サンドボックス型ダンジョン
門が開いた先にも――霧が広がっていた。
白い霧が視界を覆い、前方の景色はほとんど見えない。
「なんか味気ないっすねぇ~~。てっきり、でっかい神殿でも見えるのかと思いました」
レイナが、少しだけ残念そうに呟いた。
「油断はするなよ。また、どこかへ転移させられたりするかもしれんぞ」
グリムベルが周囲を警戒しながら、レイナを諫める。
「……とにかく、進もう。臨戦態勢はしっかりした上でね」
俺はそう呟き、ゆっくりと門の中へ一歩、足を踏み入れた。
フィリアたちも続く。
そして――全員が門の内側へ入った、その瞬間。
ズズズズズズズズズッ……!!
巨大な門が、ひとりでに動き始めた。
「……え?」
次の瞬間、凄まじい音を響かせ、門が完全に閉ざされた。
「おいおい……」
振り返った俺は思わず眉をひそめる。
その直後だった。
「……っ!?」
足元の感触が、突然変わった。
硬かったはずの地面が――グニャリ、と沈んだ。
「なっ……!?」
俺の足が、地面を貫通する。
ズブッ。ズブッ。
俺たちの足が、次々と地面へ沈んでいく。
「いきなりっすね!!」
レイナが叫ぶ。
「う、うわぁぁぁぁぁっ!?」
フィリアが慌てて両手を振り回した。
「ちょっ、待って! これ、地面じゃ――!」
グニャリ。最後まで言い終わるより早く、地面そのものが大きく歪んだ。
そして――跡形もなく消えた。
「落ちるっっ~~!!」
フィリアの悲鳴が響き渡る。
俺たちの身体は、一斉に宙へ放り出された。
下には何もない。ただ、どこまでも続いているような暗闇だけが広がっている。
「うおおおおおおっ!?」
「きゃああああああっ!!」
「ちょ、ちょっと待つっす――!!」
急激な重力に身体を引っ張られる。俺は咄嗟に魔力を練り上げた。
「《フライ》!!」
身体が浮く――はずだったが。
「くっ……!」
間に合わない。あまりにも落下速度が速かったのだ。
身体が回転し、上下すら分からなくなる。
この状態では、まともに飛行魔法を制御できない。
――まずい。
このままでは、全員が地面に思いっきり叩きつけられる。
そう思った瞬間、ほんの一瞬だけ身体が軽くなった。
俺だけじゃない。視界の端で、フィリアたちの身体もわずかに浮き上がっている。
グリムベルがすんでのところで魔法を使ったのだ。
「全員、衝撃に備えろ!」
その声と同時に――地面にぶつかった。
「「「「いったぁぁぁぁぁ!!!」」」」
全員が一斉に悲鳴を上げた。
「~~~~っ!!」
俺は尻を押さえながら、なんとか身体を起こす。
飛行魔法によって落下速度は多少抑えられた。
それでも、完全に止めることはできなかった。
結局、全員そろって思いっきり尻餅をつく羽目になった。
「大丈夫か!?」
「なんとかぁ~~。転移魔法を使う隙もなかったよ~」
フィリアが涙目になりながら答える。
「落下速度が凄まじかったな。逃げられないようにするために何かされたのだろう」
グリムベルが立ち上がり、周囲を見回す。
俺も同じように周囲を確認する。
その瞬間――頭上から、低い音が響いた。
見上げると、さっきまで吹き抜けになっていた天井が巨大な岩によって、急速に塞がれていった。
「閉じ込められた……?」
フィリアが呟いた。
やがて最後の隙間まで岩で埋め尽くされる。
そして、壁の一角に小さな火が灯った。
ボワッ。
その隣にも。さらに、その隣にも。
俺たちの存在を感知したかのように、壁に埋め込まれた魔石へ次々と火が灯っていく。
暗闇の空間が、少しずつ明るくなっていく。
石造りの壁に長く続く通路。天井を支える巨大な柱。
そして――俺たちの前に伸びる、1本の道。
「……これが――リュクトランの先の『遺跡』……なのか? これは、ダンジョンっぽいな……」
「たしかに、これはダンジョンだね~。ここまでの地下ダンジョンは見たことないけど......」
フィリアが頷いた。
「この先に【エルドラッドのイヤリング】があるはずだ。進もう」
俺たちは慎重に歩き始めた。
足音だけが、石造りの通路に反響する。
コツ……。コツ……。
どれだけ歩いただろうか。
通路は複雑に枝分かれしているわけではなかった。
ひたすら、一本道。だが、それが逆に不気味だった。
罠があるのか。魔物がいるのか。
そのとき、前方の暗闇が揺れた。
俺たちは一斉に身構える。
すると、巨大な影が通路の奥から姿を現した。
4本の脚に岩石のように硬そうな肌をした猪――ストーン・ボア。
そして、俺たちを見つけるとこちらへ向かって突進してきた。
「下がっていろ」
グリムベルが一歩前へ出て、剣を取り出す。
ヒュンッ!!
