就任演説②
再び、国中から歓声が巻き起こった。
「ルカ姫殿下ー!!」
「女王陛下ー!!」
「待ってました!!」
王都では、まるで祭りでも始まったかのような熱狂だった。
窓から身を乗り出す者に、路上で旗を振る者。幼い子供を肩車しながら、必死に演説台を見つめる者。
その誰もが、期待していた。
そんな熱狂の中――ルカは、あまりにも淡々とした声で告げる。
『まずは、国民の皆様にご報告すべきことがございます』
歓声が、少しずつ収まっていく。
『数日前、父である前国王ソールド・ラウナホールは死亡いたしました』
その言葉に、国中が静まり返った。
『葬儀は別途実施いたします』
業務連絡でもしているかのように、その声は淡々としていた。
『優しかった父ではありましたが、国王としては残念ながら――』
そこでルカは、にっこりと笑った。
『【無能】でした♡』
――ざわっ。
『【ゴミ貴族】を野放しにし、国を発展させようとする【意志】が感じられませんでした』
声に怒りはないし、悲しみもない。ただ、事実を述べているだけ。
『結果的に、皆様を苦しめることになってしまったこと。私から謹んで謝罪いたしますわ』
ルカは一度、深く頭を下げる。そして、すぐに顔を上げた。
『ですが――私がこうして女王となったからには、よりよい国にしていくことをお約束いたしましょう』
「うおおおおおお!!」
「ルカ姫殿下ー!!」
「ルカ姫殿下!! ルカ姫殿下!!」
「いいぞ、いいぞ~~!!」
先ほどまでの静寂が嘘のように、歓声が爆発した。
だが――その大使館で光景を見つめていた者たちは、素直に喜ぶことができなかった。
ダバナ王国第一王子、バルド。彼は大使館の一室で、顔を引きつらせていた。
「おいおい……」
思わず、言葉が漏れる。
「仮にも自分の父親だぞ!? あそこまで……あそこまで憚りもなく言えるものなのか!?」
隣にいた給仕が、慌てて口元へ指を当てる。
「バルド殿下……!」
「……っ」
バルドは周囲を見渡した。
ラウナホール側の外交官や給仕たちが、必死に目で訴えている。
――お静かに。
――これ以上は。
そんな空気だった。
「……なんなんだ、この【寒気】はっ……!?」
バルドは小さく呟いた。
隣ではサンガリア王国第一王子、リアードも表情が強張る。
「……あれが、これから国を統治する女王ですか。しかも、国民はあれを歓迎している」
誰も否定できなかった。実際に、歓声は鳴り止まない。
父親を公然と無能と断じたにもかかわらずだ。それでも、国民は彼女を支持している。
その事実が――何よりも不気味だった。
『ところで、皆様』
再びルカの声が響く。
『人間の意志――【行動することの源泉】となるものがなんなのか、お分かりですか?』
国民たちは静かに耳を傾ける。
『それは【目的】です。大いなる【目的】が、人を動かす原動力になるのですっ!』
楽しそうに授業をしている先生のように声が弾む。
『そして――私には、ある。【絶対に成し遂げなければならない目的】がね♡』
一瞬、ルカの表情から笑みが消えた。
『申し上げることはできませんが☆』
「……」
国民の間に、小さなどよめきが生まれる。
しかしルカは、その反応を気にする様子もなく続けた。
『怒るかもしれませんが、国の発展も私にとっては【過程】に過ぎません。私は皆様も含めて、この国を利用します』
「……利用?」
誰かが思わず呟く。
『だけど――【目的】のために必要なことだからこそ、私は頑張れるのです。そして、皆様もぜひぜひ自分の【目的】を見つけ、果たすためにこの国を利用してください』
『爵位等のくそくだらない【記号】にとらわれることなく――活躍できるチャンスを私は提供します』
その言葉に、若者たちの表情が変わる。
家柄に恵まれなかった者。才能があっても、これまで日の目を見ることができなかった者。
彼らにとって、その言葉は強烈だった。
『それを【モノ】にできるかは、自分自身にかかっていますがね』
ルカは、にっこりと笑った。
『けれども――【ルール】はしっかりと守っていただきます。絶対遵守です』
明るい声。しかし、その言葉には一切の冗談はない。
