ブライド領襲撃戦⑪
本話は時系列としては、第63話「ブライド領襲撃戦⑩」の続きとなります。
――『権能』。
大精霊にしか使うことが許されない世界そのものに干渉する力である。現時点での例外はルカ・ラウナホール唯一人。
そして、その力は世界の理から外れた禁忌の力だった。
黄金の魔力が大地へと流れ込んでいく。
ズズズズズズズズズ……!!
大地そのものが、呻いていた。地面が波打ち、巨大な亀裂が幾重にも走る。
山が揺れ、森がざわめき、地下深くを流れていた地脈が一斉に軋み始めた。加えて、スキルによる重力も数段力を増し、ミレアとミランダに襲い掛かる。
「……っっ! ちょっとぉ、これはやばいかもですねぇ♡」
ミレアが押し寄せる大地の圧力に耐えながら、苦しげに笑う。
「ああ!! 今にも身体が押しつぶされそうだ!!」
ミランダも必死に身体を支える。
それでも――その口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「だが、これで――」
ミレアとミランダは、互いに視線を交わす。
「『目的』は達成ですね♡」
その言葉を聞きながら、アンナは2人を睨みつけていた。
だが、怒りに任せて動くことはしない。ただ静かに――思考を巡らせる。
(サラが言っていた『選択の時』は、まさに今この瞬間でした)
あの日、サラと交わした最後の会話が、脳裏に蘇る。
(そして私は――『使命』を捨て、精霊であることを捨てて、人を選んだ)
それが正しかったのか。今でも、答えはわからない。
(あの日、どちらも選ぶつもりでいましたが……結局は、中途半端だったということでしょうか)
(だから――旦那様とコレットを守り切ることができなかったのでしょうか)
胸の奥に、後悔が浮かぶ。
けれど――。
(……考えても仕方がない。私は『自分の意志』で、この選択をした)
アンナは顔を上げた。
(そして、まだリズがいる。彼女にできる限り、私の意志を繋いでいくんだ)
残されたものがある。守るべきものが、まだ残っている。
アンナは、強く前を見据えた。
(彼女はもう――姉の背中を追えなくなったのだから)
そして、静かに呟いた。
「サラ・アメリヤ。誓いを果たしきることができず、申し訳ございません」
黄金に染まった瞳が、まっすぐにミレアとミランダを捉える。
一瞬だけ、アンナの表情が曇る。だが――すぐに、その瞳から迷いが消えた。
「でも、私は悔やまないことにします」
それは、自分自身へ言い聞かせるような言葉だった。
「それこそが――あなたを悲しませることになるでしょうから」
アンナはゆっくりと顔を上げる。その表情には、もはや悲しみも迷いもない。
ただ――燃え上がるような怒りだけがあった。
「……ですから。思い知らせてやるよ」
黄金の魔力が、アンナの身体からさらに噴き上がる。
「この私の――『怒り』を」
次の瞬間。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
大地の揺れがさらに激しさを増し、地脈が唸る。
そして――その力は、ブライド領だけに留まらなかった。
国境を越え、遥か彼方へ。世界中の大地へと、波紋のように広がっていった。
◇ ◇ ◇
王都パラキアのレマリス城。
「――っ!?」
城全体が、大きく揺れた。
床が震え、壁に掛けられていた装飾品が次々と落下する。
「きゃあああああ!!」
「地震だ!!」
「逃げろ!!」
王都の至るところから悲鳴が上がる。
人々が建物から飛び出し、混乱が街を覆っていく。
その中で――。
「……ふふっ。さすがの力ね♡」
ルカ・ラウナホールは、窓の外を眺めながら静かに微笑んでいた。
「あの権能も、私の『コレクション』に加えておくべきだったかしら♡」
そして、くすりと笑った。
「それにしても――バカでよかったわ♡」
ルカは肩を竦める。
「私だったら、ブライド領なんてさっさと見捨てるのにね♡」
「あー、甘い甘い♡砂糖よりも甘すぎて――虫唾が走るわ」
その瞬間、ルカの足元に巨大な魔法陣が展開された。
赤い光が王都全域を包み込んでいく。
「――止まりなさい」
ルカが、指を軽く鳴らした。
瞬間、揺れていた大地が――静止した。
「……え?」
「揺れが……止まった?」
「助かった……」
「ルカ姫殿下がやってくださったのか!?」
「姫殿下が、王都を守ってくださったんだ!」
