを見て取って、俺は前世でも経験したことがないほどの居心地の悪さに晒される。こ、これが世に言う〝針の筵〟ってやつか……。
「あ、え、えっと、氣というのはですね、とても噛み砕いた言い方をすれば、魂が発するエネルギーのことです。氣には源素を変質させる力があって、我々竜術師はそれを利用して先程のような竜術を発動させているのですよ」
「魂のエネルギー……? い、いや、そもそも魂なんてもんが実在してるのかって問題は脇に置くとして……じゃあ森の氣が強いってのは、めちゃくちゃ強い魂の持ち主が住んでる、とか……?」
「というより、あそこは大地の氣が噴き出す噴火口みたいな場所なのよ。そして絶えず噴出する氣を浴びて異様に巨大化した樹木を〝母大樹〟と呼ぶの。つまり森全体を覆っている強大な氣の源は母大樹であり、大地そのものだとも言えるわね」
「け、けど氣ってのは魂が発するエネルギーなんだろ? なら大地の氣ってのは一体どういう……」
「……貴君は本当に無知なのか、はたまた無知なふりをしているのか、まるで見分けがつかんな。本当に厄介な男だ」
「はい?」
「そもそも世界に存在するありとあらゆる物体は、我々が〝魂〟と呼ぶエネルギー体に源素が引き寄せられることで生まれる。ということは、魂なきところに物質は存在し得ないということだ。そして今、我々が生きているこの大地も、アゴログンドという名の巨大な魂に引き寄せられた源素が集まってできたもの。つまり大地もまた魂を持った一個の生命であり、魂のあるところには氣が発生する。そして氣の強さは魂の大きさに比例するのだ。分かったか、記憶喪失者」
うーーーーーん。なるほど分からん。
とは口が裂けても言える雰囲気ではなかったので、俺は無理矢理口角を持ち上げてこくこくと頷いた。いや、こいつらが説明してくれた理屈は分かるんだ。
つまりアゴログンドには〝万物には魂が存在する〟という精霊信仰的思想があって、そこから発せられる未知のパワーが世界を形作っているというオカルトが信奉されてるんだな?
いや、もっと科学的な考察をするなら、アゴログンド人は万有引力を〝魂〟と呼んでいるのかもしれない。なんたってアイザック・ニュートンによれば、質量を持つすべての物質には引力が存在するらしいからな。
つまりたったいま俺たちが踏み締めている大地だけでなく、俺たちひとりひとりの肉体もまた微弱な引力を発してるってことだ。んでクリソプルが言いたいのは、その〝魂〟から発せられる未知なるパワーは源素を変化させる性質を帯びていて、俺はそいつを浴びたから竜毒が効かないんじゃないかってことらしい。
要は強烈な氣によって肉体を構成する源素に何らかの異変が起き、そいつがたまたま竜毒を無効化する働きをしてるんじゃないか、というわけだ。
そう言われると──記憶喪失の件は完全に俺の狂言だから無視するとして──竜毒に関しては確かに多少の説得力がある。地球風にたとえるならば、放射能を浴びたことによって遺伝子が変質し、突然変異が起こった……みたいな話ってことだよな。つまるところゴジラ誕生と同じ原理だ。
でもって俺は一体どれくらいの間、母大樹の森で卵にくるまっていたのか自分でも分からない。二十歳くらいの見た目で生まれてきたってことは、丸々二十年母大樹の森で眠っていた可能性だってある。とすれば氣とやらの影響をもろに受けてたとしてもおかしくない……よな。何たって俺の生まれた卵は、大地の氣を吸って巨大化した大樹の根もとにあったわけだし。
「まあ、この件についてはどれだけ議論を交わそうと結局憶測の域を出ない。そんなことより我々が確認したいのは貴様の意思だ、クリソプル。何でも貴様とリュージは、我々があの羽毛竜を救う代わりに、貴様も我々の計画へ手を貸すという約定を交わしたそうだな。そして前者の約束は既に果たされた。というわけでこれより貴様を帝都メアレストへ連行するが、構わんな?」
ところが俺が思案に耽っている間に、ギゼルがとんでもないことを言い出した。
おかげで応接室の空気がにわかに凍りついたのが分かる。アリスター博士は蒼白な顔で口もとを覆っているし、ヘスペルは今にも腰を浮かしそうだ。特に後者は明らかに殺気立っていて、ギゼルがやる気なら今度こそ腰の剣を抜くという覚悟と怒りが見て取れる。けれども意外なことに、当のクリソプルは冷静だった。
「……そうね。確かに私はリュージと約束したわ。そして彼は真摯に約束を果たしてくれた。リュージの助言がなかったら、私はブルーをあのまま死なせてしまっていたかもしれない。だから彼には感謝してるし、信頼もしてる。そのリュージの頼みなら、私に断る理由はないわ」
「……! クリソプル……!」
「ラドニアでいいわよ、リュージ。だけどひとつ答えてちょうだい。例の約束を交わしたとき、私が提示したもうひとつの条件を覚えてるわよね?」
「ああ、もちろん。俺のドラゴン・パーク計画が机上の空論じゃないことを証明してみせること、だろ? はっきり言ってお安い御用だ。俺が用意してきたプランを知れば、おまえもきっと納得すると思うぜ?」
「おい、待て。一体何のことだ、〝ドラゴン・パーク計画〟というのは?」
ああ、そうか。
そういやギゼルにはまだ一度も胸中の秘策を明かしてなかったっけな。だったらなおさらちょうどいい。俺の計画実現のためにこいつも抱き込めれば最高だ。
もちろんひと筋縄でいくとは思ってないが、多少なりともギゼルの気を引ければ万々歳。こいつの口添えがあればフリーダも──ひいてはフーヴェルオさえも俺の計画を無視できなくなるはずだ。というわけで、いっちょ見せてやるとするか。
園の予算を引き出すべく、お堅い公務員の皆々様を幾度となく口説き落としてきた、この俺のプレゼン力をな……!




