就任演説④
城下を見下ろすように展開されていた巨大な魔法陣が、まばゆい光を放つ。
その瞬間――上空を旋回していた2体のドラゴンが、跡形もなく消え去った。
同時に、ルカの後方で跪いていたダークエルフたちも、まるで最初から存在していなかったかのように姿を消していく。
そして、城下を埋め尽くしていた数百体のアンデッドもまた、魔法陣の光へと吸い込まれるように消滅した。
『異形の存在』たちが、一瞬にして消えたことで、王都を覆っていた異様な魔力の気配も急速に薄れていく。
やがて、王都に静けさが戻ってきた。
静寂を取り戻した国中に、マーカスの声が響き渡る。
『ルカ姫殿下による素晴らしい演説は、これにて閉幕となります。前国王不在のため、就任式典は行われません。また、就任記念パーティーについては、ルカ姫殿下のご意向により、別日に開催予定となります』
『国民の皆様におかれましては、本日はゆっくりとお過ごしになり、姫殿下の就任を祝ってください。では――よい休日を』
「……」
誰も、すぐには動かなかった。
先ほどまで目の前に存在していた光景が、あまりにも現実離れしていたからだ。
だが――しばらくすると、王都のあちこちからぽつぽつと声が上がり始める。
「怖かったけど――安心できる兵力じゃないか!?」
「俺たちが兵役に駆り出される機会が減るかもしれないぞ!」
「姫殿下のことだから、うまく制御してくださっているのよ!! 安心できるって考えておいたほうがいいわ!!」
「ルカ姫殿下がお決めになった憲法……しっかり読み込まなきゃな……」
「とりあえず――この休日を楽しく過ごそうぜ!!」
1人、また1人と声を上げていく。
そして――。
「ルカ姫殿下、万歳!!」
歓声が上がった。それをきっかけに、王都中へと声が広がっていく。
「新女王陛下、万歳!!」
先ほどまでの恐怖が嘘だったかのように、人々は動き始めた。
閉じていた店の扉が開き、露店の準備が再開される。
通りには再び人が溢れ、笑い声が聞こえ始めた。
何事もなかったかのように、王都はいつもの喧騒を取り戻していった。
そんな街を背にして、ルカはレマリス城の内部へと戻っていく。
その隣を歩くマーカスが、恐る恐る口を開いた。
「……よろしかったのでしょうか?」
「何が?」
「少々……『過剰な』演出だったのでは?」
マーカスの問いに、ルカは足を止めることなく答えた。
「いいのよ。これで」
そして、口元に笑みを浮かべる。
「マーカス。『第一印象』は、とっても大事なのよ?」
「第一印象……ですか?」
「ええ。どんな感情であれ、いかに心に刻み付けられるかが重要なの」
ルカは楽しそうに続ける。
「そして、『恐怖』は必ずしも悪い感情ではないわ」
「……」
「恐怖は『本能』に作用する――関心を引き、印象に残る。心の奥底に潜む、極上のスパイスとなるのよ♡」
くすり、と笑う。
「まあ、ビビらせたら勝ちってやつね♡」
「……」
「とはいえ、これから少しの間、表舞台では控えめに行動するわ。恐怖を安売りせずに――少しずつ、飴と鞭を交えて浸透させていく……♡」
その瞳が、妖しく細められる。
「ゆっくりと、気長にね♡」
「……かしこまりました、ルカ様」
マーカスは深く頭を下げた。
「このマーカス、全力でお仕えさせていただきます」
「よろしい」
ルカは満足そうに頷く。
「じゃあ、さっさと次の仕事に取り掛かって」
「はい」
「めんどくさくて、価値のないイベントだけど――パーティーの準備をなさい」
「承知いたしました」
「ああ、それと。『彼』は呼んでね」
ルカは何かを思い出したように振り返る。
「彼……ですか?」
「ソック・ブライド卿」
その名前を聞いた瞬間、マーカスの表情がわずかに曇った。
「ソック・ブライド……ですか? なぜ、あのような辺境の――」
「いいから、『呼べ』」
ルカの声から、笑みが消えた。
「身分は関係ないって言ったけど――彼は『元々の貴方』より、遥かに上の爵位よ?」
「……」
「また『あの頃』に戻りたいですか?」
「も……申し訳ございません!」
マーカスは慌てて頭を下げる。
「出過ぎた真似をいたしました!」
「分かればいいの」
ルカは再び笑顔を浮かべた。
マーカスは何度も頭を下げると、いそいそと執務室へ向かっていった。
その背中を見送りながら――。
「ふん」
ルカは小さく鼻を鳴らした。
「成りあがった途端にこれかよ。根底に根付く貴族意識は、変わらないものね」
その瞳に、冷たい光が宿る。
「全くもって、反吐が出る」
そして――ルカは再び、楽しそうに笑った。
「……ま、兄さんがパーティーに来られるかは、『攻略』にかかってる」
誰もいなくなった廊下に、ルカの声だけが響く。
「私を失望させないでね、兄さん?♡」
◇ ◇ ◇
演説が終わり、各国の王族たちもそれぞれの案内役に促され、大使館を後にしていった。
ダバナ王国の一行も、用意された馬車へと向かう。
その中で――。
「…………」
バルドは、険しい表情のまま黙り込んでいた。
先ほどまでの演説が、頭から離れない。
新たな憲法に絶対的なルール。
そして――ドラゴン、ダークエルフ、アンデッド。
あれほどの力を、たった1人の少女が支配している。
しかも、それだけではない。ルカは、あの場で明確に宣言した。
この国を――利用する、と。
「…………」
バルドは馬車へ乗り込む直前、もう一度だけレマリス城を振り返った。
そこに、ルカの姿はない。
だが――あの笑顔だけが、脳裏に焼き付いて離れなかった。
バルドは誰にも聞こえない声で呟いた。
「想像以上に……事態は悪い方向へ向かっているのかもしれぬ」
早急に対策せねばならない。
このままでは、ダバナ王国にも――いや、周辺諸国にも危機が及ぶ可能性がある。
「……頼んだぞ、グリムベル。我が弟よ」
バルドは、遠く離れた場所にいる弟の姿を思い浮かべる。
古代結界リュクトラン。未知の領域。
「お前の『リュクトラン攻略』に、すべてが懸かっている」
バルドは馬車へと乗り込んだ。
「『アレ』を我が国に持ち帰らなければ......」
馬車の扉が閉じられる。やがて馬車は、王都パラキアを後にした。
歴史には、『特異点』となる出来事が存在する。
後世の人々が振り返ったとき、その日を境に世界が変わったと語るほどの出来事である。
ルカの新女王就任は、1つの『特異点』となった。
そして、『始まりの古代結界』の攻略もまた――。