一瞬だった。
グリムベルの剣がストーン・ボアの身体を横薙ぎに切り裂いた。
ドォンッ!!
巨体が地面へ倒れ込む。
「……倒した?」
フィリアが恐る恐る近づく。
だが――。
「待って」
俺は手を上げた。
ストーン・ボアの身体に、異変が起きていた。
「……なんだ、これ?」
魔獣の身体が、次々と幾何学的な形へ分解されていく。
そして、粒子のように形となってストーン・ボアの姿は『消滅』した。
血も肉片もない。骨すら残っていない。
「……生きた生物じゃない?」
俺は思わず呟いた。
まるでゲームの敵キャラクターが、倒された瞬間にデータへ戻るような――。
そんな印象だった。
「僕の剣にも血はついていない。このダンジョンが生み出した『もの』なのか?」
「……」
俺は思わず、自分の目の前を見る。
もしかすると――次の瞬間、視界に何か表示されるのではないか。
ゲームでよくある【経験値を獲得しました】だとか。【ストーン・ボアを討伐しました】だとか。
あるいは――【称号:猪殺し】、【耐性:土属性】。そんなものが出てくるのでは。
……だが。何も出なかった。
どれだけ待っても、視界に文字が浮かぶことはない。
「なんだ……。てっきりステータス画面が出て、パラメータでも表示されるかと思ったのに」
「ソック、なによぉ。すてーたす?ぱらめーた?」
フィリアが不思議そうに尋ねてくる。
「ん……。あーいや、ゲームでよくあるやつだよ。攻撃力とか防御力とか、スキルとかが分かる画面」
「げぇむ?」
「お前は何を言ってるんだ」
グリムベルが怪訝そうな顔をする。
「それに『スキル』は特別に変質させた魔力のことであって、特に名前とかないぞ」
「あ……ああ」
俺は言葉を失った。そうだった。
この世界における【スキル】は、ゲームに登場するようなシステム上の能力ではない。
魔力を特殊な形へ変質させる才能。あるいは、個人が持つ特異な能力の一種。
俺はそれを、ゲームのスキルと無意識に混同してしまっていた。
「……いや、今の話は忘れてくれ」
「まったく......」
グリムベルが呆れたように呟く。
俺は苦笑しながら、消滅したストーン・ボアがいた場所を見つめた。
だが――この魔物は、何のために存在していた?
単に侵入者を排除するためなのか?
「魔物たちは――何の『役割』で生み出されたんだ?」
その問いに、答える者はいなかった。
◇ ◇ ◇
――ダンジョン深部。その、さらに奥。
『まだ誰もいないはずの空間』に小さな光が走る。
チカッ。チカッ。
何もない空間に、複数の文字列が浮かび上がる。
それは、まるで何者かが空間そのものへ情報を出力しているかのようだった。
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対象者名:グリムベル・ダバナ
HP(体力):500(現時点での推定)
MP(魔力量):150
STR(攻撃力):350
DEX(命中力):未測定
VIT(防御力) : 未測定
AGI(俊敏力):150
スキル:効果不明
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対象者名:ソック・ブライド
HP(体力):650(現時点での推定)
MP(魔力量):500
STR(攻撃力):300
DEX(命中力):未測定
VIT(防御力) : 未測定
AGI(俊敏力):未測定
スキル:効果不明
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《フィリア・ミズルとレイナ・フラクトスについてはこれより情報収集開始》
《ここは、古代の魔術師たちが自分たちの力を測定するために開発した場所。存分にその力を示し、『測定』させてください。あなた達の力を『解析』し、最適な『おもてなし』をいたしましょう》
《ここは侵入者たちの『遊び場』。気持ちよ~く遊んでもらい、気持ちよ~く破滅してもらいましょう☆》
最後に、一際大きな文字列が浮かび上がった。
《別名――【サンドボックス型ダンジョン】》
暗闇の中で、文字だけが不気味に輝いていた。




