〝エル〟からの手紙(★)
様々な実験器具やケージが並んだ研究室に、二本の止まり木があった。
その木の上にはそれぞれ一羽ずつ、見たことのない鳥がとまっている。
どちらも一見カラスに似ているが左の鳥は黒く、右の鳥は白い。
頭にはキレンジャクによく似た冠羽。
右脚には長さ一メートルほどの係留紐が結びつけられていて、覗き込む俺を首を傾げて見返す姿は双子のようにそっくりだった。
羽毛の色が違うだけの同種の鳥なのだろうか? 白い方が白変種だったり?
もしくは黒い方がさっき博士の言ってた〝闇化種〟……?
「ドチラサマ?」
ところが俺がしげしげと二羽のカラスモドキを観察していると、突然、黒い方が嘴を開いて鳴いた。否、鳴いたというか、喋った。それを聞いた俺がぎょっとして固まっていると、今度は白い方が反対方向に首を傾げて、
「テリサ。コレ、ナニ?」
と、同じく嗄れた声で喋り出す。
「ああ、モーン、ニクト。そちらはリュージさん。リュ・ウ・ジ・さ・ん、よ。ふたりとも仲良くね」
「リュ、ジ、サ?」
「リュ、ジ、サン。リュジサンネ」
「リュジサン。ワタシ、モーン」
「ボク、ニクトダヨ」
「ヨロシクネ、リュジサン」
「リュジサン。ヨウコソネ。リュジサン」
白い方がモーンで、黒い方がニクト。
そう名乗った二羽のカラスモドキは、自己紹介のあとケケケッと笑い、以後囀りのように「リュジサン、リュジサン」と繰り返した。
だがこれはインコやオウムのように、いわゆるオウム返しをしているわけじゃない。ちゃんと意味を理解して喋っている。
確かに地球のカラスも雛から育てれば、オウムのように言葉を覚えると言われているが、それも所詮は鳴き真似だ。ということはこいつらはカラスというより、地球の鳥類で唯一言葉の意味まで理解するというヨウムに近い鳥なのか……?
「あ、アリスター博士……こいつらはなんていう鳥ですか?」
「あら、リュージさんはフギンとムニンを見るのは初めてですか?」
「フギンとムニン……?」
「ええ。黒い方がフギンで、白い方がムニンという鳥です。この二種はもともと同じ鳥と考えられていたんですが、最近の研究で別々の鳥だということが分かって注目が集まっているんです。見た目はそっくりなのに不思議ですよね」
笑いながらそう答えてくれたアリスター博士は現在、モーンとニクトの止まり木から少し離れた机の整理に取りかかっていた。何でも俺に見せたいものがあるとかで、それを探してくれているのだが、いかんせん机の上は書類まみれだ。
そこそこの地震が起きようものなら、まず間違いなく大惨事を引き起こすであろう紙の山。博士は先程からその山をひっくり返して、あれでもないこれでもないと必死の捜索を続けていた。以前どこかで〝IQの高い人間は整理整頓が苦手〟という俗説を耳にしたが、博士もまさにそういうタイプなのかもな……。
「博士はさっき、アゴログンドには闇素化が進んだ状態で生まれてくる闇化種がいるとおっしゃってましたよね。ならフギンはムニンの闇化種じゃないんですか?」
「少し前まではそう考えられていたんですけど、野生下の調査で、フギンとムニンは生態がまったく異なる鳥だということが分かったんです。昼の間しか活動しないムニンとは逆にフギンは夜行性で、食べ物も違います。だけど一番の違いはムニンが群で暮らすのに対して、フギンは単独で行動する鳥だということですね」
「けどそれって組成変異による生態の変化じゃないんですか? たとえばバイコーンは、家畜化されたことで食性や交尾対象が変わったと聞きましたけど……」
「確かに組成変異で見た目や食性が変わることはよくありますが、種としての根本的な習性が変わることはないんですよ。たとえばペガサスに地素を過剰摂取させて組成変異を起こせば、翼が退化して飛べなくなりますが、その後もペガサスは崖などから飛び降りて飛ぼうとするんです。彼らはいわゆる〝渡り〟をする生き物なので……食性が変わっても、本能で越冬地まで飛ぼうとするのでしょうね」
「な、なるほど……つまり基本的な習性がまったく異なる場合は、組成変異ではなく進化の過程で分かれた別の種という扱いになると……」
