人前で踊る…だと?
食堂の品書きは短く、落ち鮎の塩焼きと、くるみ味噌の五平餅のほかは、壁の札が日に焼けて読めなかった。
タンゴは座布団の上で鮎を頭から平らげ、中骨だけを皿の端にきれいに残した。
勘定のついでに、女将に駅前の老人のことを尋ねた。
十年前に定年を迎えた元の駅長で、頼まれもしないのに毎年あの銀杏の葉を掃きに来るのだという。
三十年以上前の話となると、女将は笑って手を振った。
この町へ嫁に来る前のことだそうだ。
翌朝は雨になった。
二日目の行き先は、バスで山をひとつ越えた集落の神社である。
境内に古い農村舞台が残っており、保存会に電話をすると、鍵は社務所の裏の植木鉢の下だと教えられた。
タンゴは濡れるのを嫌い、参道の石段のあいだずっと、私の上着の中で不平を並べていた。
「秋雨に情緒があると書く連中を、小生は信用しない」
「書いたことがある」
私が白状すると、胸のあたりで鼻を鳴らす音がした。
「知っている。先月号だ」
舞台は杉木立の奥にあった。
茅葺きの大屋根の下に入ると雨音が遠のき、乾いた檜の匂いがした。
板戸を外して上がれば、床の中央に大きな丸い切れ目がうっすらと見える。
タンゴは上着から抜け出してその円の真ん中まで歩き、爪の先で床を二度叩いた。
「回したまえ」
意味がわからず突っ立っていると、猫は顎で舞台の裏を示した。
「下に押し棒がある。今日の小生は、回りながら踊る」
奈落への梯子を下りると、湿った土の匂いの中に太い心棒が立っていて、そこから長い棒が一本、横に伸びていた。
スマートフォンの明かりを頼りに肩を当てて押すと、頭の上で木が低く唸り、舞台全体がためらいながら動き始めた。
私は土間を円く歩いた。
牛の仕事である。
原稿料には含まれていない。
ひと回りしたところで、足音が降ってきた。
踊りを下から聞くのは初めてだった。
肉球と爪が檜を打つ音は、板を通すと驚くほどはっきりしていて、拍まで数えられる。
数えているうちに、妙なことに気がついた。
足音に穴があるのだ。
とん、とん、で一拍休み、とん、で二拍休む。
その休みは気まぐれではなく、いつも同じ長さで、同じところに空いていた。
昨日は葉の音に紛れて聞こえなかったのだろう。
猫は休んでいるのではなかった。
誰かの足が入るはずの場所を、空けて踊っているのだった。
息が切れて棒にもたれたとき、明かりが心棒の脇の柱を照らした。
柱には墨の文字がびっしりと書き込まれていた。
ここで興行をした旅の一座が、代々名を残していったものらしい。
明治、大正と年号を追って柱を半周したところで、私の手が止まった。
昭和六十一年霜月、橘一座、踊り、丹後。
そのあとには誰の名もなかった。
文字の横に、小さな絵が添えてあった。
つばのある帽子に、穴がふたつ。
押す者のいなくなった舞台は、ゆっくりと止まった。
足音も、それに合わせるように止んだ。
梯子を上がり、撮ってきた写真を円の真ん中の猫に差し出した。
「丹後と書いてあった」
タンゴは画面を見なかった。
耳だけが、こちらへわずかに傾いていた。
駅のホームに立ってから家の玄関に帰り着くまで、この猫が私の問いに黙っていたことは、二年間で一度もない。
雨の音が急に近くなった気がした。
鍵を植木鉢の下に戻し、石段を下りるあいだも、上着の中の重みは身じろぎひとつしなかった。
バス停にはトタン屋根の小屋があり、次の便までは四十分あった。
雨が屋根を細かく叩いていた。
私がベンチに腰を下ろすと、襟元から羽根が覗き、続いて帽子のつばが覗いた。
「記者。右足と左足の区別はつくか」
声はいつもより少し低かったが、紛れもなく猫の声だった。
「つくつもりだが」
私が答えると、タンゴは上着から這い出して、ベンチの上に座り直した。
「結構。三日目の宿には広間があったな」
「ある。何の話だ」
猫はしばらく雨を見ていた。
「ふたりで踊るものをひとりで踊るのは、なかなか骨が折れるのだ。さっきの歩き方は悪くなかった。牛にしては」
それから、ひどく事務的な口調で付け加えた。
「先に言っておくが、小生は足を踏まれるのが嫌いだ」
私は今年で四十七になる。
人前で踊ったのは、小学校のフォークダンスが最後である。
バスが来るまでの四十分、猫はベンチの上から、私の足の置き場所を指図し続けた。




