解錠
――古代結界の攻略において、俺は父であるアーノルドと戦い、己を証明した。そして、誰もいなくなった空間で、俺は佇んでいた。
周囲の霧がさらに濃くなっていく中で、俺は足元に落ちていた『秘密鍵』を拾い上げた。
赤い鍵。その姿を見つめながら、俺は父、アーノルドの最後の姿を思い浮かべていた。
最後まで俺と向き合ってくれた父。その剣と言葉が心に残る。
そして――託された『秘密鍵』。『己』であることの証明。
俺は、強く鍵を握りしめた。
「感傷に浸っている暇はない。早く、この場所から脱出しないと」
俺は顔を上げた。霧が、明らかに先ほどまでとは違う動きを見せている。
空間そのものが、軋んでいるような感覚。
俺がいる場所を満たしていた魔力が、不規則に変化し始めていた。
「……ここに長居するのは、まずいな」
本能的に感じていた。この場所に居続けるのは危険だ。
俺は色々な感情を、心の奥へと押し込める。
今はただ、やるべきことだけに集中する。
そして――この場所から脱出するための『方針』も、俺にはおおよその見当がついていた。
妙なほど、思考は落ち着いていたのだ。
「この『秘密鍵』は、公開鍵とセットであると認識しないと、その効力は発揮されない」
俺は、手の中の赤い鍵を見つめる。
「だから――」
腰に下げていた元々持っていた公開鍵を取り出す。
そして、2つの鍵を重ね合わせた。
その瞬間だった。
――キィィィィン!!
甲高い音が、霧の中へと響き渡る。
「……!?」
赤い秘密鍵と、公開鍵。
2本の鍵から、まばゆい光が一気に溢れ出した。
異なる性質を持っていたはずの2つの鍵が、互いの存在を確かめるように共鳴していく。
光は瞬く間に俺の全身を包み込んだ。そして、足元の感覚が消える。
「これは……再びの転移かっ!?」
気がつくと、俺は――再び、リュクトランの巨大な門の前に立っていた。
目の前には、俺たちが最初に差し込んだ鍵穴があった。
「ソック!! 無事でよかったぁ!!」
聞き慣れた声が響く。
振り向くと、フィリアがこちらへ駆け寄ってくるところだった。
その表情には、心の底から安堵したような笑顔が浮かんでいる。
「戻ってこれたようで、安心したぞ」
その後ろから、グリムベルも歩み寄ってくる。
落ち着いた表情を浮かべているが、その瞳には僅かな疲労が滲んでいた。
「これで全員戻ってこれたっすねぇ」
さらに、その横からレイナが姿を現す。
いつもの軽い口調。だが、その表情にはどこか硬さが残っていた。
「みんな!!」
俺は3人の正気に戻った姿を確認して、思わず声を上げた。
「ここにいるってことは――『試練』を突破して、秘密鍵を手に入れたのか!?」
「そうだな。色々あったが、何とか入手できた」
「グリムベルは、どんな試練だったんだ?」
「兄さん――バルド第一王子と一騎打ちしてきた」
「バルド第一王子と……?」
「ああ。本物の兄さんはラウナホール国の就任演説に参加している。だから、あれは幻に過ぎない」
グリムベルは、一瞬だけ目を伏せた。
「それでも……本気で戦った。何とか勝てたよ」
そして、自分の手を見つめる。
「僕の剣技の本質を、改めて考え直すいい機会になった」
「……そっちも大変な試練だったな」
バルドと戦う。それがどれほどグリムベルにとって重い試練だったのか、俺には想像できなかった。
「フィリアは?」
「私はね――ドラゴンに追いかけられながら、スイーツを食べる試練だったよ☆」
「…………は?」
「ドラゴンに捕まる前に、目当てのスイーツを食べれば勝利ってやつ!!」
フィリアは楽しそうに笑う。
「スイパラのことばっかり考えてたら、何か食べられて~いつの間にかクリアしてたよ~~」
「おぉ……まじか……」
俺は思わず苦笑する。
人によって、試練の難易度も内容も全然違うのだろうか?
