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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
19/81

ディス・イズ・ア・ペン


 俺は博士から借りた羽根ペンの先にインクをつけて、雑紙(ざつがみ)の裏に英文を(つづ)った。


『This is a pen.』


 ……うん。どう見ても英文だよな。ちゃんとペン先の動きも意識して書いたし。


「博士。これ、なんて書いてありますか?」


 俺はその紙をアリスター博士の前に突き出し、音読してもらう。


「……? 〝これはペンです〟……と書いてあります」


 大きな眼鏡の向こうで浅葱色(あさぎいろ)の瞳を瞬かせた博士は、不思議そうにきょとんとしながら()()()()そう答えた。


 ゆえに俺は、今度は紙を自分に向けて綴られた英文を音読する。


「ディス・イズ・ア・ペン」


 自慢じゃないが、俺は前世であちこち海外研修にも行ってたわりに、英語があんまり得意じゃない。聞き取るだけならそこそこできるが、喋るとなると中学生レベルの英語がせいぜいで、発音もいわゆる〝Engrish〟だ。


 だが今回は敢えてはっきりと、カタカナを意識して英文を読み上げた。


 次いでギゼルを振り返り、こう持ちかけてみる。


「ギゼル。俺がいま言ったこと、そのまま復唱してみてくれないか?」

「は? 貴君は先程から一体何を……」

「いいから、頼む」

「……〝これはペンだ〟と、そう言った。それが一体何だというんだ?」


 ──やっぱりだ。おかしい。俺は確かにEngrishで英文を読み上げたのに。

 そいつを復唱したギゼルの言葉は、俺の耳には日本語に聞こえた。

 ならばと今度は止まり木に並ぶモーンとニクトを(かえり)みて、迫真の真顔で告げる。


「リピート・アフター・ミー。ディス・イズ・ア・ペン」

「?」

「ディス・イズ・ア・ペン!」

「コ……コレハ……ペン?」

「コレハ……ペンデス」

「ペンデス」

「ペン、ペン」

「コレハ、ペンダヨ!」


 俺が突きつけた白い羽根ペンを前にして、モーンとニクトはやがて互いの鳴き声を真似るように同じ言葉を繰り返した。


 が、やはり二羽の交わす言葉が俺には日本語に聞こえる。一体何がどうなってんだ? 紙の裏に綴った文字は間違いなく英語にしか見えないのに。


「おい、リュージ。貴君の奇行は今に始まったことではないが、いい加減にしろ。ペンが一体何だというのだ?」

「いや、重要なのはペンじゃなくて……あのさ、あんたらが普段話してるのって、メアレスト帝国の共通語なのか?」

「はあ? 共通語も何も、英語は我々人類の単一言語だろう。古竜語(ドラゴニッシュ)を話せる人間がいるというなら話は別だが」

「英語……? あんた、今〝英語〟って言ったか?」

「貴君は自分がたったいま口から垂れ流している言語の呼び名も忘れたのか? だとしたら竜の医者を探す前に、貴君が医者にかかった方がいいぞ」


 ギゼルは至極うんざりした様子でそう吐き捨てたが、これは俺にとっては無視できない、非常に由々しき事態だった。


 だって英語って〝英国(イングランド)の言葉〟だから〝英語(イングリッシュ)〟だろ?

 ってことはアゴログンドにもイングランドって名前の国があったりするのか?

 というか俺が口から垂れ流してるのも英語だって?

 ならこいつらには俺の話す日本語が、勝手に英語に翻訳されて聞こえてる……?


 そもそも異世界の人間がペラペラの日本語を喋ってる時点でおかしいとは思ったが……どうやら俺の脳にはいつの間にか自動翻訳機よりも優秀な翻訳機能が備わって、日本語を喋りながらセルフ同時通訳ができる能力を手に入れたらしい。


 ヤッタネ!!


 だけど異世界の言語が地球に存在する言語とまったく同じって、一体どういうことなんだ? そもそも生物進化の複雑性を思えば、地球とはまったく異なる環境の惑星に地球人類そっくりのイキモノがいるというだけで驚愕なのに。


 おまけにそいつが地球の共通言語である英語を喋ってる、なんて偶然が起こる確率は果たして何%だ? 少なくとも恐竜を絶滅に追いやったのと同じ規模の小惑星が、再び地球を直撃する確率よりも遥かに低いことだけは確かだろう。


「……アゴログンド人の起源は一体どうなってんだ? まさか大英帝国時代のイギリス人が、異世界まで植民地として開拓してました……なんてことはないよな?」

「おい、リュージ。私の話を聞いているのか?」

「ああ、うん……聞いてる、聞いてる……」

「なら続けるが、先程も言ったとおり、この手紙の差出人は恐らくラドニア・クリソプルだ。〝エル〟というのは偽名で、やつの名前の頭文字である〝L〟をもじったものだろう。クリソプルは先帝の時代から、我々皇属竜狩猟団インペリアル・ニムロダムが追ってきた重罪人だ。竜族狩り(ドラゴンズフォール)の渦中に幾度となく竜族幇助(りゅうぞくほうじょ)の罪を繰り返した──な」


 ……竜族幇助? ギゼルが口にしたそのひと言が、完全に上の空となりつつあった俺の意識を呼び戻した。ラドニア・クリソプルというのは初めて聞く名前だが、名前の響きからして女……か? 罪名が〝竜族幇助〟ってことは、竜族狩りの時代に法で禁止されていた竜族への手助けを繰り返したってことだよな?


