分断
ストーン・ボアを倒した後に続く道も、一本道だった。
分岐は少なく、道幅も一定。足元に注意を払いながら進めば、迷うような場所ではない。
拍子抜けするほど――素直だった。
道なりに進むと、今度はゴブリンが出現した。
俺はすかさず右手を前へ突き出す。
「《アース・スパイク》」
地面から飛び出した土槍が、ゴブリンの腹部を正面から撃ち抜く。
ゴブリンはそのまま後方へ吹き飛び――その身体が幾何学的な粒子へ変わって消滅した。
「……まただ」
俺は眉をひそめる。やはり、普通の生物ではない。
「次が来るっすよ!」
レイナの声がすると、今度は2体出現した。
そのうち1体は――剣を持っていた。
「ゴブリンが武器を……?」
「僕が行く!」
グリムベルが前へ出る。
剣を抜き、1体の攻撃を受け流した。
そのまま身体を滑らせ、懐へ入り込む。
そして、一閃。
もう1体のゴブリンは、レイナによって動きを封じられた。
「いただきっす~!」
レイナが一気に間合いを詰めて小型のナイフのようなもので突き刺し――消滅。
「武器を持たせてきたな……」
俺は消滅した魔物の残滓を見つめた。
そして。ウルフ種、ゴブリン、オーク、スパイダー種。
セイレーンの力で生み出された魔物より、はるかに多くの種類の魔物と遭遇した。
さらに、魔物の種類に応じて次々と魔法を使用した。
基本属性の魔法だけでなく、結界魔法等の特殊な魔法も。
様々な状況を用意されて、『違う手札』を切らされている感覚。
そして、魔物だけではなかった。
道中にはいくつもの罠が仕掛けられていた。
最初は、床の一部を踏めば正面から矢が飛んでくる程度の単純なものだった。
だが――進むにつれて、壁や天井からも攻撃が飛んでくるようになった。
「上っす!」
「右からも!?」
「フィリア!」
「任せて!」
フィリアの転移魔法で、間一髪のところを回避する。
さらに進めば、上下左右から同時に攻撃が飛んできたり、転移を阻害する罠まで現れた。
最初は単純だった仕掛けが、少しずつ――巧妙になっていた。
「……不気味だな」
ある程度道なりに進んだところで、俺は呟いた。
俺たちはかなり深部まで――進んでいる。
なぜか息を整える時間がある。
魔物の襲撃も、罠もない区間が存在していた。
「安全地帯……?」
俺が呟くと、レイナが声を上げる。
「シノビとしては違和感大ありっすねぇ~。このダンジョン、モンスターは際限なく生まれるような気がしますが――『攻めてこない』んすよ」
レイナは周囲を見渡す。
「今こうしている場だって、私たちはある意味休憩できている。シノビはいかに『早く』『悟られずに』任務を完遂させるかが重要っす」
「……」
「だから私は、道を押しつぶす程の大量の魔物でもぶつけてくるかと思ったっすよ」
その言葉に、俺は黙り込んだ。
魔物を大量に生み出せるなら、わざわざ細かく襲わせる必要はない。
もっと効率的な攻撃方法はいくらでもある。なのに、このダンジョンはそうしない。
まるで――。
「……グリムベル」
「ああ」
彼も、同じことを感じているらしい。
「僕も妙だと思っていた」
「やっぱり?」
「だが、『説明』できない。なんとなく感覚として『違和感』があるんだが……」
グリムベルは剣の柄に手を置いたまま、周囲を見渡した。
「何かが僕たちを見ているような――そんな感覚だ」
その言葉に、背筋がわずかに冷たくなった。
俺は、これまでの出来事を思い返す。増えていく魔物の種類に、巧妙になっていく罠。
そして、時折訪れる安全な場所。
まるで――俺たちの能力を確認しながら、少しずつ条件を変えている。
(俺たちは『観測』されている?)
