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辺境令嬢輿入物語  作者: ムク文鳥
番外編
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新米使用人の王宮事情-3


 皆様、お久しぶりでございます。フィエスタ・プレサージュでございます。

 あれから、瞬く間に数年の歳月が経ちました。

 でも、あの日の大騒ぎは今でも昨日のことのように思い出せます。




 王妃様がご懐妊したらしいと判明した途端。

 王妃様の部屋は、居合わせた国王陛下や側妃様、そして王妃様付の使用人たちの歓声に包まれました。

 そして、最初こそ呆然とされていた国王陛下が、我に返ると凄い勢いで王妃様に抱きつこうとして──寸前で踏み止まりました。

 一体どうされたのでしょう?

 王妃様を抱き締めようと拡げた両腕。その先端の手の指が、わきわきと蠢いています。

 ええ、ちょっぴり不気味だなと思いました。もちろん、表情には出しませんよ? そんなことをすれば不敬罪です。


「え……えーっと……この場合、ミフィを抱き締めても……いいのか……?」


 ぎぎぎぎっと音がしそうなほどにぎこちなく、陛下がシバシィ先生へと振り向いて尋ねます。


「うむ。だが、力一杯は止めておけ。まず大丈夫とは思うが、もしものことがあるやもしれんからの」


 シバシィ先生の言葉に安堵の表情を浮かべた陛下は、ふわりと優しく王妃様を抱き寄せました。


「……よくやった、ミフィ」

「……はい」


 国王陛下の腕の中で、王妃様が頬を染めながら嬉しそうにはにかみました。

 と、この時。

 私はあることを思い出しました。

 そうです。この部屋にいるのは、国王陛下と王妃様だけではないのです。

 アーシア様、サリナ様、リーナ様という、他の側妃様方もおいでなのです。側妃様方からすれば、仲睦まじい両陛下のお姿は、きっと悔しいものに違いありません。

 恐る恐る側妃様方の方を横目で確認してみれば。

 私の想像とはまるで異なり、皆様とても嬉しそうに微笑まれています。

 アーシア様とリーナ様なんて、涙ぐんで互いに抱き合って喜んでおいでです。

 サリナ様もその表情はとても晴れやか。まるで自分がご懐妊されたかのように誇らしげです。

 もちろん、侍女の方々を始めとした使用人たちも大騒ぎです。

 そんな中、公爵であらせられるアミリシア様が、いまだに抱き合っている両陛下の元へと静かに歩み寄りました。


「ごめんなさいね、ミフィ。あなたが懐妊していることに、私が一番早く気づいてあげないといけないのに……私がアーシィを生んだのが二十年も前のことだから、妊娠初期の感情の不安定さなんてすっかり忘れてしまっていたわ」

