探索
「逃げ道はないのは分かったが、この濃い『霧』だとどこに進めばいいのかわからないな。左右だったら進めるのか?」
俺は周囲を見渡しながら言う。
白い霧が視界を覆い、数メートル先すらまともに見えない。
巨大な門の左右には、霧の向こうへと続いているらしい道が伸びている。
「2人ずつに分かれて、横道を探索するのはどうだ?」
グリムベルが顔を上げる。
「まあ、そうだな。さすがに1人ずつだと危ない。僕とレイナ、ソックとフィリアでペアを組む」
「了解っす!」
レイナが軽く手を上げる。
「迷わないように、『目印』となるものを設置しよう。《ポイント》」
俺が詠唱すると、右手から魔力の塊が光の玉となって浮かび上がった。
白い霧の中でも、その光だけははっきりと見える。
「この魔力を探知できるようにしてくれ。やばそうな状況になったら、すぐにここに戻るように」
「はーーい!」
フィリアが光の玉を見つめる。
「ちなみにフィリア。この場所を『マーキング』できるか? 現時点でのもう一か所のマーキング場所は『マリアル結界』だったよな?」
俺は少し考えてから続ける。
「おそらくだけど――マリアル結界には転移できないはずだ」
「念のため、やってみよっか。《テレポーテーション》!」
フィリアが叫ぶ。しかし――。
「…………」
何も起こらなかった。
「やっぱりだめかぁ。最近、転移阻害ありすぎだよぉ!!」
フィリアがむぅと頬を膨らませる。
「それだけ転移魔法は強力なんだってことだよ。このポイントに対しては転移できるか?」
俺は光の玉を指さしながら言う。
フィリアは少し考えたあと、頷いた。
「うん、やってみる!」
フィリアは光の玉から数十メートルほど離れていく。
霧の中へ姿が消えかけたところで、振り返って叫んだ!
「いくよ――《テレポーテーション》!!」
次の瞬間、フィリアの姿が、目の前から消えた。
「わっ! 成功!」
光の玉のすぐ前に、フィリアが現れる。
フィリアが嬉しそうに飛び跳ねた。
「やっぱりな……『リュクトラン内』なら転移可能だ」
リュクトランの『外』にあるマリアル結界では転移できなかった。
だが、リュクトランの内部に設置したポイントには転移できる。
これは大事な事だ。いざという時に使えるかもしれない。
「試したいことはできたか? 探索をさっさと始めるぞ」
グリムベルが少しだけ苛立ったような声で言った。
「ああ、すまん。こういうのって、つい『検証』したくなっちゃうんだよな……」
「ソック卿らしいっすね」
レイナが苦笑する。
「じゃあ、行こう」
グリムベルが右側の道へ向かう。レイナもその後に続いた。
「フィリア、僕たちはこっちだよ」
「う......うん!」
俺とフィリアは左側の道へ進む。
白い霧の中へ、一歩さらに一歩と慎重に進んでいく。
「……本当に何も見えないね」
フィリアが呟く。
「ああ。なるべく離れるなよ」
「うん」
俺たちは一定の距離を保ちながら歩く。
時折、振り返るとさっき設置した光の玉が、霧の向こうにぼんやりと浮かんでいる。
「……ソック」
「ん?」
「なんか、そこにある」
フィリアが足を止めた。俺も立ち止まり、フィリアの指差す方向へ目を凝らす。
霧の向こうに、何か白いものが転がっている。
「……骨?」
近づいてみるとそこにあったのは、人間のものにも見える白い骨だった。
いくつもの骨が、無造作に散らばっている。
「これ……人間のだよね?」
フィリアの顔が強張る。
「…………」
俺はしゃがみ込み、骨には触れずに観察する。
かなり古い。少なくとも、つい最近ここで誰かが倒れたという感じではない。
「……この場所、やっぱり俺たち以外にも誰か来てたのかな」
「そうかもしれないね……」
フィリアが小さく答える。
その声には、先ほどまでの明るさがなかった。
「戻るか?」
「……ううん」
フィリアは首を横に振った。
「もうちょっと進もう」
「分かった」
俺たちは再び歩き始める。
だが、数歩進んだところで――。
キュッ。
「……ん?」
俺の袖が引っ張られた。
振り返るとフィリアが俺の袖を掴んでいた。
「……フィリア?」
「ご、ごめん」
フィリアは慌てて手を離そうとする。
「いや、別にいいけど」
「……やっぱり、この霧……怖くて」
そう言って、フィリアは霧の奥を見る。
