手紙とゲンとタンゴ
記者さんへ。
この前は島まで来てくれて、ありがとうございました。
ゲンのことを連載に書くかどうか迷っていると、谷口さんから聞きました。
書くなら間違えないでほしいので、順番に書きます。
ゲンが死んだのは八月の終わりです。
前の晩、赤い帽子を被せたら、あいつは目も開けないで、坊主、帽子を海に捨てるんじゃねえぞ、と言いました。
それが最後です。
朝になったら縁側で冷たくなっていました。
九月になって、ぼくは帽子を魚屋の猫に被せてみました。
引っかかれました。
ニワトリは逃げました。
学校の山羊に被せたら、山羊が顔をしかめて、なんでえこりゃ、角が邪魔だ、と言いました。
ゲンと同じ声でした。
記者さんには笑い話として話しましたが、本当はあのとき、ぼくはすごく腹が立ちました。
帽子をひったくって、ゲンの声で喋るなと怒鳴りました。
それからずっと、帽子は押し入れに入れていました。
十月に記者さんたちが来て、夕方、ぼくは防波堤でひとりで座っていました。
そうしたらタンゴが来ました。
記者さんは谷口さんと宿にいたので、ここからは知らないと思います。
タンゴはとなりに座って、海を見たまま、押し入れの帽子はどうした、と言いました。
ぼくは、あんなのゲンじゃないと答えました。
「そうだ。あれは犬ではない」
タンゴはあっさり言いました。
ぼくは、なぐさめてくれるのかと思っていたので、びっくりしました。
それからタンゴは、自分も下の者を二度見送ったと言いました。
下の者というのは、帽子の下の動物のことだそうです。
「君に訊く。あの犬は、夜どこで寝ていた」
ぼくの布団の足もとです、と答えました。
「雨の日は」
玄関です。
雷が鳴ると押し入れに入ろうとして、ふすまを鼻で開けるのが上手でした。
ぼくがそう言うと、タンゴは少し黙っていました。
「帽子はそれを知らない。被っていたあいだのことしか知らないのだ。あの犬の一生のほとんどは、帽子の外にあった。それを全部知っているのは、君だけだ」
ぼくは何も言えませんでした。
タンゴは立ち上がって、帽子の角度を直しました。
「あの山羊が喋っても、君の犬は減らない」
そう言って、帰っていきました。
記者さんがよく書いているとおり、えらそうな猫だと思いました。
でも、ぼくはその晩、ひさしぶりに泣きました。
次の日、ぼくが山羊を連れて防波堤に行ったのを見て、記者さんは驚いていましたよね。
理由はそういうことです。
山羊は帽子が気に入らないらしくて、ずっと文句を言っていました。
歌はゲンより下手でした。
谷口さんの杖と記者さんの足は、去年より少し合っていたと思います。
これはお世辞ではありません。
連載に書いてもいいです。
ただ、ひとつだけ入れてください。
ゲンの右の耳は、先が少し折れていました。
帽子の穴に通すとき、いつもぼくが指で伸ばしてやっていました。
これは帽子も知らないことなので、書いておいてください。
小寺陽太