「い、いいえ、お気になさらないでください」


 王妃様は優しく国王陛下の抱擁を振りほどくと、改めてアミリシア様の前に立ちました。


「アミィさん。これからいろいろとお世話になると思います。どうかよろしくお願いします」

「ええ。こういう時こそ『母親』の出番ですもの。不安に感じることがあれば、いつでも私に相談してくださいね」

「……はい。その時は甘えさせてもらいます……お義母(かあ)様」


 王妃様がアミリシア様をお義母様と呼ぶと、アミリシア様は大きく目を見開き……そのまま嬉しそうに王妃様を抱き締めました。




 騒ぎはそれだけでは収まりませんでした。

 王妃様のお部屋に次々と駆けつける人たち。中には、ここは後宮だというのに男性の姿もあります。

 いいのかなーと思っていると、その男性たちの素性が判りました。

 いえ、探ろうとして判明したわけではありません。国王陛下や王妃様、側妃様方の会話からそれが判ったのです。

 金髪で碧の目の年若い男性は、近衛隊隊長にして国王陛下の親友でもあるジェイク・キルガス伯爵

 薄茶の髪に青い瞳の男性は、宰相補佐のケイル・クーゼルガン伯爵。

 黒髪黒瞳の方は、男性かと思っていたら実は女性で、しかも第三側妃様のマイリー・カークライト様。

 その他にも王国宰相のガーイルド・クラークス侯爵や、将軍のラバルド・カークライト侯爵など、この国の中枢を担う方々ばかり。

 その中には、長い銀髪をツーテールにした金色の瞳の少女もいました。彼女は周囲からコトリと呼ばれていて、どういうわけか国王陛下を『パパ』なんて呼んでいます。

 一体、彼女は何者でしょう。年齢的に考えても、陛下の隠し子ってわけじゃなさそうですし……お二人の外見は、親子というよりは兄妹といった感じです。

 皆様、本当に嬉しそうです。まるで、仲の良い大家族が新たに増える家族を心底祝っている……そんな風にも見えます。

 やがて騒ぎも一段落した頃、再びシバシィ先生が口を開きました。


「おい、おまえたち。少しは嬢ちゃんを休ませてやれ。今が一番大事な時なのじゃぞ?」


 シバシィ先生にそう言われて、国王陛下が慌てて王妃様をソファに座らせます。

 メリア様を始めとした侍女の方が、すぐさま動いてお茶の準備などを始めます。もちろん、今日からご奉公する私たちもそのお手伝いです。


「おい、シバシィのおっさん。ミフィの懐妊を公表しちまってもいいのか?」

「いや、もう少し様子を見た方がいいじゃろ。まず間違いないとは思うが、確実に懐妊したことが判明したわけではないからな」

「うむ。シバシィ医師の言う通りだろうな。ミフィシーリア殿が懐妊したことを発表すれば、多くの国民も喜ぶだろうが……万が一、懐妊が間違いだったとなると落胆も激しくなろう」


 国王陛下、宰相閣下、そしてシバシィ先生が「国」という立場から相談した結果、王妃様ご懐妊の報を発表するのはもう少し様子を見てから、ということになりました。

 私たち使用人も、王妃様がご懐妊したらしいことはしばらく口外禁止を言い渡されました。

 ううぅぅ。こんな素敵で嬉しい報告を他の人に話せないなんて……結構辛いものがありますね!

 でも、これは陛下や宰相閣下直々のご命令。逆らうわけにはいきません。でも、しばらくはもんもんとした気持ちを抱えなければいけないでしょう。


「ところで、もうすぐ王誕祭なんだが……ミフィの嬢ちゃん、どうする?」


 キルガス伯爵が国王陛下に尋ねます。

 確かにもうすぐ王誕祭ですね。ミフィシーリア様が王妃の座について初めての大々的なお祭。

 私を始めとした普通の庶民は、このようなお祭りの時ぐらいしか両陛下たちのお顔を見ることはできません。ですから、国民の中にはお二人を拝顔できるお祭を結構楽しみにしている人も多いのです。


「今回は大事をとって様子見した方がいいだろうな」

「ケイルくんの言う通りだとボクも思うな。大丈夫だよ。ミフィの代役はボクたちでしっかり務めるからね?」


 アーシア様が胸を張って宣言しました。

 国王陛下には他に四人も側妃様がいらっしゃるのです。確かに王妃様の代役には事欠かないでしょう。


「そういや、王誕祭といえば兄貴(アニキ)も来るよな?」

「あなたが絶対に来るように指示を出したでしょ。もう忘れたの?」


 リーナ様が呆れたように肩を落とします。でも、国王陛下の仰る「兄貴」って誰でしょう?