「ええ。フギンとムニンは非常によく似た姿をしていて、生息域もぴったり重なっているので、今までその可能性が見逃されていたんですが……どうやらフギンは夜の間にムニンの群を捕食者から守ることで、自分も群に守ってもらっているようなんです。フギンはとても縄張り意識の強い鳥なので、他のフギンが自分の縄張りに入ってくると、ムニンの群をけしかけて追い払うんですよ」
「へえ……ってことはこいつらは共生関係を結んだ鳥同士ってことだ。ひょっとしてムニンは夜目がきかないのかな?」
「あら、よく分かりましたね。おっしゃるとおり、昼行性のムニンは夜目がきかない上に、体が白いので夜はとてもよく目立つんです。だから天敵であるグリフォンやロックに狙われやすいんですが、逆にフギンは夜でも目が見えるので、天敵を見つけると大声で鳴き喚いてムニンに危険を知らせるんですよ」
と、博士の口から紡がれる異世界生物の生態に、俺はただただ感心した。
なるほど。やっぱり異世界でも生き物同士が助け合って暮らしているケースがあるのか。フギンとムニンの例は、アフリカのサバンナで見られるガゼルとヒヒの関係に似ている。ヒヒは高い木の上からサバンナを監視し、ライオンなどの捕食者を見つけると、警告音を発してガゼルの群を逃がすのだ。
まあ、代わりにちょいと新鮮なお肉が食べたくなると、ガゼルの子どもを攫って捕食してしまうわけだが。普段天敵から守ってやっているのだから対価として肉を差し出せ、というのが、厳しい自然界におけるヒヒ側の言い分なのだろう。
「ほほう……じゃ、こいつらの見た目が色以外そっくりなのは、仲間だと認めてもらうために外見を似せようとしたのかもな。簡単な言葉の意味を理解できるのも、かなり知能が高い証拠だし……」
「そうですね。わたしも彼らには人間の五歳児くらいの知能があると思ってます。竜族狩り以前には、身を守るために竜と共生していた例も確認されてますし」
「竜と共生?」
「ええ。何でも高位の竜の生息地では、彼らは古竜語を鳴き声の代わりにしていたそうなんです。親から子へ相伝で鳴き方を教え、片言ながらも古竜語で会話していたとか。これは縄張りのあちこちで見聞きしたことを竜に教える代わりに、天敵から守ってもらっていたためではないかと言われています。かなり古い研究書の記述なので、どこまでが本当かは分かりませんが……」
「そういや……さっき術枷の話になったとき、博士は腕輪に古竜文字……とかいうのが刻まれてるって言ってましたよね。つまり竜の中には言葉を話すだけじゃなくて、字の読み書きまでできるやつがいるってことですか?」
「はい。竜族は種ごとに竜格というのが設定されているのですが、一級以上の竜は竜術と古竜語を操ることができると言われています。特に特級──古代竜と呼ばれる神竜の末裔は、人間の言葉をも完璧に使いこなすとか……」
「ロード・ドラゴン……つまり、神なる竜?」
「ええ。と言っても神竜が本当に存在したのかどうかは定かではありませんが……神竜教会はこのオルンダルゴ大陸こそが神竜の亡骸だと主張していたみたいですね。もっともあの教団も竜族狩りで滅ぼされてしまいましたけど……」
〝神竜教会〟……竜族狩り以前のアゴログンドにはそんな教会もあったのか。竜を信仰の対象にしてたってことは、竜使いの一族が興した教会だったのかもな。
しかしここに来てようやくジュンコの話とつながった。今の話を聞く限り、あいつは古代竜と呼ばれる特別な竜の生まれ変わりだったのだ。
ジュンコ自身、自分を神竜の末裔だと言って胸を張っていたし……だとしたら俺の頭に直接話しかけてきた超能力にも納得がいく。
とすれば、高位の竜とは人間と同等──否、あるいは人間以上の知性と能力を備えた知的生命体と言っていいのかもしれない。進化の過程で突出した知能を手に入れ、霊長類の頂点に君臨したのが人間ならば、竜族の頂点に君臨するのが古代竜。
つまり竜族狩りとは種の生き残りを懸けた霊長類と竜族の頂上決戦だったのだ。
だがそれなら知能の高い竜たちは……人間をどう思ってるんだ?