次々と住民の安堵の声が上がる。先ほどまで響き渡っていた悲鳴も、少しずつ収まっていった。
王都パラキアは、再び静寂を取り戻していく。
その光景を見下ろしながら――。
「……ふふっ。私が止めなかったら、王都まで壊れていたでしょうね♡」
そして、その視線を遠くへ向ける。
「でも――あなたは、どこまで壊すつもりなのかしら?」
◇ ◇ ◇
同じ頃、はるか上空に存在する精霊神殿。
その最深部に存在する巨大な円卓では、異変を示す魔力の波動が幾重にも観測されていた。
ズ……ズズ……。
神殿そのものも、微かに震えている。円卓の中央に浮かぶ光が、不規則に明滅していた。
「……」
その奥にいた大精霊クロノスが、静かに目を細める。
「……アーセラは、やはり『そっち』を選んでしまったようねぇ」
その声には、僅かな寂しさが混じっていた。
すると――。
「だって、あいつ自己中でバカだもん」
円卓に突っ伏していた少女が、顔だけを横へ向ける。被っていたうさ耳のフードが、ぴょこんと揺れた。
闇の大精霊テレサ。彼女は眠そうな目を擦りながら、面倒そうに続ける。
「わかってたことでしょぉー?」
「……そうねぇ」
クロノスは、再び明滅する光を見つめる。
「でも――下界で権能を使えば、世界の理から外れる。その代償は……」
クロノスの表情が、僅かに曇った。
そして、テレサがぽつりと呟く。
「『アーセラ自身』が払うことになる」
誰も、答えなかった。しばらく沈黙したあと、クロノスが呟いた。
「テレサ。あの子は精霊のことも捨てないつもりでいたのよぉ。そこは……『本気の意志』だった」
「でも最後は――」
テレサが、うさ耳フードの奥から不満そうに呟く。
「サラ・アメリヤとかいう、ぽっと出で、数年程度の付き合いしかない女の、めんっっどくさい『誓い』なんかを優先しちゃってるじゃん」
「ふふっ、テレサ。あなたは引き籠ってないで、少しは外に出てみなさいよぉ」
クロノスは小さく笑った。
「……」
「そしたら、ちょっとはわかるかもよ?」
「わかりたくもないですぅ」
テレサは円卓に頬を押しつけたまま、両手をぶんぶんと振る。
「めんどい! うざい! 嫌い!」
「とか言っときながら――泣いてるの、隠しきれてないわよぉ☆」
クロノスは、テレサの顔を覗き込む。
「……っ」
「あなた、実はアーセラのこと、結構好きでしょ?」
「うっせぇよ、クソババア」
テレサは顔をさらにフードへ埋めた。だが、その声はほんの少しだけ震えている。
「……ところでさ」
テレサは話題を変えるように続けた。
「『被害』は大丈夫なわけぇ?」
「そうねぇ」
クロノスは円卓の中央へ視線を落とす。そこには、世界各地の状況を映し出す光景が浮かんでいた。
「ダバナ国、サンガリア国、それにエルフの国でも地震は観測できているけど――そこまで大規模ではなさそうね」
「ふぅん」
「まあ、ほっといてもいいレベルよぉ。問題は、ラウナホール国だけど――ルカちゃんが『力』を使ったから、問題ないわね」
テレサが言葉を引き継ぐ。
「世界への『被害』は、最小限に抑えられましたとさ。めでたしめでたし」
「そういうことねぇ」
クロノスは苦笑した。
「ルカ・ラウナホール、マジでとんでもねぇな……」
テレサは、ちらりと光景へ目を向ける。
「ま、この件だけは……感謝しないとかも」
「いやでも、この状況を作り出した原因は彼女なんだけどねぇ」
クロノスは小さく笑った。
「間接的にしか関わっていないから、うまい立ち回りだわ」
クロノスは、どこか感心したように呟く。
「『ルール違反』はしていない」
「……なるほどねぇ」
テレサは再び円卓へ突っ伏した。
「……一応聞くけど」
その声は、先ほどまでとは打って変わって小さかった。
「『ルール違反』をしたアーセラは……どうなるのぉ?」
「私も知らないわよぉ」
「……知らない?」
「そんなことをした大精霊、いなかったんだもの」
クロノスは苦笑する。
「だけど――『死』以上の何かは、あるわね」
その声が、わずかに低くなる。
テレサは何も言わなかった。ただ、円卓に突っ伏したまま――微動だにしない。
やがて、クロノスはそんなテレサを見つめながら、静かに告げた。
「まあ、私たちはこのまま――彼女の行く末を見守りましょぉ」
「……」
「それが……『責務』だもの」
その言葉を口にしたクロノスの声は――ほんの少しだけ、震えていた。