 私が聞き及んだところによると、陛下にはご兄弟はいらっしゃらないはず。


「よし。じゃあ、その時に兄貴にだけは知らせておくか」

「はい。私もリョウト兄様やアリィ姉様、ルベッタ様には是非お知らせしたいです」

「うむ。あやつならば知らせても問題はないだろう」


 宰相閣下が頷かれたことで、陛下の仰る「兄貴」という人には王妃様のご懐妊を知らせることになりました。

 皆様方の様子からして、かなり親しい方のようですね。一体誰でしょうか。すごく興味が引かれます。

 でも、今はそれよりも王妃様のお世話をがんばらないと。

 まさかご奉公した初日に王妃様のご懐妊が知れるとは思ってもいませんでした。

 王妃様には丈夫で元気な御子を生んでいただかなければなりません。そのためには、私たち使用人は一丸となって王妃様のお世話に全力を尽くす所存です。

 どうやら、私の野望である「身分の高い貴族に見初められて玉の輿」は、しばらく我慢しなければならないみたいです。




 慣れた手つきでお茶を淹れ、王妃様の前に差し出します。


「ありがとう。あなたの淹れてくれたお茶はいつも美味しいから好きよ」

「ありがとうございます」


 微笑みながらそう仰ってくださる王妃様。

 ゆっくりと、それでいて優雅に頭を下げます。この後宮にお仕えして数年。庶民出である私にも、このような作法もすっかり身に付きました。

 それは私だけではなく、私と一緒にご奉公に上がった同僚たちも同様で、皆それぞれ慣れた手つきで皆様にお茶の用意をします。

 遠くからは元気な子供たちの声。今日も子供たちは元気に王城の庭を走り回っているようです。


「ねえ、リィ。大丈夫?」

「ええ。もう後は生むだけですもの。それに二度目だしね」

「うう……いいなぁ」


 アーシア様が、羨ましそうな視線をリーナ様の大きなお腹に注ぎます。

 現在、リーナ様は第二子をご懐妊中。それも間もなく臨月に差しかかるという正に正念場。

 ミフィシーリア様が第一子──世継ぎとなる第一王子様を無事に出産した後、相次いで側妃様方もご懐妊されていることが判明しました。

 ですが、アーシア様だけは子宝に恵まれることはなかったのです。

 リーナ様の弟君であり、シバシィ先生の弟子でもあるジークント・カーリオン伯爵──最近、カーリオン伯爵の家名を正式に継いだそうです──は、陛下とアーシア様の異能が関係していると仰っていましたが私には難しいことはよく判りません。

 ユイシーク国王陛下は、サリナ第二側妃様とマイリー第三側妃様との間に男児をお一人ずつ、リーナ第四側妃様との間に女児をお一人設けられました。

 そして。

 正妃であらせられるミフィシーリア様との間には、第一王子の他に女児をお二人も設けられたのです。

 そんな中でただお一人、アーシア様だけが御子を設けになれませんでした。

 そのことが、アーシア様にしてみれば残念なのでしょう。

 とはいえ、アーシア様が他の御子たちに冷たいということはなく。

 他の方々の御子たちにも、まるで我が子のように時に優しく、時に厳しく接しておられます。


「まあ、ミナセル公爵家の世継ぎの方は、義妹(いもうと)ががんばってくれたから大丈夫だけどね」


 アーシア様が仰るように、王妃様の侍女頭にしてミナセル公爵家のもう一人の令嬢であるメリア様が、とある男性との間に男の子を設けていますので、その子が将来の公爵家を継ぐことになるのだそうです。

 そういえば、サリナ様とマイリー様の御子たちもそれぞれの実家の侯爵家を継ぐため、既に王位継承権を放棄されているとか。

 リーナ様の御子は女の子なので、将来はどこかの貴族の令息の元に降嫁されるのでしょう。




 そんなことを考えていると、子供たちの声がどんどん近づいてきます。

 やがて庭の茂みの向こうから数人の子供たちが飛び出してきました。男の子も女の子も、皆元気に笑っています。身体の所々に小さな傷がたくさんありますが、陛下たちは「子供ならばこのぐらいの傷は当然」とばかりに全く気にされません。

 普通、王子や王女といえば、少しでも怪我をすると大騒ぎする、という印象ですが、この国の王族の方々にはそんな一般的な印象は通用しません。

 そして、そんな子供たちの先頭に立って、悪戯小僧のような笑みを浮かべている一人の男性。

 もちろん、ユイシーク・アーザミルド・カノルドス国王陛下その人です。

 陛下は時にこうして、まるで子供たちと対等の立場にいるように一緒に遊んでいます。

 楽しそうな陛下の顔。一緒に笑う子供たち。そして、それを微笑ましく見守る数人の母親。

 その光景は、とても一国の王族の姿とは思えません。ですが、陛下を始めとして皆様とても幸せそうです。


「あら、楽しそうですね?」

「あ、美味しそうなお菓子! ねえ、ママ、コトリも食べていい?」

「もちろん。構いませんよ」

「アミィさんもいかがですか? アミィさんには及びませんが、わたくしが焼いてみましたの」


 嬉しそうに応じられるマイリー様とサリナ様。一家団欒の中に、更に家族が加わったようです。

 相変わらず陛下とコトリ様の関係はよく判りませんが、彼女が陛下とその家族の一員であることは間違いありません。

 私と数人の同僚は、アミリシア様とコトリ様のお茶とお菓子を用意するため、一礼して皆様が幸せそうにしているその場を後にしました。




 え? 私の野望はどうなったのか、ですか?

 そ、それが……その……い、一応、達成いたしました。

 決して誇れるほど高い身分の方ではありませんが、とある子爵の方に見初められて……今では私も子爵夫人です。

 思い描いていた程には裕福な暮らしではありませんが、夫と子供たちに囲まれて王族の方々にも負けない幸せな家庭を築いていると自負しております。


 『辺境令嬢』更新。そして、これにて再びの終了。


 最後に、ユイシーク一家の団欒が描けて満足しております。

 さて、もう一方の『魔獣使い』の方は、もう3,4話ほど続く予定。できましたら、こちらもよろしくお願いします。


 こうして最後までお付き合いいただいた諸兄に、心より感謝いたします。

 本当にありがとうございました。


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