就任演説③
最初に見えたのは――2本の巨大な角だった。
続いて、鋭く伸びた爪。そして、何枚もの巨大な鱗に覆われた巨躯が、魔法陣の向こう側から這い出してくる。
「あれは……まさか!?」
誰かが、震える声で呟いた。
魔法陣から現れたのは、2体のドラゴンだった。
1体は、褐色の鱗を持つ土の竜――『アース・ドラゴン』。もう1体は、赤い鱗を持つ炎の竜――『フレア・ドラゴン』。
アース・ドラゴンはかつてモロ山脈に住みつき、ミズル領を苦しめた存在。見たことのある者もいた。
だが――。
「……あれが、アース・ドラゴン?」
その姿を知る者ほど、その姿に言葉を失っていた。
大きさが、まるで違う。かつて目撃されたアース・ドラゴンですら、人間にとっては災害そのものだった。
しかし、今ここに現れた竜は、その比ではない『大きさ』だった。
城そのものを覆い尽くさんばかりの巨躯。その身体から放たれる魔力だけで、周囲の空気が重くなる。
さらに、その全身を覆っているのは、凄まじい密度の魔力によって形成された防護膜。
バサァァァァァッ!!
2体のドラゴンが、同時に巨大な翼を広げた。
「――っ!?」
次の瞬間、王都の大気が――震えた。
ドォォォォォン!!
巨大な翼が一度、空気を打ち払う。
それだけで、レマリス城の屋上にまで衝撃が伝わった。
そして、2体の竜はそのまま空へと舞い上がってき、レマリス城を中心にして円を描くように、ゆっくりと上空を旋回し始めた。
そのたびに――風が巻き起こる。
旗が激しくはためき、建物の窓が震える。
「ひ、ひぃっ……!」
「ドラゴンだ……!」
「あんなものが王都の上空を……!?」
先ほどまで歓声に包まれていた大通りから、次々と悲鳴が上がった。
逃げようとする者。それでも、空を見上げたまま動けなくなる者。
誰もが理解していた。自分たちが見ているのは『異常な光景』であると。
ルカは、そんな光景を見ながら――楽しそうに微笑んでいた。
そして、さらに背後の魔法陣が輝く。
「……まだ、あるのか?」
誰かの呟きが漏れた。
次に魔法陣から現れたのも――人間ではなかった。
褐色の肌に長く尖った耳。そして、冷たい光を宿した青い瞳。
数十人のダークエルフ。一国の軍隊に匹敵する力を持つ者たち。
彼らは一糸乱れぬ動きで整列すると、ルカのもとへと歩み寄っていく。
そして――。
ザッ!!
一斉に片膝をついた。
その光景を見ていた各国の王族から、驚愕の声が漏れた。
「な……!?」
「ダークエルフ……だと?」
特にエルフの王族たちは、明らかな嫌悪感を露わにしていた。
「裏切り者めがっっ……!!」
そして、驚きと興奮の入り混じった声が観衆の中から上がった。
「おいおい……まじかっ!!」
「これは、さすがに予想外だぜ! 姫殿下はなんでもありか!?」
ルカは、そんな反応を楽しむように両手を広げた。
『ふふ♡ 驚かせてしまってごめんなさい。だけれど私は、この国を【人間】だけの枠に留めるつもりはありません』
その声が、王都全体へと響き渡る。
『【価値のある存在】であれば、あらゆる種族を受け入れますし、平等に扱います』
『そして、ドラゴンだろうがダークエルフだろうが――【ルール】に従わなければ死にます。そういう【契約】で私が制御していますので、ご安心を♡』
ルカは、にっこりと笑った。
彼女にとっては、もはや兄以外は、『生物』ですらなかった。
人間だろうが。エルフだろうが。ドラゴンだろうが。
――大精霊だろうが。
利用できるものは、なんでも利用する。
必要であれば従わせるし、必要がなくなれば切り捨てる。
そして――この世界に存在するかもしれない『神』でさえも。
ルカにとっては、全てが同じ。目的を達成するための駒に過ぎない。
そこにある差など、彼女にとっては1ミリや2ミリ程度の違いでしかない。
そして、レマリス城の真下でも異変が起こった。
広場の一角に設けられていた、ロープで区切られた立入禁止区域。
誰もいないその地面に――巨大な魔法陣が浮かび上がった。