「深く考えても仕方がない。ひたすら前に進むのみだ」
グリムベルが立ち上がる。
「ああ」
俺も頷いた。結局、それしかない。
俺たちは再び歩き始め、さらに奥へと進んでいった。
やがて――。
「……広いっすね」
レイナが呟いた。
一本道だった通路が、突然途切れた。
その先にあったのは――巨大な円形の広間。
天井は遥か高くまであり、壁面にはこれまで見たことのない複雑な紋様が刻まれている。
「ここが……リュクトランの……最深部?」
俺は息を呑んだ。
その瞬間、広間の中央に光が集まり、空中へ文字列が浮かび上がった。
しかも、俺たちにも読める文字だった。
ラウナホール国の言語にダバナ国の言語。
俺たちが理解できるように――『翻訳』して書かれていたのだ。
《ようこそ、超お久しぶりの侵入者諸君! 用意した『遊び』は楽しんでいただけましたか?》
俺たちは、誰一人として声を出さなかった。
文字が続く。
《でも、これでこの遊びも終わりです☆ あなた達の素性、魔法力、筋力――》
《すべて『測定』させていただきました!》
俺の脳裏に、これまでの光景が蘇る。
「まさか……」
だが、考えるより早く、次の文字が浮かんだ。
《これより、『ボス』のお出ましですっ! 皆さん、頑張ってくださいね~!》
直後、轟音がした。
「なっ!?」
地面が揺れ、広間の奥の壁が左右に割れる。
その奥から――巨大な影が姿を現した。
ズシン。
巨大な足が床を踏み砕く。全身を覆うのは、黒く硬質な金属のような装甲。
頭部だけでも、俺たちの身長を超えていた。
アンナが生成したゴーレムも巨大だったが、目の前の存在は――それ以上かもしれない。
「ゴーレム……」
グリムベルが剣を構えた。
俺も魔力を集中させる。
「このゴーレムが最後の敵っ!! おそらくこのゴーレムは――」
――ゾクリ。
「……っ!?」
背後から、強烈な寒気が走った。
次の瞬間、俺の口が何かに塞がれた。
「むぐっっっ……!?」
――人間の腕。
俺は必死に振りほどこうとするが、びくともしない。
首を捻り、背後を見ると――。
「……フィ、リア……?」
そこにいたのは、確かにフィリアだった。
栗色の髪にいつもの笑顔。だが、その瞳だけが違っていた。
翡翠色ではない、桃色。
「フィ……フィリっっ!?」
フィリアの口元が、ゆっくりと歪んだ。
「鈍感ですねぇ、お兄さん♡」
声も確かにフィリアのもの。
だが、そこに込められた感情は別人だった。
「言ったでしょ? 近いうちに会いましょうって――ね♡」
桃色の瞳が、俺を見つめる。
「一体いつから!?」
「最初に眠らせた時ですよ♡」
その声が、楽しそうに弾む。
「あの時からずぅっと――精神を乗っ取る準備をしていました♡」
「くそっっ!!」
俺は必死に身体を動かす。
「……ミレアぁぁぁ!!」
その名前を叫んだ瞬間、フィリアの顔が、嬉しそうに歪んだ。
「お兄さん、そんなに大きな声を出さなくても聞こえていますよ♡」
「お前が――父さんとコレットをっっ!」
「口汚い言葉はお兄さんらしくないですよ?」
フィリア――否。ミレアは、俺の耳元で囁いた。
「それに今の私は、フィリア・ミズルですっ♡」
そして、わざとらしくフィリアの声を真似る。
「『ソック、どうしたの~?』」
その声音は、いつものフィリアそのものだったが――笑い方だけが違う。
「……ふふっ♡ 頭空っぽの陽キャラクソ女は乗っ取りやすいなぁ~~」
「……っ!」
「『ねー、ソック』??」
「貴様ぁっっ!!」
俺の激昂した声に、グリムベルたちがこちらへ振り返った。
「どうしたっ!?」
「ソック!! 何が――」
その瞬間、巨大なゴーレムの腕が振り抜かれた。
「――っ!?」
空気そのものが爆発したかのような衝撃。
「くっ!」
「危なっ――!」
グリムベルとレイナが、紙一重で飛び退く。
床が大きく砕け散った。
「グリムベル! レイナ!」
俺が叫んだ、その瞬間。ミレアが、空いている片手を前へ伸ばす。
「――《次元結界》♡」
透明な壁が出現した。
「なっ――!?」
俺と2人の間に、完全な障壁が生まれる。
グリムベルが剣を振るうが、透明な壁には傷一つつかなかった。
「ゴーレムは――俺たちの能力を『解析』している!!」
壁が厚くなっていく中、俺は必死に声を張り上げた。
「『予測不能な攻撃』をしない限り――勝ち目はないっっ!!」
だが、声はもう届いていなかった。
ミレアが、くすくすと笑う。
「もう聞こえていないのでは?」
「……っ」
「ふふっ♡」
桃色の瞳が、俺を見つめる。
「グリムベルとレイナには、ここで死んでもらいましょう♡」
そして、俺の耳元へ顔を寄せる。
「そして、お兄さんは、あたしともっともっと遊びましょう♡♡」
「私はお兄さんのこと、大っ嫌いだから♡」
その声が広間に響く。
「無様に這いつくばらせて――私の永遠の『奴隷』にしてやろうかな?」
俺の目の前では、『フィリアの顔』でミレアが笑っている。
そして。透明な壁の向こうでは、グリムベルとレイナが巨大なゴーレムと対峙していた。
――2つの戦いが、始まる。




