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踊る喋る猫と男の秋旅行計画  作者: みなと劉


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4/12

猫違いの意味を知る

 朝の舟着き場で、私は葉書を猫の前に置いた。

 タンゴは帽子のつばの下から文面を一瞥し、前足で私のほうへ押し返した。

「気づくのが早かったな。小生の見立てでは五日目だった」

「いつから知っていた」

 私が尋ねると、猫は舟が岸を離れるのを待ってから答えた。

「君が郵便受けから持ってきた日からだ」

 その町に着いたのは昼前だった。

 駅前の広場は、銀杏もなく、舗装のひび割れから枯れた草が伸びているだけの、何の変哲もない四角い空き地である。

 その向かいに、谷口洋裁店という硝子戸があった。

 戸を引くとミシンの音が止み、白髪を短く切った小柄な女性が老眼鏡の上から私を見た。

 視線はすぐ私の肩へ移った。

「あら、今度は茶色い子」

 肩の上で、タンゴが帽子のつばに前足をかけた。

「ご無沙汰している」

「ハチワレの子はどうしたの」

「平成の半ばに逝った。あとを継いだ三毛も六年前に。これが三代目だ」

 銀杏の下で聞いた、猫違いという言葉を思い出した。

 あれは冗談ではなく、ただの事実だったのだ。

 谷口さんは杖をついて立ち上がり、慣れた手つきで猫の頭から帽子を取り上げた。

 タンゴは大きなあくびをひとつすると、私の肩から降り、ミシン台の下の陽だまりへ歩いていって丸くなった。

 呼んでも耳も動かさない。

 作業台に置かれた帽子のほうも、ただのくたびれたフェルトだった。

「喋っているのは猫じゃないの。かといって帽子でもない。両方揃うと、ああいうのが出てくるのよ。理屈はわたしも知りません」

 谷口さんは椅子に戻り、右の膝をさすった。

 丹後は生まれた土地にちなんで座長がつけた芸名で、本名は文というのだと教えてくれた。

 昭和六十一年の秋、あの農村舞台での興行を最後に膝を壊し、一座も解散したのだという。

「わたしが踊れなくなったからって、付き合わせるのは惜しいでしょう。だから縫って、送り出したの」

 彼女は帽子を裏返して、私に差し出した。

 猫が二年間触らせなかった内側に、細かな糸で六文字が縫い取られていた。

 帰るに及ばず。

「律儀なものでね、四十年、本当に一度も帰ってこなかった。その代わり、あの一行よ」

 谷口さんは棚から『ゆくさき』の古い号を抜き出して、作業台に置いた。

「踊るのにちょうどよい広さ。あんな言い回しをするのは、わたしと帽子のほかにいないもの。歯医者の待合室で読んで、椅子から落ちそうになりました」

 私の文体だと思われてきた一行は、発行部数三千の雑誌から打ち上げられた狼煙だったらしい。

 私はミシン台の下の猫を見た。

 猫は眠っていた。

 谷口さんは立っていって、その頭に帽子を載せ、耳を穴へ通してやった。

 タンゴは目を開け、背筋を伸ばして座り直した。

「その内側を読ませる約束はしていないはずだが」

「約束を破ったのはどちらかしら。帰るに及ばずと縫ったでしょう」

 猫は少しも動じず、髭の先までまっすぐに伸ばした。

「小生は帰ってきたのではない。取材に同行しているだけだ。切符も記者が買った」

 谷口さんは笑い出した。

 笑い声は途中から別のものに変わり、彼女は老眼鏡を外して、作業台の端切れで顔を押さえた。

 相手がそうなったときも黙っているものだと、この仕事で覚えた。

 私は静かに硝子戸を開けて、外へ出た。

 向かいの広場まで歩き、端から端へ、右、右、左と足を運んでみた。

 なるほど、ひとりには少し広かった。

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