紫黒色の光が、地面を覆っていく。
直後。
ズズズズズズズズ……。
地面の下から、何かが這い上がってくる。
多数の『骸骨兵』が次々と魔法陣から這い出してくる。
「う、うわぁぁぁぁぁっ!!」
「アンデッドだ!!」
「逃げろ!!!」
大通りにいた人々が、一斉に後ずさる。だが、逃げることもできない。
やがて、数百体にも及ぶアンデッドの軍勢が広場を埋め尽くしていった。
ルカは、その様子を眺めながらさらに笑みを深めていた。
『闇属性の上級魔法の一種――『サモン・アンデッド』で作成したアンデッド軍です♡』
『ま、これが【兵力】なわけですが――』
彼女は首を傾げる。
『ご安心いただけましたか?』
「…………」
誰も何も答えない。
歓声も、悲鳴も、怒号も――何もない。
ただ、静寂だけが広がっていた。
ルカは、そんな国民たちを見て少しだけ困ったように笑う。
『そんなに怖がらないでください~~。ルールを守れば、皆様が傷つけあうことはないのですから♡』
そして、両手を広げた。
『全員仲良く!!!! ......っね??♡』
「…………」
やはり、誰も答えない。全員、一歩もその場から動くことは出来なかった。
◇ ◇ ◇
その頃、大使館でも同じように異様な静寂が広がっていた。
窓の外に広がる光景を見つめる王族たちの顔からは、完全に血の気が引いていた。
「なんだ……!!」
突然バルドが立ち上がった。
「なんなんだ!! あの……あの……『化け物』はっ!?」
給仕たちが慌てて駆け寄る。
「バルド殿下!」
「お席へ! どうかお静かに!」
だが、バルドには聞こえていなかった。
「あんな『人間』が存在していいのかっっ!?」
笑っている。しかし――その笑顔は完全に引きつっていた。
「は……はははははははは!! なんということだ……これは……!!」
「お……落ち着いてください。バルド殿下」
ダリルが静かに口を挟んだ。
「落ち着いてなどいられるかぁぁぁ!!」
バルドは叫ぶ。
「あの王女の『気まぐれ』で、我々は『滅びる』かもしれないんだぞっっ!!」
震える指が、窓の外を指した。
「あれは『異常』だっっ!! これは『悪夢』だ!!」
その言葉に――リアーデは、しばらく黙っていた。
そして、重苦しい口を開く。
「……バルド殿下。『同盟』しかないでしょう」
「……何?」
「エルフの国も含めて、『連合軍』を組織するしかない」
リアーデは、窓の外から目を離さない。
「それしか、我々に――『太刀打ち』できる道はない」
「……言われなくても、そのつもりだ」
低い声で答えた。
「ニルキスはもうラウナホール国の属国であるから、協力は望めない。他の全ての『国』で連合を作る。リアーデ殿下、あとで『書状』を送る」
そして、真っ直ぐにリアーデを見る。
「絶対に目を通してくれ」
「わかってますよ、バルド殿下」
リアーデは頷いた。
「そして――もう1つ」
バルドが続ける。
「行方不明といわれているエレーナ王女だ」
「エレーナ王女……」
「彼女には『才能』がある。もしかしたら――我々の希望となるのかもしれぬ」
バルドは立ち上がったまま、言い切った。
「彼女を全力で捜索する。そして――協力を仰ごう」
◇ ◇ ◇
ルカは、何事もなかったかのように演説台の前に立っていた。
上空には2体のドラゴン。後方には、膝をつくダークエルフたち。
そして城下には――数百体のアンデッド。
それらすべてを抱えながらルカは、飄々としていた。彼女にとっては、午後の庭園で紅茶を嗜むことと何ら変わらない平穏なものだった。
『これで、私が用意した【兵力】についてはご理解いただけたでしょうか?』
再び、彼女の声が国中へと響き渡る。その問いに――誰も、声を返せない。
『異存はないようなので、そろそろ演説を終わりにしましょうか♡ これから始まる、新しいラウナホール国を――どうぞ楽しんでくださいね♡』
ルカは笑顔のまま、演説台を降りた。
こうして、新女王という名の『怪物』が誕生した。
だが、この『就任』はルカの計画の始まりに過ぎなかった。