何かがいるわけではない。ただ白いだけだ。
それなのに――得体のしれない恐怖がしみ込んでくる。
「大丈夫だ」
俺は前を向く。
「ポイントはちゃんと残ってる。何かあったら、すぐ戻れる」
「……うん」
俺たちはそのまま、白い霧の奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇
数十分後、俺たち4人は、光の玉を設置した場所に再び集まっていた。
「結構歩いたが、霧が広がるばかりで何もなかった」
グリムベルは、少し疲れた表情で言う。
「不気味さが増してくばかりで、何もなさそうなので引き返したっす」
レイナも周囲を見回しながら答えた。
「こっちも似たような感じだ。霧が続くばかりで、特に何もない。……途中、人間の骨のようなものがあった」
「それは我々も見た。同じように『秘密鍵』を求めて彷徨っていたのかもしれんな」
「…………」
その言葉を聞いて、フィリアが黙り込む。
さっきまでなら何かしら冗談を言っていたはずなのに、今は霧の向こうをじっと見つめている。
「……フィリア?」
「え?」
俺が声をかけると、フィリアは少し遅れてこちらを向いた。
「どうした?」
「ううん……」
フィリアは首を横に振る。
「ただ……この霧の中、本当に誰もいないのかなって」
「……分からないな」
「だよね......。これからどうしよっか?」
「……」
俺は4本の鍵を見る。
「……歩きながら考えていたんだが――まずは『公開鍵』をはっきりさせなきゃだめだと思う」
俺は4本の鍵を指さしながら言った。
「4本のうち『どれが』、『誰の』、公開鍵かまだ分からないだろ?」
「どうやって特定するっすかねぇ」
「とりあえず、今一度手に持ってみよう」
俺たちは4本の鍵を並べた。
赤、青、緑、黄色。まずは適当に組み合わせてみる。
「僕は赤を持つ」
「じゃあ、私は青!」
「僕は黄色にしよう」
「私は緑っすね」
俺が赤、フィリアが青、グリムベルが黄色、レイナが緑。
「魔力を流し込んでみよう。何か変化があるかもしれない」
4人で一斉に鍵へ魔力を流し込む――。
「…………」
何も起こらなかった。
「やっぱり違うか」
俺たちは魔力を流し込むのを止めた。
「適当に持っただけじゃ駄目みたいっすね」
「つまり、鍵と持ち主には何らかの対応関係がある……」
俺は再び、4本の鍵を見つめる。
まだ組み合わせはたくさんある。
「もう1回やってみよう」
俺たちは一度鍵を置き、別の組み合わせを試す。
「今度は――僕はこれでいく」
俺は青い鍵を手に取った。
「私は赤!」
フィリアが赤い鍵を持つ。次いで、グリムベルは緑、レイナは黄色の鍵を持った。
「これで試してみよう」
再び同時に魔力を流し込んだ――その瞬間。
俺の手にある青い鍵が、淡い光を放った。
続いて――4本すべてが、一斉に輝き始める。
「これは……!」
ズゥゥゥン……。
低い振動が空間を揺らした。足元が震え、白い霧まで波打つように揺れている。
俺は青い鍵を見つめた。
「この組み合わせが……『正解』!」
間違いない。さっきの組み合わせでは、何も起こらなかった。
だが、この組み合わせでは4本すべてが反応した。
つまり――それぞれの鍵には、対応する『持ち主』が設定されていることが証明された。
「やったぁ!」
フィリアが喜びの声を上げる。
すると、不意にレイナが無言で歩き始めた。
フラフラと霧の奥へ向かって、ゆっくりと進んでいく。
「......? レイナ?」
俺が声をかけても、反応がない。
レイナは振り返りもしない。ただ、何かに導かれるように歩いている。
そして、グリムベルとフィリアも無言で歩き出した。3人とも別々の方向へ向かっていく。
――まるで、何かに取り憑かれたように。
「おい!! 待て!?」
俺だけが声を上げるが――俺の身体も勝手に動き始めた。
「……なっ!?」
足に力を込めるが、止まらない。俺の意思とは関係なく、身体だけが勝手に進んでいく。
「なんだ……これ……!」
4本の鍵が、さらに強く輝く。そして、目の前の景色が歪んだ。
「――っ!」
霧が渦を巻き、空間そのものが捻じれていく。
(どこかへの強制......転移……? 秘密鍵を手に入れるための――『何か』があるっっ!)
そう思った瞬間――視界が真っ白に染まった。




