お連れの方とは?
三日目の宿は川の向こう岸にあり、渡し舟でしか入れなかった。
手帳の「踊る場所」の欄は、朝のうちに二重線で消され、猫の口述どおり「稽古」と書き直されている。
団体の入らない平日で、宿の広間は好きに使ってよいと帳場が言った。
六十畳の奥に金屏風とカラオケの機械が据えてあり、その手前で、タンゴは尾を畳に打ちつけて拍を取り始めた。
「右、右、左。そこで小生の足が空く。空いたところへ君の右を入れる」
理屈は三歳の子どもにもわかる。
ところが私の足は、四十七年間、歩くことにしか使われてこなかった。
三拍目で左右がわからなくなり、四拍目には自分の足が何本あるのかも怪しくなる。
「いま踏んだので九回目だ」
猫は尾を引っ込めて、私を見上げた。
「踏まないように避けてくれてもいいだろう」
「踊りの最中に避ける者があるか」
そこへ襖が開いて、布団の相談に来た仲居が顔を覗かせた。
彼女は、浴衣の裾をからげて畳を踏み鳴らす中年の男と、その正面に座っている帽子の猫を、順に見た。
そして何も言わず、音を立てないように襖を閉めた。
夕食の膳には、頼んでいない燗酒が一本ついていた。
稽古は食後も続いた。
十何回目かに足がもつれたとき、タンゴが短く舌打ちのような音を立てた。
「考えるな。押し棒を思い出したまえ」
言われるまま、体の重みを前へ預けた。
奈落の土を踏んだときのように、ただ次の一歩へ体を運ぶ。
すると右足が、自分の知らないうちに、空いた拍の中へ落ちた。
とん、とん、たん。
足音が、初めてひとつの形に閉じた。
穴の埋まった拍は、もう別のものになっていて、畳の下まで響いて戻ってくるように思えた。
猫の足が止まった。
尾も止まっていた。
天井の蛍光灯がかすかに鳴る音だけが、広間に残った。
「半拍遅い」
しばらくして、猫は言った。
「丹後は、もっと手前で入った」
その名を猫の口から聞くのは初めてだった。
尋ねたいことは山ほどあったが、相手が自分から話し始めたときは黙っているものだと、この仕事で覚えた。
タンゴは六十畳を端から端まで、ゆっくりと見渡した。
「ちょうどよい広さだ」
節回しが違っていた。
猫の声のまま、誰かの口ぶりをなぞっている。
「どこへ行っても、あれはまずそう言った。駅前でも、神社の軒下でも、港の魚箱の上でも。そう言ってから、小生を呼んだ」
私は畳の上に立ち尽くしていた。
あの一文は、取材先で猫が呟いたのを面白がって書き留めたものだ。
二年間、自分の思いつきのような顔をして、毎号の記事に紛れ込ませてきた。
タンゴはそれきり口を閉じ、金屏風の前で丸くなった。
帽子は被ったままだった。
夜更けに目が覚めると、川の音が部屋いっぱいに満ちていた。
私は布団を抜け出し、手帳の裏の紙入れから一枚の葉書を取り出した。
読者からの便りはこれきりなので、捨てられずに挟んであったのだ。
長野の女性のあの葉書である。
差出人の住所を読み、それから手帳の四日目の欄を開いた。
同じ町の名が書いてあった。
机の上の地図で、猫がいちばん長く座っていた場所だ。
文面は覚えているつもりだった。
だが読み返してみると、ちょうどようございました、のあとには続きがあった。
ただ、ひとりでは少々広うございました、と書かれている。
結びの一行は、届いたときに決まり文句として読み流していた。
お連れの方にも、どうぞよろしくお伝えくださいませ。
私の記事に、連れが出てきたことは一度もない。




