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踊る喋る猫と男の秋旅行計画  作者: みなと劉


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2/12

人前で踊る…だと?

 食堂の品書きは短く、落ち鮎の塩焼きと、くるみ味噌の五平餅のほかは、壁の札が日に焼けて読めなかった。

 タンゴは座布団の上で鮎を頭から平らげ、中骨だけを皿の端にきれいに残した。

 勘定のついでに、女将に駅前の老人のことを尋ねた。

 十年前に定年を迎えた元の駅長で、頼まれもしないのに毎年あの銀杏の葉を掃きに来るのだという。

 三十年以上前の話となると、女将は笑って手を振った。

 この町へ嫁に来る前のことだそうだ。

 翌朝は雨になった。

 二日目の行き先は、バスで山をひとつ越えた集落の神社である。

 境内に古い農村舞台が残っており、保存会に電話をすると、鍵は社務所の裏の植木鉢の下だと教えられた。

 タンゴは濡れるのを嫌い、参道の石段のあいだずっと、私の上着の中で不平を並べていた。

「秋雨に情緒があると書く連中を、小生は信用しない」

「書いたことがある」

 私が白状すると、胸のあたりで鼻を鳴らす音がした。

「知っている。先月号だ」

 舞台は杉木立の奥にあった。

 茅葺きの大屋根の下に入ると雨音が遠のき、乾いた檜の匂いがした。

 板戸を外して上がれば、床の中央に大きな丸い切れ目がうっすらと見える。

 タンゴは上着から抜け出してその円の真ん中まで歩き、爪の先で床を二度叩いた。

「回したまえ」

 意味がわからず突っ立っていると、猫は顎で舞台の裏を示した。

「下に押し棒がある。今日の小生は、回りながら踊る」

 奈落への梯子を下りると、湿った土の匂いの中に太い心棒が立っていて、そこから長い棒が一本、横に伸びていた。

 スマートフォンの明かりを頼りに肩を当てて押すと、頭の上で木が低く唸り、舞台全体がためらいながら動き始めた。

 私は土間を円く歩いた。

 牛の仕事である。

 原稿料には含まれていない。

 ひと回りしたところで、足音が降ってきた。

 踊りを下から聞くのは初めてだった。

 肉球と爪が檜を打つ音は、板を通すと驚くほどはっきりしていて、拍まで数えられる。

 数えているうちに、妙なことに気がついた。

 足音に穴があるのだ。

 とん、とん、で一拍休み、とん、で二拍休む。

 その休みは気まぐれではなく、いつも同じ長さで、同じところに空いていた。

 昨日は葉の音に紛れて聞こえなかったのだろう。

 猫は休んでいるのではなかった。

 誰かの足が入るはずの場所を、空けて踊っているのだった。

 息が切れて棒にもたれたとき、明かりが心棒の脇の柱を照らした。

 柱には墨の文字がびっしりと書き込まれていた。

 ここで興行をした旅の一座が、代々名を残していったものらしい。

 明治、大正と年号を追って柱を半周したところで、私の手が止まった。

 昭和六十一年霜月、橘一座、踊り、丹後。

 そのあとには誰の名もなかった。

 文字の横に、小さな絵が添えてあった。

 つばのある帽子に、穴がふたつ。

 押す者のいなくなった舞台は、ゆっくりと止まった。

 足音も、それに合わせるように止んだ。

 梯子を上がり、撮ってきた写真を円の真ん中の猫に差し出した。

「丹後と書いてあった」

 タンゴは画面を見なかった。

 耳だけが、こちらへわずかに傾いていた。

 駅のホームに立ってから家の玄関に帰り着くまで、この猫が私の問いに黙っていたことは、二年間で一度もない。

 雨の音が急に近くなった気がした。

 鍵を植木鉢の下に戻し、石段を下りるあいだも、上着の中の重みは身じろぎひとつしなかった。

 バス停にはトタン屋根の小屋があり、次の便までは四十分あった。

 雨が屋根を細かく叩いていた。

 私がベンチに腰を下ろすと、襟元から羽根が覗き、続いて帽子のつばが覗いた。

「記者。右足と左足の区別はつくか」

 声はいつもより少し低かったが、紛れもなく猫の声だった。

「つくつもりだが」

 私が答えると、タンゴは上着から這い出して、ベンチの上に座り直した。

「結構。三日目の宿には広間があったな」

「ある。何の話だ」

 猫はしばらく雨を見ていた。

「ふたりで踊るものをひとりで踊るのは、なかなか骨が折れるのだ。さっきの歩き方は悪くなかった。牛にしては」

 それから、ひどく事務的な口調で付け加えた。

「先に言っておくが、小生は足を踏まれるのが嫌いだ」

 私は今年で四十七になる。

 人前で踊ったのは、小学校のフォークダンスが最後である。

 バスが来るまでの四十分、猫はベンチの上から、私の足の置き場所を指図し続けた。

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