証明
――キィン!!
俺の剣とアーノルドの剣が、激しく交差する。
「ぐっ……!!」
重い。ただ受けただけなのに、腕へ強烈な衝撃が走った。
手首が痺れ、肘から肩にかけてまで振動が突き抜けていく。
俺は弾かれそうになる剣を必死に握り直した。
間髪入れず、2撃目の横薙ぎ。俺は身体を捻りながら受け止めるが、凄まじい衝撃が身体を駆け抜ける。
「くっ……!」
剣を受けるたびに、腕が悲鳴を上げる。
アーノルドの斬撃は、1つ1つが重かった。
ただ力任せに振っているわけじゃない。
踏み込み、身体の軸、剣へ力を伝えるタイミング。そのすべてが噛み合っていた。
学園でグリムベルと剣術訓練をしていた。
以前よりも、自分の剣技が上達したという自覚はあった。
足運び等、以前の俺とは比べ物にならないほど、上達したはずだった。
――それでも。
「全然……歯が立たない……!!」
剣にかける『力』の方向1つとっても、技術に大きな差がある。
同じように剣を振っているはずなのに、伝わってくる威力がまるで違う。
(あの時の訓練は……全然『本気』じゃなかったってことかっっ!!)
そして、今度は木剣じゃない。
手にしているのは、本物の真剣。
少しでも切っ先が掠れば、肌が裂け、血が流れる。
「……っ!」
頬に、熱を感じた。
指先で触れると、そこには赤い血が付着していた。
痛みは小さい。だが、その痛みは確実に積み重なっていく。
「ソックよ」
アーノルドが静かに言った。
「悪いが、私は手加減ができない。それがリュクトランの『掟』だからだ」
剣先を俺に向ける。
「私を超えられないのなら――お前はここで死ぬことになる」
「――!!」
言葉が終わるより早く、アーノルドが再び踏み込んだ。
今度は明らかに速い。
右からの斬撃を受け止めるとすぐさま左からの攻撃があった。
かろうじて身体を捻ってかわすもそのまま下段からの切り上げ。
次から次へと斬撃が襲いかかってくる。
俺は必死に剣を合わせ続けた。
「くっ……!」
一歩、さらに一歩と足が後ろへ下がっていく。
止まれずに押し込まれている。
完全に――俺のほうが力負けしている。
「……わかっているっっ!!」
俺は目を凝らした。剣だけを見るな。
アーノルドの足や身体の向き。そこから次の攻撃を予測する。
(右足が動いた――右から来る!)
俺は間一髪でアーノルドの剣を受け止める。
「ソックよ」
アーノルドが口を開く。
「相変わらず『反応』は悪くない」
「……!」
その言葉と同時に、アーノルドの剣が俺の剣を弾いた。
「だが、目で見るだけではジリ貧だ」
俺が体勢を立て直すより早く、剣先が迫る。
「『合わせる』だけでは――絶対に勝てないぞ」
どうにか受けるが、身体がもう限界に近い。
「はぁ……はぁ……」
息が乱れる。肺が焼けるように苦しい。
腕が重いし、足も思うように動かない。すでに何か所も切り傷ができていた。
(このままじゃ……本当に……)
その時だった。
『……わけわかんねぇよな、ほんと』
「――!?」
頭の中に、声が響いた。
聞き慣れた声。魂の『残滓』となった、もう1人の『オレ』。
『なんてえげつない場所なんだ、リュクトランは。自分の父親と戦わされるなんてな』
「……まったくだ」
俺は剣を構えたまま答える。
「理不尽極まりない」
『でも――オレは、なんだか嬉しいんだ』
「……」
『変だろ? 父上がここまで、本気で俺に剣を向けたことなんてなかった。オレが受けてきた訓練は【ごっこ遊び】だったんだ』
俺は答えなかった。
『もの凄く手加減してた。オレにやる気がなかったのも事実だが――父上も、アンナさんも、本能的にブレーキをかけてやがった』
「……ああ。そうだな」
俺はアーノルドから視線を外さない。
『だが、このままでは王にはなれないしアンナの想いにも、応えられない』
「……」
その言葉が胸に刺さった。
『だから――』
少しの沈黙。
『癪だが、協力プレイといこうぜ』
「どうやって、力を合わせるっっ!?」
俺は数多の斬撃を受けながら叫ぶ。
アーノルドの剣が、何度も俺の防御を削っていく。
「もう一人の『自分』と作戦会議か? さあ、どうする!?」
アーノルドが踏み込んでくる。
「『今のお前』だけでは私には勝てない!! お前の剣術は、まだ未完成だ!!」
「いわれなくてもわかってるさっっ!!」
俺は剣を握り直す。
「完成させてやる!! 俺の剣技を!!」
『――なら、力を貸す!!』
頭の中の声が、大きくなる。
『【魂の残滓】となったオレは、視えてる世界が別物になっている!!』
「……!!」
『それをお前に共有するっっ!!』