『【ルール】を破る人間は、私の【目的】の邪魔になると認識しなさい。私の目的を邪魔するものは、全て――【不要な存在】です』
ざわめきが広がる。
『それは何を意味するか――』
ルカは、一拍置いた。
『しっかりと見ていただきましょう♡』
そこで、一旦拡声魔法が解除されて音が途切れる。
ルカは演説台の脇に立つマーカスへ視線を向けた。
「マーカス」
「はい」
「『アレ』を持ってきて。そして、映し出しなさい」
「……かしこまりました」
マーカスが頭を下げる。すぐに複数の兵士が動き出した。
やがて――演説台の前へ、『それ』は運び込まれた。
柱に括りつけられた――3つの生首。
かつてラウナホール国で絶大な権力を誇っていた大貴族。
レストラード公爵家とエベリド公爵家。
その当主――バストルフ・レストラードとルーマス・エベリド。
そして、レスト商会会長アルベルト。
全員の首が、無残な姿で晒されていた。首筋には、まだ血が滴っている。
「……っ」
国民の誰かが息を呑んだ。
次の瞬間、巨大な魔法陣が演説台の背後に浮かび上がる。
そこに映し出されたのは――その生首だった。
王都だけではなく、ラウナホール国全土へルカが見せようとしているものが一斉に映し出される。
「きゃっ……!」
子供たちは思わず両手で目を覆った。
「見ちゃダメ!」
母親たちが子供を抱き寄せる。
先ほどまで熱狂していた国民も、言葉を失っていた。
――静寂。
大勢の人間が集まっているはずなのに、誰一人として声を発しない。
大使館も同じだった。
「……」
バルドは絶句していた。
リアードも。ダリルも。エルフの王族たちも――。
誰一人として、すぐには言葉を出せなかった。
目の前にあるのは、政治的な宣言などではない。
――死。それを、国民全員に見せている。
やがて、どこかから声が上がった。
「……やつらは、好き勝手税金を貪っていたって話だぜ!?」
「そうだ!!」
別の誰かが叫ぶ。
「ルカ姫殿下は、あいつらを粛清してくださったんだ!!」
「そうだ! あいつらが国を食い物にしてたんだ!」
「ルカ姫殿下、万歳!!」
「女王陛下、万歳!!」
沈黙は、再び歓声へと変わった。
しかも先ほどよりも――熱狂的に。
『皆様はご存じかと思いますが』
再び拡声魔法が発動し、ルカの声が国中へ響く。
『こいつらは不正に税金を使い込み――領民を苦しめていました』
ルカは、生首へ視線を向ける。
『ま、そもそも大して【価値のない存在】だったのですが』
口元だけが、にっこりと笑う。
『ルールを破ると――【こう】なります。心に刻み付けておきなさい』
誰も、言葉を返さなかった。
『新ラウナホール国憲法は、すでに発布済みです。それが私の定めた【ルール】になりますので、しっかりと熟読しておくように♡』
『破ったものには――【死】を与える。例外はない』
声は穏やかだが、その言葉だけは異様なほど明確だった。
王都の喧騒が、わずかに弱まる。
『もし、納得がいかないルールがあれば――レマリス城の前に設置してある【箱】に改正案を投函しなさい。査問委員会の審議を経て、私が【納得】すれば、改正しましょう』
ルカは楽しそうに笑う。
『私は【停滞】を好まないからね。いつでもお待ちしております♡』
「……」
国民たちは戸惑っていた。あまりにも多くの情報に。
新しい国、新しい憲法。身分にとらわれず、自由に挑戦できる社会。
だが、ルールを破れば死。自分たちで改正案を出すこともできる。
しかし、最後に判断するのは――女王ルカだ。
まるで――人間ではなく、巨大な機械が国の仕組みそのものを再構築しているようだった。
そして、ルカはそんな国民たちの戸惑いなど意に介さず、次の言葉を口にした。
『さてと』
その瞬間、ルカの背後に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
そして魔法陣の向こう側から――何かが、姿を現そうとしていた。
『では次に――』
巨大な影が、彼女の背後へと伸びていく。そして、ルカは満面の笑みを浮かべがら言い放つ。
『私が、この国を守るために用意した――【兵力】をご紹介しましょう♡』