それなら――リュクトランは、一体何を基準にして試練の内容を決めている?
「……レイナは?」
俺が尋ねると、レイナの表情が変わった。
「私は――言いたくないっす」
「……」
「とにかく、『一番会いたくないやつ』に会った。それだけっすよ」
レイナは吐き捨てるように言った。
「ほんと、胸糞悪い試練でした」
その瞳には、深い怒りが宿っている。
俺は、それ以上聞かなかった。レイナにとって、余程精神的に堪える試練だったのだろう。
やはり――リュクトランは、決して甘い場所ではない。
「ソック」
グリムベルが、こちらを見る。
「君は、どんな試練だったんだ?」
「僕は――」
俺は手の中にある赤い秘密鍵へ視線を落とした。
「死んだはずの父さんと会った。そして――剣の真剣勝負をしてきた」
「……!」
「あの父さんは、決して『幻』なんかじゃなかった」
グリムベルが、静かに息を呑む。
「死者をも呼び寄せるということか……?」
そして、門を見上げる。
「古代結界は、『魂』と何か繋がりがある場所なのかもしれんな」
「……わからない」
俺は首を横に振った。
「ただ――これで全員、『秘密鍵』を保持しているはずだ」
俺は全員の手元を見渡した。
それぞれが手にしている鍵。どれも形状こそ異なる。
だが――鍵そのものから、これまでとは明らかに違う魔力を感じる。
「この秘密鍵には、特殊な魔力が宿っている」
俺は自分の秘密鍵を握りしめた。
「試練を突破したことで、俺たち4人が『本人』であることの証明も完了したんだと思う」
つまり――もう、条件は揃っている。
「この門は、開けられる」
俺は巨大な門へと向き直った。
「というわけで――『解錠』するぞ」
視線が、門へ集まる。俺たちは、それぞれ門の前に立った。
4人の手には、それぞれの公開鍵と秘密鍵。そして――門には、4つの鍵穴。
「いくぞ」
俺の声に合わせて、一斉に動く。
それぞれが手にした公開鍵を、鍵穴へ差し込んだ。
――カチッ。
4本の鍵が、同時に鍵穴へ収まる。
次の瞬間、淡い光が、門全体へと走った。
「……!」
光は4つの鍵穴から伸び、巨大な門の表面を複雑な線となって駆け巡っていく。
だが――これだけでは開かない。あくまでこれは『登録処理』に過ぎないのだ。
「よし!! 次だ!! 秘密鍵を差し込むぞ!!」
グリムベルたちは無言でうなずく。
そして、全員で一斉に公開鍵を引き抜いた。間髪入れず、それぞれの秘密鍵を鍵穴へと差し込む。
再び、光が走った。今度の光は、先ほどとは明らかに違う。
公開鍵のときとは対照的な色の光が、門全体へと広がっていく。
2つの光が巨大な門の表面で重なり合い――。
「……来るぞっっ!!」
グリムベルが呟いた。
全員秘密鍵を握る手に力を込める。
「せ~~っっの!!!」
同時に鍵を回した。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
大地そのものが震えた。
巨大な門から、耳をつんざくような轟音が響き渡る。
門の表面に刻まれていた巨大な紋様が、1つ、また1つと光を放っていく。
そして――。
ズズズズズズズズズッ……!!
何百年あるいは何千年もの間、閉ざされていたかのような巨大な門が、ゆっくりと動き始めた。
「開くよ……!」
フィリアが息を呑む。
グリムベルも、レイナも、ただ門を見つめている。
俺もまた、固唾を呑んでその光景を見つめた。
やがて――巨大な門が、完全に開かれた。俺たちは、リュクトランに『認証』されたのだ。




