独裁国家
――ソックたちがリュクトランの攻略を進めていた頃。
世界を震撼させる、1つの出来事が近づいていた。
ラウナホール国。その国の歴史を大きく変える――新女王の『就任演説』が、目前に迫っていた。
王都パラキアにあるレマリス城の一室。
広々とした部屋には、深い色合いの木で作られた大きな執務机が置かれている。
壁には歴代の王族を描いた絵画が並び、窓から差し込む陽光が、磨き上げられた床を照らしていた。
王族が執務を行う場所に相応しい、格式と重厚さを備えた部屋。
その奥に置かれた、豪華な装飾の施された椅子に――1人の少女が腰掛けていた。
ルカ・ラウナホール。次代の女王である。
その目の前に立っていたのは、1人の青年だった。
茶色の髪をした細身の身体。そして、丸眼鏡をかけていた。
整った身なりと柔らかな物腰で、知的な印象を与える青年だがその立ち姿には隙がない。
膨大な書類を前にしても疲れた様子一つ見せないその姿からは、若くして数多くの仕事を任されるだけの能力が滲み出ていた。
「マーカス・ロシナーデ、宰相兼私の補佐への就任おめでとう。仕事は順調?」
「おかげさまで、順調でございます。ただ――」
マーカスは少しだけ困ったように微笑む。
「一介の『男爵』に過ぎなかった私に、なぜこのような大役をいただけたのでしょうか? 通常、これは『ありえない』ことなので。男爵家からの宰相就任など、前例がありません」
「決まってるじゃない」
ルカは当然のように答えた。
「あなたが『有能』だからよ」
「……」
「くだらない貴族の『身分』なんて、些細な問題よ。私は『実力』と『才能』を最も重視する」
ルカは机の上に置かれた書類へ視線を落とす。
「あなたは政治や経済――文官として必要な能力を持っている。だから選んだ。それとも……嫌なのかしら?」
「そ……そんな!! 滅相もございません!!」
マーカスは慌てて頭を下げる。
「ルカ様のおかげで、没落しかけていた我が一族は復興できたのですから!!」
「それなら、よかったわ」
ルカは小さく微笑んだ。
「『環境』は用意してあげる。だから、その才を存分に発揮しなさい」
そして、何事もなかったかのように次の書類へ目を移す。
「――で、この国の新しい『人事』のリストは作成できたかしら?」
「はい。既に通達しております」
マーカスは手元の資料を開いた。
「まずは大臣から。軍務卿はレバス・アーガス伯爵、財務卿はマリ・カテリーナ伯爵令嬢、外務卿がエリアーナ・マリスビル公爵令嬢、内務卿がエイド・ノーモル子爵です」
淡々と名前を読み上げていく。
「続いて、法務官がリナ・マックウェル伯爵令嬢、王璽尚書がフェリップ・グラン公爵、財務官は――」
マーカスは、それから5分ほどかけて新たな『人事リスト』を読み上げた。
ルカは、そのすべてに黙って耳を傾けていた。やがて、最後の名前を聞き終える。
「私の『想定通り』の人事だわ。問題ない」
ルカは満足そうに頷いた。
「これで、汚職・賄賂まみれだったこの国も、だいぶ健全化されるわね」
「はい。各部署からも、既に改革への期待が――」
「それで?」
ルカが遮る。
「GDP――国内総生産の目標率は定めた?」
「はい」
マーカスは即座に答えた。
「実質GDPは目標9%増。名目GDPは目標15%増です。そして、現時点の経済状況ですと十分達成可能です」
資料を確認しながら、さらに続ける。
「循環型魔石の売り上げ。ニルキス国からの豊富な鉄鉱石。小麦をはじめとした多種の農作物の品種改良。そして――ルカ様発案の新型石鹸、化粧品、ドレス等が、いずれも好調です」
「税率を引き下げても、財政には十分な余裕がございます」
「そう」
ルカは満足そうに頷いた。
GDP――国内総生産。一定期間内に国内で生み出された財やサービスの付加価値を示す指標である。
ルカは前世の知識から、この概念を国家運営へと取り入れていた。
ただ税収を増やすのではない。国そのものが生み出す『価値』を増やす。
そのために必要な産業、交易、農業、製造業――あらゆる分野へと改革の手を伸ばしていた。
裏があれば当然『表』がある。『災厄の七席』は、あくまで非公式の組織。
表向きの国家体制そのものも、ルカは一から作り直していた。
「いいでしょう」
ルカは椅子の背へ身体を預ける。
「ただ、この状況に胡坐をかかず、もっと施策を打っていくつもりだわ」
「承知しております」
「そして、あとは――」
ルカの紅い瞳が、別の書類へ向けられる。
「『ゴミ』の処分ね」
その声から、先ほどまでの穏やかさが消えた。
「そっちはどうかしら?」
マーカスの表情も僅かに引き締まる。
「……レストラード公爵家とエベリド公爵家が、レスト商会から多額の賄賂を受け取っていたことが判明しました」
「どのくらい?」
「確認できているだけでも、10年以上に及びます」
マーカスは1枚の資料を差し出す。
「そして、両家の領地では本来領民へ還元されるはずだった税が一部私腹へ流れていました」
「……」
「治水設備の整備は後回しにされ、農地も荒廃。食糧不足から貧困に陥った領民も少なくありません」
さらにページをめくる。
「孤児となった子供たちは十分な支援を受けられず、街には身寄りのない子供たちが溢れております」
マーカスの声が低くなる。
「衛生環境も悪化しており、一部の地域では感染症まで流行しているとの報告が――」
「あーはいはい。わかったわ」
ルカが静かに遮った。
「この件の対処は進めてる?」
「はい。セレナード様率いる新生騎士団で対応中です」
「では、セレナードに伝えて。『そいつらは皆殺しにして』ってね」
紅い瞳が、冷たく細められる。
「トップの『生首』だけ持って来い。就任演説で――『晒し』ます」
ルカは、にっこりと微笑んだ。その笑顔は美しかった。
だからこそ――恐ろしかった。
「え……ええ、わかりました」
マーカスは一瞬だけ言葉を失った。
しかし、それ以上は何も言わない。
ルカ・ラウナホール。彼女がこれから作ろうとしている国が、どのようなものなのか。
その片鱗は、すでにこの部屋に現れていた。
「これからこの国は、私が作った『ルール』に従ってもらうことになる」
ルカは机の上で指を組む。
「意見があるなら言ってもいいわ」
紅い瞳が、マーカスを真っ直ぐに見据えた。
「ただし――」
その唇が、楽しそうに弧を描く。
「この私を『論破』できるだけの材料を持ってきなさい」
「……」
「そしたら、一考してあげる♡」
その言葉を最後に、ルカは立ち上がった。
こうして――【独裁国家】ラウナホールは、産声を上げた。
しかも、それは停滞した独裁ではない。
異常な速度で成長していく、奇妙な国家だった。
だが――ルカにとって、この『国家運営』ですら、ただの『過程』に過ぎなかった。
その先にあるもの。それは――『兄と2人の世界』。
そのためなら、国家すらも道具にする。
国そのものが、その目的のために用意された巨大な『手段』だった。
「それでは――」
ルカは演説原稿へ手を伸ばす。
「就任演説の準備を始めましょうか」