頭の奥へ、何かが流れ込んでくる。
『そして――こうなってからもオレが蓄積してきた経験を、お前に流し込むっっ!!』
その瞬間、俺の身体を、淡い光が包み込んだ。
「な――!?」
身体の内側を、魔力の奔流が駆け抜ける。
胸の奥から湧き上がった魔力が、血管を通るように全身へ広がっていく。
「――ソック!! 終わりだ!!」
アーノルドが叫んだ。その剣が、俺へ向かって振り下ろされる。
だが――俺は剣を振らなかった。ただ、斜めに構えて迫る刃をじっと見つめる。
そして、ほんの僅かに剣の角度を変えた。
相手の力を、自分の剣へ乗せ――流す。
「……っ!?」
アーノルドの剣が、俺の身体の横を滑るように逸れていった。
勢いを失った刃が、地面へ突き刺さる。
俺は、その場から一歩も動いていない。ただ――角度を変えただけだ。
「……っっ!!」
アーノルドが動きを止めた。
鋭かった瞳が、大きく見開かれる。
その表情は一瞬驚愕し――そして僅かに口元が緩む。
その表情は、長い間待ち続けていたものをようやく目にした父親のようだった。
「私の剣を……ほとんど力を使わずに――受け流しただと……?」
アーノルドが、ゆっくりと剣を構え直す。
「今の魔力は――『魔法』ではないな」
「ああ。魔力の流れが少し整っただけだ」
俺は自分の身体を見下ろす。淡い光は、もう消えかけていた。
身体の奥にあった力が、今までとはまた少し違っていた。
「待たせたな、父さん。俺は――あんたを超える」
剣を握り直した、その瞬間だった。
世界が、変わっていた。
見えるのだ。身体に纏う――『魂の輪郭』が。
呼吸に合わせて揺れる魂。筋肉が動くよりも前に、その輪郭が僅かに揺らぐ。
頭の中に、もう一人の『オレ』の声が響く。
『これが、オレに見えていた景色だ』
「――もう一度だ」
アーノルドが再び、剣を構え、振り下ろそうとした。
だが、俺は振り下ろされる剣を紙一重でかわしそのまま、アーノルドの懐へ潜り込んでいた。
「っっなに!?これは――」
「動きが完全に『視える』」
今までなら、絶対に間に合わなかった。
けれど――今は違う。魂の揺らぎから身体の予備動作を『事前に』知覚する。
その結果として起こる動きを、本能的に感じ取る。
それは、未来予知に近い。
元々俺にあった『見る力』にもう一人の『オレ』に備わった魂を視る力が加わった。
今まで別々だった2つの力が――1つになった。
「ありがとう、父さん」
自然と、口元が緩んだ。
「『本気の訓練』――楽しかったぜ」
「…………」
アーノルドは、しばらく俺を見つめていた。
そして――ふっと笑う。
「ふふ……それが『答え』か」
その表情には、もう戦士としての鋭さはなかった。
ただ、父親としての優しい笑顔があった。
「お前たち2人とも――『才能』にあふれた、自慢の息子だよ」
「……」
胸の奥が熱くなる。言葉が出てこない。
俺は、涙を浮かべた。それでも――剣を握る手は、緩めない。
アーノルドも再び剣を構える。そして――俺も剣を振り上げた。
「――父さん」
最後の一撃に俺は全身の力を剣へ乗せる。
アーノルドの剣と、俺の剣が激しくぶつかった。
「――バキィン!!」
鋭い音が霧の中へ響き渡り、アーノルドの剣に、亀裂が走った。
そして――俺の剣が、そのままアーノルドの剣を叩き折った。
「…………」
折れた剣の刃が、地面へ落ちる。
カラン――。
小さな金属音。
それと同時に、アーノルドの身体が淡い光へと変わり始めた。
「父さん……!」
俺は思わず一歩踏み出すが、アーノルドの身体が少しずつ霧へ溶けていく。
「……もう、時間のようだな」
「待ってくれ……!」
手を伸ばすがその手が触れることはない。
「まだ……話したいことが……」
「ああ。私もだ」
アーノルドは静かに頷いた。
淡い光が、さらに強くなる。
「だが――それは、生きているお前たちがこれから紡いでいけばいい。だから――前へ進め」
アーノルドの姿が、さらに薄くなる。
「お前が選んだ道を――『自分の意志』で最後まで歩いていけ」
「……ああ、行ってくる」
俺は、震える声で答えた。
アーノルドが微笑む。
「……さらばだ、ソック。偉大なる息子」
その言葉を残して、アーノルド・ブライドの姿は、白い光の中へ消えていった。
「…………」
俺は、しばらくその場から動けなかった。
やがて――小さな音が足元から聞こえた。
「……?」
視線を落とすと、そこにあったのは――赤い1本の鍵。
アーノルドが最後まで握っていた、『秘密鍵』だった。
俺は『自分自身』であることを証明して、リュクトランに認められたのだ。