「竜族幇助の重罪人……そんなやつが博士に手紙を? ていうか、そいつって今も罪人扱いなのか? 確か今の皇帝が即位してから、竜族との接触を禁じる法律は廃止されたって言ってたろ?」

「ああ。確かに法は改正されたが、しかしクリソプルが勅令に背き続けた違勅の輩であることに変わりはない。ゆえに今も引き続き狩猟団(ニムロダム)が罪人として行方を追っていたのだが……これは好機かもしれんぞ」

「好機、って?」

「調べによるとクリソプルは独学で医学を極め、無免許ながらも腕のいい闇医者として知られているらしい。やつが常に潤沢な逃亡資金を確保できているのも、闇医者として名が売れているためだ。そしてやつは以前から、何故か竜族に肩入れしている。ということは人間だけでなく、ひそかに竜の病や怪我も診ている可能性がある──とは思わないか?」


 博士宛の手紙を片手に、ギゼルが翠眼(すいがん)を光らせて言うのを聞いて、俺もさすがに目を見張った。戦時中の勅令さえも無視して竜族を助け続けた無免許の闇医者……そいつは確かに、竜の診察もしていた可能性が大いにある……!


「加えて手紙には〝ある竜を救うためにアリスター博士のお智恵を拝借したい〟とある。つまりクリソプルは今も竜族の幇助を続けているということだ。問題はクリソプルが〝会いにきてほしい〟と記した日時が、四日前の日付になっていることだが……アリスター博士、貴女はこの〝エル〟なる人物と既に会われたのですか?」

「いっ……いえ、それが……」


 ところがギゼルが核心の質問を投げかけると、途端に博士の返事が上擦った。


 眼鏡のレンズが反射して、表情はよく見えないが……少なくとも博士の額からは大量の冷や汗が噴き出している。


「あ……あの……怒らないで聞いていただきたいのですけど……」

「ああ……罪人と接触を持ってしまったことを気にされているのですか? でしたらどうぞご心配なく。クリソプルが罪人であることを、博士は今の今までご存知なかったわけですから……」

「い、いえ……そうではなくて、ですね……」

「はい?」

「じ……実は……わたしも手紙の送り主が、独自に竜の生態を調べているというので興味があって、ぜひお会いしようとしたのですが……」

「……したのですが?」

「そ、その……指定された日時と場所に、確かに会いに行ったんですけど……」

「……もしかして、会えなかった?」

「はい……と、いうか……どうやらわたし、待ち合わせ場所の番地を間違えて覚えていたみたいで……肝心の手紙も研究所に置き忘れたまま……八時間ほど待って、間違いに気づいた頃にはとき既に遅く……」


 話の途中からわなわなと肩を震わせて、博士は縮こまりながら顔を覆ってしまった。そんな五十七歳の姿を、俺とギゼルは無我の境地で眺めやる。


 唯一、いつの間にか博士の傍にいたイヴだけが、彼女を慰めるようにぽんぽんと肩を叩いた。無垢の塊とも言うべきイヴに慰められたことがなおさら羞恥に火をつけたのか、博士は頭から湯気を噴いて謝り倒していたけれども。


「ゴホン……ええと……それはお気の毒様でした。しかし博士がこの手紙を見せて下さったのは〝エル〟が竜の研究者ではないかとお思いになったためですね?」

「は、はい……わたしは、あくまで魔獣学者ですので……獣医学の知識もありませんし、陛下の竜をお救いするなんて大役を、ひとりでお受けするのは不安で……」

「……なるほど。手紙によると、待ち合わせ場所に指定されたのは(バナト)の町ですね。四日も前のこととなるとさすがに不確定ではあるものの、もしかしたらやつはまだ町に留まっているかもしれません。そこをどうにか探し出せれば……」


 と形のいい顎に手を当てて、再び手紙に目を落としたギゼルの〝考えるポーズ〟は、何となく腹が立ってくる程度にはさまになっていた。


 が、アリスター魔獣研究所を目指す途中、上空から眺めたバナトの町はそこそこの広さを誇っていたように思う。


 人口十五万人ほどだという帝都メアレストに比べれば数段見劣りするとは言え、バナトの町も数千人の住民を抱えていることは間違いないだろう。


 その中から何年も狩猟団の追跡を(かわ)(つづ)けてきた闇医者を見つけ出すなんて……そんなことが可能なのか?


 経歴が経歴だから宿などには泊まらずに、誰かに(かくま)われている可能性だってあるし……それを俺とギゼルと竜狩人(ドラゴンハンター)二名の、計四名で探すなんて無理がある。


 かと言って一度帝都へ引き返し、応援を呼んでいたのでは時間がかかりすぎるのもまた事実だ。モタモタしてると、博士との面会を諦めたクリソプルがバナトを離れてしまうかもしれない。いや、とっくに諦めて去ってしまった可能性も充分あるが……しかしもしクリソプルが竜を診療したことのある医者ならば、何としても味方に引き入れたいよな……!


「!」


 ところが刹那、何かいい方法はないかと頭を掻いた俺の目の前で、突然イヴが窓辺を振り向いた。博士の研究室には、書斎机の後ろにほんの少し青みがかったガラスの窓がある。イヴはそのガラスの向こうに意識を向けているようだ。


「どうした、イヴ……」


 と尋ねかけて、俺も気づいた。


 何か聞こえる。あれはもしや……博士が逃がしてしまったヘンウェンを追いかけて、山へ入った竜狩人が連れていった猟犬の鳴き声か?


「猟犬……──そうか!」


 瞬間、俺は脳内をぱっと照らした名案に思わず手を打って叫んでいた。


 アゴログンドにも獲物を追うべく訓練を受けた猟犬がいる。


 ならば頼るべきは犬たちが進化の過程で手に入れた、人間の一億倍の嗅覚だ。


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