ジュンコは地球にやってきたことで考えを改め、人間に心を許してくれた。
けれど他の竜たちは? ひょっとしたら人間が勝手に罪を償うとか絶滅から救うべきとか言ってるだけで、実は竜族の方は和解なんて望んでないんじゃ……?
「──あっ、やっと見つけた! これです! この手紙です……!」
ところが俺があるひとつの可能性に思い至り、立ち竦んでいると、不意に博士の弾んだ声が響き渡った。そこでようやく我に返り、はっとして振り向けば、一通の封筒を手にした博士が五十七歳とは思えぬはしゃぎっぷりで頬を上気させている。
「あ……手紙……? 見せたいものって手紙だったんですか? 誰からの?」
「それがですね、わたしにも分からないんです!」
「……はい?」
「差出人は〝エル〟と名乗っているんですが、一体どこのどなたなのか、まったく見当がつかなくて……ただこの方もリュージさんと同じように、ある竜を救うために力を貸してほしいと手紙に書いて寄越したんです。ちなみに手紙が届いたのは、一週間くらい前のことなんですけど……」
「竜を救う?」
「……失礼。博士、そちらの手紙を拝見しても?」
驚いたな。まさか俺たちよりも先に竜絡みの相談を持ちかけていた人物がいたなんて……博士はまったく身に覚えがなさそうだけど、一体全体どこのどいつだ?
俺はギゼルが博士から受け取った手紙を開くのを、後ろから覗き込んだ。
覗いたところでアゴログンドの文字が読めるとは思わなかったが、気になりすぎて盗み見ずにはいられなかったのだ。ところがギゼルが手にした便箋の紙面を見た途端、俺は思わず「え?」と間抜けな声を上げた。何故なら手紙の冒頭には、
『I hope you do not mind my contacting you out of blue. My name is Elle.』
……なあ、これって、英語だよな?
▼キレンジャク
北半球の寒帯に広く分布するスズメの仲間。全長約19.5cm。
北海道旭川市の市鳥。日本では冬鳥として見られるが、本州中部以北に多い。
年によって飛来数の変動が大きく、大群で飛来する年もあれば全く飛来しない年もあるものの、比較的市街地などでもよく観察できる野鳥であるためか、2021年現在、国内に飼育展示している動物園は存在しない。
参考・画像引用元:
https://en.wikipedia.org/wiki/Bohemian_waxwing
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%AF
http://www.forest-akita.jp/data/bird/62-ren/62-ren.html
▼ヨウム
アフリカ大陸中部~西部の熱帯域に生息するインコの仲間。
脚を手のように器用に使って採食したり、人間の言葉の意味をある程度理解して真似るなど非常に高い知能を持つ。一説には人間の二歳児に相当する感情と、五歳児に相当する知性を持つと言われ、アメリカの比較心理学者アイリーン・ペッパーバーグが飼育していた個体「アレックス」は、長年人間しか理解できないと言われていた「ゼロ」の概念を理解し会話していた。近年ではペット用に乱獲されたことと、生息地の森林が消失したことにより個体数が激減、絶滅危惧種となっている。
日本国内では那須どうぶつ王国(栃木県那須町)、よこはま動物園(神奈川県横浜市)、徳山動物園(山口県周南市)などで飼育展示されている。
参考・画像引用元:
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/a/020900008/
https://www.youtube.com/watch?v=ii85my-k33E
▼白変種
白変種とは、色素の減少によって体毛や皮膚が白くなった動物のこと。
よく白化個体と混同されるが、アルビノは遺伝情報の欠損によりメラニン(体毛や瞳などの色を構成する色素のこと)が生成できない個体であるのに対し、白変種は色素が少ないだけでメラニンを生成することは可能。
遺伝情報は正常であるにもかかわらず何故白変種として生まれてくるのか、その原因については諸説あるものの、氷河期の時代、雪に覆われた地球において白い体は保護色となり生存に有利であったこと、そして当時の遺伝情報が今も多くの動物の中に遺されており、いわゆる「先祖返り」によって白変種として生まれる個体がいるのではないか、という説が現在では有力視されている。
ちなみに白変種とは逆にメラニンが過剰生成されてしまい、体が黒くなる黒変種も存在する。有名なのはクロヒョウやクロジャガー。
参考・画像引用元:
https://study-z.net/100088961
https://karapaia.com/archives/52090847.html




