幕引き
ブライド領マルタ村は――もはや、村と呼べる場所ではなくなっていた。
地面は大きく抉れ、建物はすべて崩壊している。
かつて人々が暮らしていたその場所は、土と砂に覆われた一面の砂漠と化していた。
あらゆる『力』が混ざり合い、デタラメな空間が形成されている状態となっていた。
大地を支配するアンナの『権能』とスキルである『重力』。
そして、ミランダの『引力』がぶつかり合い、周囲の空間そのものを歪めていた。
普通の人間が、この空間へ入り込む余地など――どこにもない。
そして、アンナの周囲では、複数の『砂の竜巻』が発生していた。
ゴオオオオオオオオッ!!
巻き上げられた砂が空を覆い、その中では巨大な岩石がいくつも浮遊している。
それは、ただの岩ではない。1つ1つが人間の家ほどの大きさを持つ、巨大な質量をもっていた。
しかし、それらはアンナの周囲を漂いながら、まるで意思を持っているかのように静止していた。
すべて――アンナの『支配下』なのである。
「ミランダぁ~~『制限解除』、いけます?」
ミレアが声を上げる。
「ああ!! 今から――やるところだ!!」
ミランダが叫ぶ。
その瞬間、ミランダの身体から、漆黒の魔力が噴き上がった。
黒い魔力が渦を巻きながら、ミランダの身体を包み込んでいく。
「――『制限解除』」
ズンッ!!
彼女の周囲に、黒い球体が1つ、また1つと浮かび上がる。
合計4つ。
それらは一定の距離を保ちながら、ゆっくりと回転していた。
そして。
グググググググ……!!
周囲に存在していた岩石が、一斉に引き寄せられる。
「おおっ!♡」
ミレアが歓声を上げる。
巨大な岩石が地面から引き剥がされ、黒い球体へ向かって凄まじい速度で吸い込まれていく。
砂も、瓦礫も、砕けた建物の残骸も。
ありとあらゆる物体が、球体へと引き寄せられていく。
これが――ミランダの『制限解除』。
スキルそのものを強制的に底上げし、『引力』の力を限界まで引き上げる。
さらに黒い球体が膨張し、アンナの周囲に漂っていた黄金の魔力までもが、僅かに揺らいだ。
「……っ。いける……!」
ミランダが目を見開く。
黒い球体がアンナの魔力を引き寄せ始める。
黄金の魔力が、僅かに球体へ向かって流れ――。
だが、ピタリと止まった。
「……なに?」
ミランダの表情が固まる。
どれだけ力を込めても、それ以上は動かない。
アンナの魔力は――微動だにしなかった。
むしろ、ミランダの『引力』を押し返しはじめていた。
「……」
アンナは、ただそれを見ていた。
そしてほんの一瞬、ミランダへ一瞥を向ける。
「それが――『制限解除』とやらですか」
アンナの声は、驚くほど冷たかった。
「……実にくだらない」
「何だと!? これが――くだらないだと!?」
ミランダの顔が怒りに歪む。
「ええ。私の魔力1つすら、引き寄せることができないのであれば、私にとっては『その程度の力』です」
「貴様……!!」
ミランダが歯を食いしばる。
そんな彼女を見ながら、アンナはふと視線を横へ向けた。
「ミレア……でしたか?」
「はい~?」
「あなたは使わないのですか?『制限解除』」
「あ~、残念ながらぁ。あたしは『分身』なのでぇ~、今は使えないんですよぉ」
ミレアは肩を竦める。
「……本体は、ソック様のところ……ですか。厄介ですね」
アンナの表情が僅かに変わる。
「正解♡」
ミレアは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ――これで、『幕引き』です」
アンナは静かに両手を下ろす。
黄金の魔力が、さらに濃密になっていく。
「な――」
ミランダが声を上げた瞬間、アンナが――両手を振り上げる。
ズドドドドドドドドドッ!!
周囲に浮遊していた無数の岩石が、一斉に動き出す。
岩石は、本来ならミランダの『引力』によって黒い球体へ吸い込まれるはずだった。
しかし――違う。
巨大な岩石は、黒い球体の引力を無視して方向を変えた。
そして、ミレアとミランダへ一直線に飛翔する。
「ちょっとぉ!?」
「何だと!?」
巨大な岩石が、2人へ迫る。その数――数十。逃げ場など、どこにもない。
アンナはただ静かに、その光景を見つめていた。
黄金の瞳には一切の迷いがなかった。
「――終わりです」
その言葉と同時に、無数の岩石が2人へと殺到した。
◇ ◇ ◇
「......うぐっっっ!!」
ミレム湖奥地――水の大精霊アリアの居住地にある小屋の中では、ミレアが苦悶の表情で悲鳴を上げた。
「はぁ......はぁ......。『本体』の私にもここまでのダメージがあるとは♡さすがに侮れませんね♡」
「何があった!!」
俺は声を張り上げて、ミレアを睨む。
「土の大精霊様が暴走したんですよぉ♡ とりあえず、ダメージがやばいので私はここで逃亡させていただきますね♡ また――近いうちにお会いしましょ♡」
「おい!! まて!!」
次の瞬間、ミレアは消えた。同時に、部屋の中にあった重苦しい空気も消える。
「くそっっ!!」
「逃走用の力を残していたわね。抜け目ないやつ」
アリアはどこか寂し気な表情でつぶやいた。
「アリア!! アンナはどうなった!? 父上......父さんと母さんは!? 他のみんなも!!」
「......」
アリアは答えず、黙っていた。
「頼む!! 答えてくれ!!」
『私から説明しますよ、ソック様』
「「!?」」
どこからともなく、部屋中にアンナの声が響いた。
『私がーー話しましょう。......別れの挨拶も兼ねてね』




