己を『検証』させろっ!
「――っ痛っ!」
俺は、尻餅をついた。
どうやら転移の勢いが乱暴だったらしい。着地の瞬間にバランスを崩し、そのまま地面へ叩きつけられた。
「……痛てて」
腰をさすりながら立ち上がる。
身体は――動く。さっきまで俺の意思を無視していた身体は、いつの間にか自由を取り戻していた。
「……面倒なギミックだな」
俺はそう呟きながら、転移先の空間を把握するために辺りを見渡した。
白い。どこまでも白い。
周囲には相変わらず濃い霧が立ち込めている。見渡しても、何もない。
「……門は?」
さっきまであったはずの巨大な門すら見えない。
ただ、魔力の濃度は先ほどの場所と大きく変わっていなかった。
ここだけ、まったく別の空間に飛ばされたわけではなさそうだ。
とはいえ――。
「距離感がまったく分からないな……」
霧のせいで、自分がどれだけ移動したのかすら判断できない。
前に進んだのか、後ろへ戻ったのか。それすらも怪しい。
だが――俺は確信していた。
(この近くに、必ず『秘密鍵』がある!)
公開鍵が反応した。そして、俺たちは強制的に転移させられた。
ならば、この場所には何か意味がある。
「よし……」
俺は立ち上がろうとした、その瞬間――。
「まさか、こんな場所で『再会』するとはな。ソックよ」
「――――」
声がした。俺の身体が止まる。
ゆっくりと、声のした方向へ顔を向けた。
「…………」
そして――その姿を視界に捉えた瞬間。
思考が、止まった。
身体が硬直する。息をすることすら忘れてしまったかのように、俺はその場に立ち尽くしていた。
わずかに赤みを帯びた黒髪に鋭い瞳。
見間違うはずがない。
「父……上……!?」
声が震えた。
「バカな……だって――」
死んだはずだ。アンナが見せてくれた、あの鮮明な記憶。
父上が、領民を守るために戦っていた姿。
そして――命を落とした瞬間。
あれは幻なんかじゃない。事実だったはずだ。
(幻覚か!?)
心臓が激しく鼓動する。
(俺の心が生み出している……幻に違いない!!)
だが、目の前のアーノルド・ブライドは静かに俺を見つめていた。
まるで、俺の考えをすべて見透かしているかのように。
「幻覚などではない」
「……っ」
アーノルドは、静かに続ける。
「だが、私は間違いなく死んでいる」
「…………」
「死後まもない魂であった私を、リュクトランが引き止め、一時的に『現界』させたのだろう」
「……『死んだ』のは、間違いないのか」
「ああ」
即答だった。俺の胸の奥が、ズキリと痛む。
「そうだ。『お前の帰る場所』を作ってやれなくてすまない」
アーノルドが、わずかに目を伏せる。
「せっかく……私の『本当の息子』の魂も受け入れてくれたというのに――」
「……気づいてたのか?」
俺は思わず問い返した。
「俺が――『別の世界』から来たって」
「気づかないほうがおかしかろう」
アーノルドが苦笑する。
「いきなり『人格そのもの』が変わったように喋りだすんだからな。当初は内心、ずっと混乱していたさ」
「…………」
「だけど、お前がいないときに私とナザリー、アンナで話し合ってな」
アーノルドは、懐かしむように目を細める。
「アンナから説得された。お前ももう『1人のソック・ブライド』なんだって。2つの魂が、たしかにお前の中に息づいているんだって」
「だから、私もナザリーも受け入れて育てることにした」
アーノルドは俺を見る。
「その声も、その身体も――息子で間違いないんだからな」
「父上......いや、父さん……」
「そして、今この立場になって、よく分かる」
アーノルドは自分の胸元へ手を当てた。
「確かにお前には、2つの魂が存在している。そして、それらは溶け合っている」
「アンナの言っていた『魂の試練』は――乗り越えられたんだな」
「……ああ、そうだ」
だけど――。
「俺がいなくなったせいで、ブライド領が……」
声が詰まる。
「父さんが――」
「自分を過剰に責めるな」
アーノルドの声が、俺を遮った。
「私とナザリー、アンナで判断したことだ」
「でも……!」
「ブライド領は、きっと立て直せるさ」
その言葉には、父親としての確かな自信があった。
「ナザリーとリズ、シバルも生き残っているはずだ」
「…………」
「お前が今、一番優先すべきこと――それは『本当の家族』と決着をつけることだ」
「本当の……家族」
「お前は王女、ルカ・ラウナホールと戦わなければならない」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がざわつく。
「そして、そこまでの道のりは――果てしなく遠い」
「父さん、俺――」
俺が言葉を続けようとした、その時。
「ソック。私も話したいことは、たくさんある」
アーノルドが俺の言葉を遮った。
「だけど、『時間』がないんだ」
「……時間?」
アーノルドは、自分の腰元へ手を伸ばした。
そして、1本の鍵を取り出す。
俺の持つ公開鍵と同じ色である、赤い鍵。霧の中で、その鍵だけが異様な存在感を放っていた。
アーノルドはそれを指先で軽く持ち上げる。
カラン――。
小さな金属音が、静寂の中に響いた。
「これが欲しいのだろ?」
「…………」
俺の目が見開かれる。
「……っっ!! 『秘密鍵』か!!」
「そうだ」
アーノルドが頷く。
「お前の『公開鍵』と対になる、『秘密鍵』だ」
俺は赤い鍵から目を離せなかった。
「もう分かるだろ?」
アーノルドが問いかける。
「【公開鍵暗号方式】では――」
「『秘密鍵』で署名を付与する!!」
俺は即座に答えた。
公開鍵で検証する。そして、秘密鍵で署名する。
ならば――。
「そうだ」
アーノルドが赤い鍵を握り直した。
「だからこそ、私は――お前が『秘密鍵』を持つ『本人』であるかどうか、見極めなければならない」
「リュクトランに足を踏み入れるにふさわしい人物なのかを」
「…………」
「ソック」
父の鋭い瞳が、俺を射抜く。
「己を『検証』し、私に『証明』して見せろ」
その瞬間――アーノルドが腰に差していた剣を抜いた。
キィン――。
鋭い金属音が霧の中に響く。
「父さん……?」
アーノルドは剣を握ったまま、俺を見つめる。
そして、手にしていた剣を、俺へ向かって投げつけた。
「――っ!」
俺は反射的に受け取る。
ずしりとした重みが、手のひらに伝わってきた。
その瞬間――脳裏に、遠い記憶が蘇る。
13歳の頃、父と初めて本格的な剣術訓練をした日。
何度も打ち込んだ。何度も弾き返された。
あの頃の俺は、ただ必死だった。
だけど――今は。俺の中には、2つの魂がある。
この身体を生きてきた『ソック・ブライド』と異世界から来た『俺』。
その2つが、今の俺を形成している。
アーノルドが静かに剣を構える。
「魔法は使うな」
「……!」
「魔法なしの真剣勝負だ、ソック」
父の瞳に、迷いはない。
「『2人』で私を超えろ」
一歩、アーノルドが前へ出る。
「そして――」
剣先が、俺へ向けられた。
「古代結界リュクトランに、己を『示せ』!!」




